輝美さん、関係人口ってなんですか?<br>〜秋田の実践者たちと語る編〜

輝美さん、関係人口ってなんですか?
〜秋田の実践者たちと語る編〜

2022.03.16

「関係人口」という言葉を知っていますか?これは、地域を短期的に行き来する「交流人口」と、長期的に暮らす「定住人口」の間にあたる「そこに住んでいなくても継続的に地域に関わる人」のことをいいます。2016年ころから使われるようになった言葉で、以来、全国で関係人口創出のための取り組みが盛んに行われています。

秋田県でも、「関係人口会議」として各地域でさまざまな取り組みがなされてきましたが、その結果「取り組む団体が増えない」「取り組みが続かない」「関係人口=移住ではないのか?」など、さまざまな課題が挙がってきているといいます。

そんななか、2022年2月「関係人口会議オンライン鼎談〜秋田でひろがる関係人口の可能性〜」が開催されました。

登壇したのは、島根県を拠点に全国の関係人口の研究を続けているローカルジャーナリストの田中輝美さんと、秋田県内で自発的に関係人口の取り組みをしている松橋拓郎さん、佐藤玲さん。

さまざまな課題を抱えながら試行錯誤している取り組みと、自発的に行いながらも拡がりをみせている取り組みには、どんな違いがあるのでしょう?
三人のお話を通じて、関係人口とはなにか、あらためて考える機会となりました。

ここでは、この鼎談を再編集したものをお送りします。

島根県と関係人口:田中輝美さん

田中輝美さん。島根県浜田市在住。山陰中央新報社で報道記者として活躍したのち、2014年よりローカルジャーナリストとして地域のニュースを記録、発信しながら、関係人口をテーマにした研究や書籍も数多く手がけている。
田中さん
田中さん
私はふだん、島根県に暮らしています。島根は、人口減少率では秋田と全国1、2位を競い合うような地域ですが、じつはいま、島根の山奥の本当に過疎の進んでいる地域を中心に、20〜30代の方が増えてきているんです。
田中さん
田中さん
雲南市宇山地区は、寒暖差があって美味しいお米が取れる地域なのですが、高齢化に伴って草刈りがどんどん大変になってきて、「草刈り応援隊」という関係人口を募りました。

その結果、草刈りが楽になったということももちろんありますが、何より一緒に応援してくれる人ができたことで、住民がやる気を出して「もう一回がんばろうか」とモチベーションが上がったことが大きな影響だったと感じています。

私自身は最近では、思い切って「過疎は終わった」と掲げて、新しい時代がきたからみんなで一緒にがんばろうと呼びかけているんですよ。
田中さん
田中さん
秋田や島根の、特に「過疎地」と呼ばれているところって、人口が増える時代においては遅れていると言われがちだったんですが、いまや日本全体の人口がすごい勢いで減っている。
むしろ人口減少時代がやってきたなかで、島根や秋田は先行地域なんですよね。私たちが未来を先取りしているわけです。

ちょっと言い過ぎかもしれませんが、島根や秋田のような地方や過疎地のチャレンジが日本の未来を作っていくとも言える。面白い時代になったなと思いながら暮らしています。

今日は、松橋さん、玲さんとのお話からもいろんなヒントがいただけたらと思っています。

日本酒と関係人口:松橋拓郎さん

松橋拓郎さん。秋田県大潟村在住。2011年に「大潟村松橋ファーム」としてUターン就農。「農業を自分事に」をコンセプトに農業を通したコミュニティづくりを目指し、「農家がつくる日本酒プロジェクト」などを展開している。
松橋さん
松橋さん
僕は秋田県大潟村の農家の長男として生まれました。8月31日、ヤサイの日生まれです。

両親がやっている農家に2011年にUターン就農して「大潟村松橋ファーム」という屋号で家族で農業を営んでいます。いま育てているのは、お米以外にアスパラやネギなど15品目ほど。
松橋さん
松橋さん
松橋ファームは「農業を自分事に」というコンセプトで取り組んでいます。

いまの時代、美味しいものは手に入りやすくなったのですが、さらに「自分事」になっているものが世の中に溢れれば、ふだんの生活がもっと楽しくなるんじゃないかと思っているんです。

自分事というのは、例えば、知っている農家のものを食べているとか、食べているものができるまでの過程を知っているとか、自分自身が食べるものに関わっているとか、思わず人に紹介したくなるとか……そういったことです。

