秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード

編集・文:菅原真美 写真:高橋希

しっぽが繫ぎ、守るもの。~三種町・かわい農場~

2019.08.07

三種町みたねちょうの農場で売っている豚肉が、ものすご~く美味しいの!」
なんも大学カメラマンの高橋希さんから、気になる情報を入手。そこは「かわい農場」といって、自家農場の豚肉で精肉や手造りハム・ソーセージを販売しているとのこと。ゴクン……食べてみたい! 食欲そそられる情報に惹きつけられ、早速、秋田市内の取り扱い店で「かわい農場」の商品を購入してみました。

上段左:ベーコン/上段右:スモークハム/下段左:ポパイの焼きソーセージ/下段中央:ウインナーソーセージ/下段右:ハーブ入りチョリソー
焼いた瞬間から一気に広がる香ばしい匂い。いざ、実食!
噛んだ瞬間、弾け出すジューシーな肉汁。中はソフトな口当たりのソーセージ。
赤身と脂身のきれいな断層。旨みと塩気が効いたベーコン。
肉の柔らかさを感じながら、噛む度にキュッと締まっていく。お酒の相棒にしたいスモークハム。

その場にいたスタッフ全員が美味しいと大絶賛! どの商品も添加物が最小限に抑えられているため、「豚肉本来の自然な旨味」がより際立ちます。

……この美味しさの裏側を知りたい!

そんな探究心を引き連れて向かった、三種町森岳もりたけの「かわい農場」で、私たちは「自分の居場所を守り続けていく覚悟と強さ」に出合いました。

出迎えてくれたのは、「かわい農場」を経営している川井博かわいひろしさんです。

豚の繁殖から肥育、豚肉加工から販売まで、一貫して手掛けている「かわい農場」。早速、豚を飼育している豚舎へと案内していただきました。

作業着をお借りし、豚舎の中へ。
入った瞬間、あちらこちらから威勢の良い鳴き声が!

——お邪魔します!

豚さん
ブブッ!ブー!

——すごい鳴き声です! 普段からこんなに鳴いているんでしょうか?

川井さん
川井さん
おそらく見慣れない皆さんが入ってきたからかな。私だけだったら、こんなには騒がなかったはず。

——ちゃんと人を認識できるんですね!

川井さん
川井さん
豚舎に入って来た時の音で、人を区別できるみたい。おそらく、豚舎前に入ってくる車の音でも聞き分けているはず。

——へー! 賢い!

元気に動き回る子豚たち。
お母さん豚と生まれて間もない赤ちゃんたち。

——かわいい! 生後、何日くらいの赤ちゃんなんですか?

川井さん
川井さん
生後2日ですね。一回のお産で、平均で10頭くらい誕生します。最初は、お母さんのお乳で育つんですよ。大きくなるにつれて、場所を移動し、餌の種類や量を変えていきます。

川井さん命名!「しっぽ豚」とは?

—— こちらで飼育されている豚には、どんな特徴があるんですか?

川井さん
川井さん
品種は「中ヨークシャー種」です。今まで、ここで様々な品種の豚を飼育してきましたが、他の農場でこの品種を初めて試食した時に、その味の濃さや旨さに感激してね。そこから「中ヨークシャー種」を導入し始めました。
幻の豚と呼ばれる「中ヨークシャー種」。昔は日本で広く生産されていたが、次々と新品種が登場し、発育が遅い、経済効率が悪いといった理由から、段々と減少。今では希少な品種。
川井さん
川井さん
もう一つの特徴は、しっぽを切らずに、自然なままで育てていることです。通称「しっぽ豚」。私が名付けました。

——しっぽ豚! 通常だと、しっぽを切られることの方が多いんですか?

川井さん
川井さん
全国の約8割の養豚場では、生後間もない頃に、しっぽを切ります。豚はストレスがたまると、豚同士でしっぽをかじってしまうんです。そこから菌が侵入する可能性がある。しっぽ切りは、しっぽかじりを防止して、安全なお肉を食卓に届けるための立派な技術です。
川井さん
川井さん
しかし、うちではあえて、しっぽを切らない方法を選択しています。ストレスのない環境作りをすることで、しっぽかじりを防止して、豚が自然に健康に成長できるように育てています。

——なるほど。ストレスのない環境作りとは具体的に?

川井さん
川井さん
長年に渡って、様々な策を試してきました。豚が遊ぶ用のチェーンを吊り下げてみたり、ミネラルを補充するための餌を食べさせたり……色々試した結果、一番ポイントになっていると思うのは、「適正な換気を行うこと」。

よその大きな豚舎は、周囲への臭気対策などのために窓がありません。それに対して、ここは窓が近い構造です。外気に直接、触れられる環境が豚にとって快適なんではないかと思っています。

——ずっと空気が籠っている場所に居れば、ストレスになりますよね。普段から窓は開けっ放しなんですか?

川井さん
川井さん
窓は開けていることが多いですが、「今日は寒くなりそうだな」「豚が咳しているな」と思ったら、閉めます。日々、季節や気温、豚の様子を見ながらの調整です。これは技術というよりもコツ。何回も転びながら練習して、自転車に乗れるようになる感覚ですよ。
この豚舎で10年務めているという藤原さんと。川井さんの娘さんと同級生。子どもの頃から顔見知りで、もはやファミリーのような間柄。日々、二人三脚で作業をしています。

みんなに愛される味

今度は、豚肉加工から販売までを行っている店舗工場へ。可愛らしい豚の看板が目印です。

来る方向によって豚の看板が黄色orピンクに!
店舗では精肉やハム・ソーセージ各種を販売。

—— どのお肉も美味しそう!川井さんのオススメはありますか?

