


文・鈴木いづみ
写真・鍵岡龍門、高橋希
鈴木いづみ/岩手県一戸町出身・盛岡市在住。30代半ばでいきなりライターになり8年目。「北東北エリアマガジンrakra」をはじめとする雑誌、フリーペーパー、企業や学校のパンフレットまで幅広く(来るもの拒まず)活動中。
JR金浦駅で「おにぎり亭」のお母さん2人と別れた私たちは、佐藤玲さんの案内で、いちじくの産地・大竹地区の畑へ。初めて見るいちじくの木は、広げた手のような、ヘラジカの角のような大きな葉っぱが印象的です。ん? どの木も幹が真っ白なのはどうして? 不思議に思い訊ねると、そこには「北限のいちじく」の存亡を揺るがすドラマがありました。

- 佐藤
- これがいちじく畑。こんなふうに畑を作って生産を始めたのは1960年代ころからで、昔は田んぼや畑の隅っこに植えて、自家用として育てていたみたいです。
- 鈴木
- だいぶ広いですね。ここは一人の生産者さんの畑なんですか?
- 佐藤
- いや、ここはね……(何かを探している)。あ、ほら、そこに石が積み重なってるでしょ? あれがよその畑との境界。
- 鈴木
- ええー! 大きな石がこんなに!

- 佐藤
- この辺は鳥海山の噴火で飛んできた石がいっぱいあるんです。ここを畑にするときショベルカーで掘って、出てきた石をあんなふうに。
- 鈴木
- わざわざ掘り起こして畑に。それだけ、ここの土がいちじくに合ってるということなんですね。
- 佐藤
- 土というよりはね、ここってちょっと山の方で、微妙に海から離れてるでしょ? これより海に近いと、潮風で葉っぱがやられちゃう。逆にもう少し山のほうだと、寒すぎて育たない。

- 鈴木
- さっきの「おにぎり亭」で、船で苗が持ち込まれたって聞きましたけど、もし植えた場所が少しでもずれてたら、育たなかったかもしれないんだ……。いろんなミラクルが重なって、今の大竹のいちじくがあるんですね。すごいなあ……。

- 佐藤
- いちじくは、この葉っぱ1枚につき1つの実がなるんです。つまり、ひとつの実を育てるのに、これだけ大きな光合成が必要ってこと。
- 鈴木
- この、枝の付け根についてる電球みたいなのが実ですか? 見た目はなんか……ズッキーニとか、キュウリっぽい。

- 佐藤
- そうなんです! 秋田のいちじくは、見た目だけでなく食べたときの印象も、果物というよりはウリのような野菜に近い。生食は産地ならではの特権で、基本的には加工用、調理用なんです。
- 鈴木
- 木があまり高くないのも意外でした。
- 佐藤
- あ、これはね、剪定して横に広げてるんです。お母さんたちでも実を取りやすいように。

- 鈴木
- あ、なるほど! ……あれ? この幹を白く塗ってあるのは?
- 佐藤
- これはカミキリムシ対策。塗料に防虫剤を混ぜたものを塗って、幹に入り込まないよう防いでる。
- 鈴木
- カミキリムシ……?

- 佐藤
- 20年ぐらい前まではいなかったらしいんですけど、温暖化で北上してきちゃって。彼らにとってはパラダイスだったんです。天敵がいないから。
- 鈴木
- あはは、食べ放題だぜ!みたいな(笑)
- 佐藤
- それで、20年から15年くらい前に、木がほぼ壊滅しちゃった。
- 鈴木
- えっ、それは笑えない……。

- 佐藤
- 生産者の人たちも意気消沈して「もうやめようか」っていうムードになったんだけど、「いや、もう一回やるべ」って立ち上がってくれた人たちがいて。
- 鈴木
- そんなドラマがあったんですね。
- 佐藤
- そのときは、うちの店では隣の山形県までいちじくを仕入れに行ってたんです。甘露煮という生業を守るために。でも秋田に戻ってくるまでの間に傷んできて、臭うんですよ。「やっぱり大竹のじゃないとダメなんだ」って思い知らされました。
- 鈴木
- ある意味、カミキリムシが大事なことを教えてくれたのかも。
- 佐藤
- そうですね。あのときの生産者さんたちの覚悟に、本当に感謝。リスペクトしています。