同時に、農業を通して、伝える人、販売する人、加工する人などとのコミュニティを作りたいとも思っていて、その一つとして力を入れているのが、「農家がつくる日本酒プロジェクト」です。
松橋さん
松橋さん
これは、うちの田んぼで育った米を使って、五城目町の福禄寿酒造さんに日本酒を造ってもらうというもので、一般社団法人つむぎやと2012年から始めました。

ここでも「これは自分たちの日本酒だ」と思わず誰かに話したくなるようなものをみんなで作ることを目指しているんですが、例えば、自分の友だちがテレビに出る、ラジオに出るといった時に、思わずSNSでシェアしちゃいますよね。そういう価値観を日本酒を通して表現していきたいと思っています。
松橋さん
松橋さん
具体的には、種まき、田植え、稲刈りなど酒米栽培の体験をすることができたり、メンバーになってくださった方々へは、年に3回、頒布会という形式ででき上がった日本酒を送ったりしています。

お酒は「農醸のうじょう」という名称で、瓶の裏のラベルにはメンバーになった方々の名前が載っています。これを名刺代わりに飲み会に参加したり、親の名前を入れてプレゼントする方もいらっしゃるんですよ。
松橋さん
松橋さん
そして、このお酒、田んぼでの体験をしないと買えないわけではありません。SNSを通して酒米の生育状況を見守っていただくという関わり方もありますし、このプロジェクトのことを他の誰かと話すということだって、大事な関わり方だと思っています。

種まきからおよそ9ヶ月かけてお酒ができる、その時間の長さもみなさんに感じてもらいながら、酒蔵見学をしたあと、「今年も美味しくできたね」とみんな乾杯する懇親会を開催したりもしています。
松橋さん
松橋さん
このプロジェクトは今年で9年目。メンバーは280人弱になりますが、そのなかで僕がみなさんにお伝えしているのは「これは決して、与える側と与えられる側がいるものではない」ということ。農醸というのは、あくまで「みんなのもの」だと考えています。

いちじくと関係人口:佐藤玲さん

佐藤玲さん。秋田県にかほ市在住。地元特産のいちじくの加工品や秋田の地酒などを扱う「佐藤勘六商店」の4代目。2021年より、地域内外に仲間を募りいちじく栽培を行う「サンゾープロジェクト」を立ち上げるなど、いちじく文化を未来に繋げていく取り組みをしている。
玲さん
玲さん
私は、秋田県にかほ市特産のいちじくにまつわる「サンゾープロジェクト」という取り組みをしています。

私の暮らす、にかほ市大竹地区はいちじくの産地です。昭和50年頃からいちじく団地を整備したことから商業栽培が始まり、まとまった量が採れる地域としては「北限」とされています。
玲さん
玲さん
いちじくというと、多くの方がこぶし大で紫色に熟す生食のものをイメージされるかもしれません。しかし、にかほのいちじくは小粒で緑色。全国的にみても数パーセントほどの生産量の珍しい品種です。

甘さが控え目なので、地元ではこれを甘露煮にして保存食として食べてきました。
玲さん
玲さん
私が営む佐藤勘六商店では、私の祖父の代から、この甘露煮を中心としたいちじくの加工と地酒の販売に特化してやってきました。周りのいちじく農家さんの栽培したいちじくをうちで甘露煮にしているんですね。
玲さん
玲さん
「にかほのいちじく」という認知度が上がってきたのは、ごく最近のことです。
にかほの農業の中心は稲作で、私が継いだ20年ほど前は「いちじくはバンバ(おばあさん)の小遣い稼ぎ」と言われていたほど。産業を拡げていくのに長年苦労してきたなかで、2016年に「いちじくいち」というものを開催しました。
玲さん
玲さん
採れたてのいちじくの販売や、飲食店や物販などの人気店が集まるマルシェイベントで、毎年2日間の開催で5000人が来場するという大きな反響があり、以来「にかほといえばいちじく、いちじくといえばにかほ」と言われるまでになりました。
玲さん
玲さん
いちじくいちを通してたくさんのものを得た一方で、「後継者はどうするの?」という課題が変わらずあります。いま、生産者は60名ほどですが、そのうちのほとんどが70歳以上なんです。
若い生産者候補たちとも試行錯誤を繰り返しましたが難しく、現在も未解決な状況。そこで、2021年の春から始めたのが「サンゾープロジェクト」です。
玲さん
玲さん
「サンゾー」というのは、いちじく、地域、人の3つを造るという意味です。
これまで弊店としてはいちじくの栽培はしていなかったんですが、私自身が栽培を始めることにしました。