川井さん
川井さん
「中ヨークシャー種」の味の良さが一番わかりやすいのは、バラの豚しゃぶかな。
川井さんのオススメ「バラ肉しゃぶしゃぶ用」を購入。冷しゃぶでいただいてみると、ダイレクトに感じられる肉の甘みと柔らかさに大感動!
販売スペースの奥にある製造部門。
ここから丁寧に加工された新鮮なお肉が、店頭へ並んでいきます。
店内には、可愛らしい豚グッズが満載!

——こちらの豚グッズは、川井さんが集められているのですか?

川井さん
川井さん
自分たちで集めたものもありますが、お客さんが持ってきて、勝手に置いていってくれます(笑) 。

この日もご近所から続々とお客さまが来店。「もうここの豚肉しか食べられない!」と味の虜になるリピーターが多いようです。

この地で守り続けてきたもの

——ここの農場を始められたきっかけは何だったんですか?

川井さん
川井さん
今はやめてしまったけれど、元々ニンニク農家をやっていたんです。最初はその堆肥を作る目的で豚を飼い始めたんですが、少しずつ規模を大きくしていくうちに、安定した収入源としてもやっていきたいと思い始めて。それで昭和46年、豚肉の輸入自由化に伴い、養豚場を廃業する人が増えていく中で、養豚業を始めました。
昭和46年に建てた豚舎。なんと川井さんと友人の手造り。

——大変な時期に、あえて始められたんですか?

川井さん
川井さん
その時は詳しい状況を知らなかったの! でも、養豚をやめる人もいるけれど、実際に豚肉食べている人もいるんだから、絶対に需要はなくならないだろうなと思ってね。
川井さん
川井さん
その後も、ウルグアイ・ラウンドの影響もあって、さらに周りがやめていく中で、何かやらなければ、うちも維持できないなと思っていました。それで平成7年に店舗を作って、本格的にハム・ソーセージの製造販売を始めました。
*ウルグアイ・ラウンド=自由貿易の拡大を目指して行われた多角的貿易交渉。
ハム・ソーセージなどを製造する作業場。
燻製器。白神山麓自生の桜で焚き火をし、直接加熱する。

—— 苦難を何度もくぐり抜けながら、続けてこられたんですね。

川井さん
川井さん
豚を飼育し始めた時も、ハムの製造を始めた時も、自分が何か新しく始めようとする時は、いつも状況がどん底の時。でも、どん底の方が楽なんです。周りが離れていく中に、あえて入っていく。今よりは悪くならないと思いながら、自分のペースでやっていけるから。

—— 後はそこから登っていくだけ、と。

川井さん
川井さん
大変だったけれど、新しい世界は新鮮だったから、何事も勉強で楽しかったね。店舗を始める前は、豚舎で豚の世話をしながら、当時では珍しくハムの製造を行っていた他県の工場に何度も通って、造り方を習得していきました。この先きっと、日常的にハムが食べられる時代が来るだろうという直感もあったので、覚えたくて、覚えたくて、しょうがなかった。
ソーセージを造ろうと言ってくれたのは一緒に店舗を営む奥様。都度、家族で話し合いながら、現在の形へ。
川井さん
川井さん
今は世間一般的に、やりたいことをやるという風潮にあるでしょ。でも、自分の場合は高校卒業後、本当は大学へ進学したかったけれど、自分が働いて家族を支えなければいけない状況だった。やりたいことよりも、この土地で、家族で生活していくためにはどうすればいいかを考えてきたんです。なんぼ立派なことを言ったって、お金がなければ笑っては生活できないから。

川井さん
川井さん
失敗するということは家族が路頭に迷うことでしょ。失敗の程度の差はあれ、家族に同じような辛い思いをさせなければならない 。だから、自分にとって失敗は許されないという気持ちがずっと根底にありました。

——家族との生活を守る覚悟と責任が、今の「かわい農場」を作り上げてきたんですね。これからも長く続けていきたいという思いはありますか?

川井さん
川井さん
今、能代市、山本郡合わせても、個人で養豚をしているのは私、一人だけ。歳もとってきたから、そろそろダメだなと思いつつも、やれるうちは頑張りたい。自分の子どもたちがやりたいと思ったら、なるべく負担のない形でやれるようにはしています。いつでもやめていいようにしているけど、自分からやめたくはないな(笑)。

「しっぽ豚」が自然に健康に育つように、「家族」が笑って暮らせるように、自分ができることは何かを考え、動き続ける。立ち止まらず、時に飛び込み、変化していくことで自分の居場所を守ってきた川井さん。

最近は、生ハムの造り方を勉強するためにイタリアへ行かれたそうで、「海外へ行くと、世界が変わる。いろんな興味が出てくる。」と笑顔で語ってくれました。「自らやりたかったこと」が出発点ではなくても、その道中でしか出会えない世界に興味を持ちながら、歩き続ける。 みんなを笑顔にする美味しさの原点に、そんな川井さんの生き様がありました。

【かわい農場】
〈住所〉店舗工場:山本郡三種町森岳字街道西38
〈TEL〉0185-83-2076
〈HP〉http://www.shirakami.or.jp/~kawai-nojo/index.html
〈営業時間〉9:00~18:00
〈定休日〉月曜日