あたたかな素材感と美しい木目をもつ「曲げわっぱ」。特に、そのお弁当箱は、ここ数年で人気者となりました。ですが、その知名度に対して「どこで作ってるの?」「作り方は?」と詳しいことはあまり知られていないようです。それでも、皆が「なんか、いい」と揃って思うのには、きっと「見た目」だけじゃない理由が隠れているはず。
実は、秋田県大館市は曲げわっぱの一大産地です。産地にいけば、その理由がわかるはず! ぜひいっしょに「曲げわっぱ」について学んでいきましょう。
「曲げわっぱ」を学ぶために今回訪れたのは、1964年創業の柴田慶信商店。こちらは、柴田慶信さん(76歳)が24歳のときに始めた工房で、今は二代目となる昌正さん(43歳)が後を継いでいます。
そもそも大館で曲げわっぱが広く作られるようになったのは江戸時代のこと。当時の佐竹藩の大館城主だった佐竹西家が、秋田に豊富にあった秋田杉を使って下級武士の副業として曲げわっぱを作らせたのが始まりです。
産業として根付いたのはこれがきっかけですが、そもそも曲げわっぱ自体が秋田で作られるようになったのは約1300年前! 実際に大館郷土博物館では平安時代中頃に作られた出土品の曲げわっぱを見ることができます。
さらに、曲げわっぱ・曲物は日本だけの物じゃないのです。世界共通の道具として活躍していて、柴田慶信商店にも慶信さんが収集した世界中の曲物がずらり並びます。
アフリカの骨壷や、フランスのワインを測る升、ドイツの帽子ケースなどすべて木の板を曲げて作った曲物の仲間たち。ちなみに、そのなかに親子三代で使ったチベットのバターケース(ヤクの乳で作ったバターを保存していたようで、今も香りが残ってる!)があって、昌正さんはこれをヒントにバターケースを作ったそうです。
さて、前項で「木の板を曲げて作る」なんてサラッと書きましたが、薄い木皮ならまだしも、堅牢な道具に足り得る「厚み」と「硬さ」を持つ板を「どうやって曲げるの!?」
実は、私も曲げわっぱのお弁当箱を2年愛用しております……が、しかし! その仕組みを答えられません。きっと、曲げわっぱ愛用者さんたちにも私のような方がおられるはず。一緒にイチから教えてもらいましょう!
- 昌正
- ここにあるのは樹齢150年以上の天然の秋田杉です。丸太で買ったものを製材所で板にしてもらって、まずはこの板材から、作る物に必要な部材、その長さと厚さを切り出します。これ12尺ありますけど、節が1つもないですよね。これだけの材料を持っているところは少ないです。
- 高木
- 製材所にそういう美しい材料を注文するんですか?
- 昌正
- いえいえ、自分たちの目で選ぶんですよ。大館の木材センターでセリで買ってきます。今はもう、天然の秋田杉は伐採中止、払い下げ中止になっているので、保管しているものがあるうちは、それを使うことができます。
- 高木
- 「天然の秋田杉」ってどんなものでしょう?
- 昌正
- 秋田は寒いとこだから木の成長が遅いので年輪の幅が細くてまっすぐ。だからその木目が美しいし、丈夫です。
杉は機能の面でも優れていて、昔から味噌、醤油、お酒など全部、杉樽で作るんですよ。杉材は匂いが柔らかいし、ヤニが出ない。木が呼吸していい具合の湿度に保ってくれるので、ごはんがおいしいんです。
だからうちはウレタン塗装などをせず機能を生かすものづくりにこだわっていて。せっかくのいい機能を捨てるならば、じゃあ、どの材料でもいいじゃないってなってしまうんですよ。
- 昌正
- 切り出した、曲げの部分の板の両端を「はぎ取り」といって薄く加工します。このおかげで、木を曲げて端を合わせたとき全体が均一な厚さになります。
- 高木
- 一見分からない、すごく細かい作業ですね。
- 昌正
- ほら、横から見ると微妙に薄くなっているのがわかりますよ。
これが、曲げわっぱで一番難しい工程で、熟練した人、腕が上がってきた人でないとできません。
- 昌正
- はぎ取りした板を湯船につけて80度になるまで煮ます。前の日に水に入れといて、水をぜーんぶ吸わせて、吸ったところで熱を加えてあげると中まで熱が伝わるのできれいに曲げられます。
- 昌正
- では、曲げ加工をお見せしますね。
ここで、いよいよ気になっていた「曲げ加工」です。準備を始める昌正さんのそばには先代の慶信さん。
昌正さんが湯船から2枚ずつ取り出す板を、丸太に沿って巻き、その後、慶信さんと昌正さんが1枚ずつ手に取ってしっかりと型に合わせて曲げる。そして木バサミで固定し、また湯船から次の板を取り出す。
言葉を交わす必要もなく、2人もくもくと作業をする……その一連の静かな流れから目を離すことができません。
ぜひ、みなさんもその様子を動画でご覧ください。
- 昌正
- 曲げた部材はまず乾燥室で、そのあと工房の天井で、7日から10日ほど乾燥させます。これで曲げが定着します。
- 高木
- しっかり乾かすんですね〜。
- 昌正
- 乾いてから、接着の強度を増すために板の端を内側に削る「ツマ取り」をします。そして接着材をつけてまた板バサミでしっかりと止めて、約1日おきます。
- 昌正
- 接着した曲げ板に、ろくろで溝を作って底板をはめこみます。接着剤を薄く塗って板をはめ、トンカチで軽く全体を叩き、はみ出た接着剤をきれいに拭います。
- 昌正
- 本体のヘリもフタの部分も全部、ちょっとでも出っ張っているところはすべてヤスリやろくろで滑らかに手仕上げします。
- 高木
- 柴田さんの商品の特徴の一つは、ふっくら滑らかな曲線のフタだと思っていて、まさにこの工程でその美しさが生まれるわけですね〜 。
- 昌正
- この手間が必要なんですよ。
最後に、接着部分を桜の木の皮で綴じます。
- 昌正
- しっかり穴を空けてから木の皮を通すので、どうしても隙間が空いちゃいますよね。でも木は水を含むと膨らむ性質がありますから、水を吹きかけてアイロンをかけてあげることでピタッと締まります。
- 高木
- 本当だ!
- 昌正
- 修理で「綴じ直してほしい」って依頼が来たときも、木の皮をはがせないほどしっかりはさまってます。
これでやっと、1個の曲げわっぱが完成! それにかかる日数は約3週間。そしてすべてが手仕事。型に流し込んで「ポン」じゃないんです。それも、工程を見ないとなかなか想像できないことかもしれません。
お昼になったので休憩スペースにおじゃましてみると、みなさん一つの机を囲んでランチタイム。ほとんどのみなさんの前には……やっぱり曲げわっぱ。
やっぱり時代が変わっても、今なお曲わっぱは日常づかいの道具。それがお弁当箱なら、中におかずとごはんを詰めて、どんどん使ってこそ、本当の良さを実感できるというわけですね。
さて、次回は創業者である慶信さんと二代目の昌正さんのお二人にお話を伺います!