一部の生産者から木をお借りして栽培方法を覚えながら、新しい苗木を育てることから初めています。
玲さん
玲さん
そしてこれは、私だけがやるのではなく「生産者や消費者の枠を越えて、集落以外の方々と共同で栽培をする」という形をとっています。
現在、延べ100人ほどと作業をしてきて、県外の学生、ふだんは地元で他の仕事をしている方、市外の公務員など、農業やいちじくに興味のある方々と一緒に取り組んでいるところです。

ここからは、いくつかの質問をもとに三人にお話いただきます。

Q1.
松橋さん、玲さん、それぞれに独自のコミュニティを形成していますが、こういった形を取ろうと思ったきっかけはあったのでしょうか?
松橋さん
松橋さん
僕はどちらかというとビジョンを描くのが苦手なんですが、やっていくなかで関わるみんなが意見をくれるんですよね。それで、形を変え、形を変え……というふうにしてここまできたところです。

「農醸」って何かっていうと、僕はそこで起きている「現象」だと思っているんです。お酒はここにあるんですが、それに関わっているみんながいて、それがお酒っていう液体を通して広がっていくというか。代表がいて組織があるわけでなく「そこで起きていること」なんですよね。
玲さん
玲さん
私は「いちじくいちを通して、いちじく自体にこんなに需要があることがわかったのに、後継者がいない、将来が不安というギャップってなんだろう?」とずっと考えていたんですが、数年前、田中輝美さんのにかほでの講演を聞いて「関係人口という考え方だったらうまくいくんじゃないか?」と思うようになったんです。
田中さん
田中さん
それは嬉しい!
玲さん
玲さん
私自身、サンゾープロジェクトに関しては、コミュニティというよりは「一緒に楽しいことをする友だちになろうよ」という感覚なんですが、一方で、私の周りにはもともといちじくを栽培してきた「集落」というコミュニティがある。
私がこれからやらなきゃいけないのは、サンゾープロジェクトと集落を繋ぐということ。それに向けて動き出そうと思っています。
田中さん
田中さん
いまの地方の方々がなかなかピンとこないのが、「なぜ、若い人がわざわざ関わってくれるんだ?」ということなんですよね。

「与える、与えられる」の関係ではない「一緒にやってくれる外の仲間」っていうものの想像がつきにくくて「そんな人、おるわけないがな」「お金を払って来てもらわなければいけないのでは?」という感覚なんだなと感じます。

でも、いまの「ソーシャル=社会性」みたいなところも含め、都会の人たちは「繋がり」というものにすごく憧れがあるんですよね。名前を覚えてもらって、「ああ、松橋さん、佐藤さんよく来たね」って言われるのが嬉しいし、参加できたことへの喜びが大きい。
田中さん
田中さん
先ほどのお話でいいなと思ったのは、「関係人口の獲得のためコミュニティを作るぞ!」ではなく、それぞれの活動の経緯のなかで生まれたものだということ。だからこそ、参加したいという関係人口が生まれてきたんだろうなあと思います。
松橋さん
松橋さん
じつは、このプロジェクトでは2013年4月に稲の種を撒いたんですが、それ以前の2012年のうちに交流会をやったら40人くらいが集まったんです。

その時の挨拶で、福禄寿酒造の蔵元が「お酒もないし種も撒いてないのに、なんでみなさん集まったんですか?」っておっしゃったのが印象的で。

確かにそうなんだけど、集まったみなさん、なんだか楽しそうなんですよね。当時の僕はまだ20代中盤くらいで「若い奴がやる気出してやってるぞ」という見え方はあったかもしれません。
田中さん
田中さん
そうなんですよね。実際に参加してみたい取り組みってどんなものかっていうと、課題解決とか危機感とか正論もあると思うんですが、それ以上に、楽しそうにやっている人たちがいて、そこに自分が加わりたいっていうのが人間の当たり前の感情だと思うんです。

楽しいからこそ入りたくなるし、続くんじゃないかなと改めて思いますね。
Q2.
関係人口と繋がることで地域はどう変わるのでしょう?
玲さん
玲さん
私は1年目ということもあって、正直まだ予想がつきません。ただ、まずは地域が変わらないと、関係人口の方々を受け止められずに、完全にすれ違っちゃうよなあと思っています。