- 鈴木
- 大竹地区といちじくの運命的なつながりを感じますね。ますますいちじくに興味が出てきました!
- 佐藤
- でも、食べたことないんですよね(笑)。うちにありますから、ぜひ食べてみてください。じゃあ店に行きましょう。


- 佐藤
- うちは代々続く酒屋で、甘露煮は祖父母の時代から始めました。この缶に入っているのが甘露煮です。
- 鈴木
- 常温で保存するんですね。

- 佐藤
- 甘露煮って、ものすごく甘いんですけど、それは長期保存するためなんです。甘露煮は収穫期じゃないと作れないから。でも今の時代、甘すぎるのは売れないし、甘露煮だけで勝負するのは難しい。
- 鈴木
- そうですよねえ。
- 佐藤
- それで5年前に導入したのが……(と別の場所へ移動)。これです。
- 鈴木
- あ、冷凍庫。

- 佐藤
- そう。目的は2つあって。ひとつは、甘露煮を希釈するためのいちじくエキスを保管する。
- 鈴木
- エキス?
- 佐藤
- 甘露煮を作るとき、まずいちじくをお湯で洗うんですけど、新鮮だからたくさんのエキスがお湯に溶け出すんです。うま味や香りが凝縮されたその汁で甘露煮を割ると風味が増し、ほどよい甘みになります。
- 鈴木
- へえ〜!
- 佐藤
- もうひとつは、生のいちじくを冷凍保存すること。ほら、こんな風に。

- 鈴木
- おお〜! これが北限のいちじく!
- 佐藤
- 素材としてのいちじくをもっと広めたいと思っていて。例えば、イタリアンとかのシェフに使ってもらい、サラダにしたり、ピザに乗せたり。あとは、甘露煮以外の加工品を、収穫期以外のときにつくる。
- 鈴木
- そうか、甘露煮は採れたてのいちじくじゃないとダメだけど……。
- 佐藤
- そういうことです。ジャムやドライいちじくなどは、農閑期などの余裕のあるときにつくれたらと。……はい、これがうちの甘露煮。食べてみてください。


- 鈴木
- 見た目は確かに、玉こんにゃくだ(笑)。……うん! おいしい。思ったより甘くない。果肉がしっかりしていて、あんずや梅のような酸味もありますね。
- 佐藤
- そしてこれが冷凍いちじくをカットしたもの。


- 鈴木
- 真ん中がほんのりピンク色でかわいい。(試食)ああ、これは甘露煮とは全然違います。さくらんぼのような歯ごたえがあって、ぶどうっぽさもあるかな? さっぱりとした甘さで、これ好きだなあ。確かにサラダとかによさそう。
- 佐藤
- そしてこれが、丸ごと解凍したもの。


- 鈴木
- これもまた、違った食感と味わいがありますね。何となくナスにも似てる。
- 佐藤
- そうそう! 天ぷらとか田楽にする人もいるんです。
- 鈴木
- あ、それおいしそう! おかずからデザートまで揃った「いちじく定食」とかいいかも。

- 佐藤
- そういう「いちじくの活用」みたいな機運がやっと生まれてきてるんです。今も近くの道の駅から「フライにして出したい」っていう話があって。
- 鈴木
- へえ〜! 甘露煮ぐらいしかなかったいちじくに、いろんな可能性が生まれつつあるんですね。
- 佐藤
- 僕自身にも実現してみたいアイデアがまだまだたくさんあって、今いろいろ試行錯誤しているところです。……あ、こんにちは!
(バイクに乗った女性登場)こんにちは〜!

- 佐藤
- うちの甘露煮の加工を手伝ってくれてる、ミヨ子さんです。
- 鈴木
- こんにちは! 取材でお邪魔してます。
- 佐藤
- 今日は何したの?
- ミヨ子
- いちじく買いにきた。


- 鈴木
- !!
- 佐藤
- え、自分で作ったいちじく買いに来たの?(笑)
- ミヨ子
- あはは。そうそう。ほんだってなや、人さ物送るのに、いちじくも一緒に入れでやらねば。
(といいながらお店へ)。
- 鈴木
- いちじくって本当に「あげるもの」なんだ……(実感)!
いちじく畑でのエピソードに感動し、初めて食べたいちじくのおいしさにも感激。いちじくがぐっと身近になったところで、生産者のホープ「いちじくボーイズ」を交え、お話を伺うこととします。
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