楽しいというのはもちろんいいけれど、地域から「勘六が、若い奴らとキャッキャキャッキャ農業遊びしている」って見られてしまうととても残念だし、その壁を取り払うまでには時間がかかるよなあと。

地域の方々にも問題意識をちゃんと共有して、納得してもらって、一緒に関わってくれて初めて変わるんじゃないかなって思っています。
田中さん
田中さん
島根でもそうなんですが、地域として、よそから来た人たちをすぐに歓迎できないというのもよくわかるんです。

長い過疎の歴史のなかで、若い人たちを中心に地域外へ出ていくことの一方通行で、日本全体が「便利なことがいいことだ」となってきた。それが続くことで地域の人たちは傷付いてきたんですよね。

それで結果的に、自信が持てなくなって「こんな地域」「なにもない地域」と言ってしまうような状況になっている。誰が悪いわけではないし、時間がかかることだとも思うんです。
一同
うんうん。
田中さん
田中さん
でも、若い感性の人たちって、繋がることが好きだったり、地方の文化に対する憧れもすごくあって、地域の営みに対して純粋に「素敵だ!」とか「米づくりすごい!」みたいなことを感じている。

そんな素直な感動に触れ合うことで、地域の人たちも少しずつ誇りが取り戻されていくんですよね。
松橋さん
松橋さん
僕らの取り組みは「地域」というワードとしては弱いところなんですよね。というのも、僕らのは「仮想のコミュニティ」といいますか、大潟村松橋ファームがあって、五城目町に福禄寿酒造もあるけれど、直接、地域に対しての働きかけをしているわけではないので。
田中さん
田中さん
私は「いい地域を作ろう」というよりは、住んでいる人やそこに関わる人も含めて楽しい人たちが増えていったら、おのずとそこが楽しい地域になるんじゃないかと思っているんです。

なので、地域というのはある意味虚構というか、あるようでないものというか……一人ひとりのハッピーの積み重なりが、結果的に「なんだかあの地域楽しそうじゃない?」となっていくと思うんですよね。
そこも、時間をかけて焦らず続けていくことが大事かなと思います。
玲さん
玲さん
でも、焦りますよね……。いちじくの栽培自体、もう5年もしたら下降が始まるっていうのは目に見えている。でもいまは、楽しいんですよ。私自身、栽培に関しては素人で「じつは分かんないんだよね」「先週教わったんだけど」というレベル。

なので、まずは楽しんでいる姿をみんなに見てもらうしかない。そしてやっぱり、一緒にやって、一緒に汗かいて、一緒に休憩するって楽しいんですよね。
Q3.
関係人口に取り組む団体がなかなか増えません。どうしたらよいでしょう?
田中さん
田中さん
関係人口がいたらいいっていう話でもないと私は思っているんですが、島根で関係人口の取り組みがうまく行っているところというのは、ちょっと言い過ぎになるかもしれませんが、人口が減りすぎている地域なんです。

やりたいことはあるし思いもあるけど、どうもならない。つまり、人がいない分、「外の人が関わる余地=関わりしろ」があるということなんですよね。

ただ、減り切ってどうしようもなくなると急に開放的になるという側面があって、来た人に「この地域に骨を埋める覚悟があるのか?」ではなくて「来てくれてありがとう」って素直に言えるようになるのは、人が減り切って自分たちだけではどうしようもないという自覚をしているからなんですよね。

なので「関係人口って意味があるの?」と言える地域は、ある意味、まだ元気なんじゃないかな。島根、特に県西部の石見いわみと離島の隠岐おきはそんなこと言ってられない。
田中さん
田中さん
でもまずは、松橋さんも玲さんも、自分自身が楽しいとおっしゃっていて、もう、それが王道だと思っています。

新しいことって、初めはどうしても受け入れられにくいけど、やっていく姿を見せていけば、そのうちに少しずつ伝わっていく。「やらねば」ではなくて、お二人のように自分自身が楽しんでやっていけば、結果的に輪が広がっていくと思います。

そんな輪に、私もぜひ加わらせてください!

【秋田県の関係人口の取り組みは、こちらでご紹介しています】
あきた関係人口会議Webサイト「あきコネ」

<田中輝美さんとなんも大学編集長による対談記事も併せてご覧ください!>
輝美さん 関係人口ってなんですか?

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