辞めるから始まることがある。
〜門脇光浩さん(前仙北市長)インタビュー〜
2022.03.16
インタビュー:藤本智士、写真:船橋陽馬、編集:矢吹史子
なんも大学編集長の藤本智士です。突然ですが、2016年から6年ものあいだ続けてきた「なんも大学」は、この記事をもって更新を終了します。世の中の状況がさまざまに変化していくなか、僕自身もいろんな思いが交錯し、次のフェーズにいくためにも、更新を終えることを決めました。
昨年の秋頃から、最後の記事は今回ご登場いただいた、前仙北市長の門脇光浩さんにしたいと決めていました。結果、なんも大学の最後にふさわしい記事になったと自負しています。
何かと閉塞感のある世の中で、未来への一歩を踏み出すためにも、いまあるものを終える。門脇さんの言葉から、その大切さが伝わればいいなと思います。
- 藤本
- 僕は、2012年から秋田県発行の「のんびり」というフリーマガジンを、2016年からはこの「なんも大学」の編集長をさせてもらいながら、かれこれ10年くらい秋田に通っているんですが、いよいよ、このなんも大学の編集長を退任しようと思っているんです。そんなときに、門脇さんが市長をお辞めになるっていうのを知って「あ!」と思って。
- 門脇さん
- あら。
- 藤本
- 「なんも大学」における僕の役割は、実質、方向性の指示と原稿のチェックくらいで、現場の取材編集のほとんどを矢吹史子が進めていました。だけどいろんな事情もありつつ、なかなかそのバトンを渡せなかったんです。
- 門脇さん
- なるほど。
- 藤本
- そのうち僕はバトンを渡そうとしていたエゴに気づいたんです。バトンは渡すものじゃなくて、勝手に受け取られるものだと。なので「なんも大学」は今後アーカイブを残しながらも一旦終えることにして、僕自身も、次のステップに行きたいと思ったんですね。
そんなときに偶然、市長をお辞めになるというニュースを拝見して、僕は「なんも大学」最後の記事に、どうしても門脇さんに登場いただきたい! と思ったんです。
楽しくなったら、辞める?
- 藤本
- 門脇さんはどうしてお辞めになる決断をされたんだろう? と。
というのも、そもそも門脇さんはめちゃくちゃアクティブな市長という印象があったんですけど、なんだか辞められて、より一層アクティブじゃないですか。
- 門脇さん
- 先日、たまたま別件で役所に顔を出したんですが、「毎日ずいぶん楽しそうですね」と言われました(笑)。
- 藤本
- わかります(笑)。門脇さんって、いま、おいくつになられますか?
- 門脇さん
- 61歳。
- 藤本
- やっぱりお若い。僕は行政と関わらせてもらう機会も多いんですが、よく感じるのが、年配の方が「まだまだがんばらなきゃ!」と一生懸命な一方で、若い人たちが出ていくタイミングがなかなかない。
お笑いで言うと、明石家さんまさんは還暦を越えてもなお現役バリバリで、それはとても素晴らしいんだけど、その枠に若い人は入って行けなくて、40歳を越えた人たちが未だ「中堅」って言われたりする。
- 門脇さん
- そうですね。
- 藤本
- そんなふうに、若手がいろんな所へ出て行ったり、発言力がちゃんと形になる場面が少ないなって思っている一方で、門脇さんが自らお辞めになると聞いて「勇退だ!」って思ったんです。
- 門脇さん
- はっはー!
- 藤本
- シンプルに格好いいなと思って。でも、それはもちろん、僕目線の勝手な思い込みかもしれなくて、その現実にはきっといろんなことがあるんだろうなということを今日は聞きにきました。
- 門脇さん
- 藤本さんがおっしゃるとおりで、自分が辞めないと若い方々が出てくる環境が作れないんですよね。
僕も、県議と、そのあと市長をやらせてもらっている間、ずっと思ってたことがあって、それは「この職が楽しくなったら辞めよう」っていうことなんですよ。
- 藤本
- え?! 楽しくなったら辞める? それは、最初からそう思われていたんですか?
- 門脇さん
- はい、最初から。先輩がたからも「楽しくなると慣れるし、わがまま言うようになるから、そうならないようにしていくのが大変なんだ」と聞いていたんですよね。
僕は、辛い課題があるから県議や市長という職務に飛び込んだので、それが楽しくなってしまったら自分はもういるべきではない。課題が解決できると、違うことを考え始めるんですよね。公園を作ったり、自分が好きな音楽祭を始めるとか……。
- 藤本
- うんうん。
- 門脇さん
- それはそれで良いんですが、それがみなさんの幸せづくりにどれだけ貢献できるのかなって、冷静に考えるということがしづらくなる。
それで、市長の3期目で、自分が解決したいと思っていた課題の多くが解決できたので辞めることにしたんです。
- 藤本
- すごいなあ。ちなみに、市長になられたときは、どのぐらいやられるイメージを持ってましたか?
- 門脇さん
- 僕は1期で辞めようと思っていたんですよ。
当時はマニフェスト選挙をやらなきゃいけないっていう強い思いがあったので、8つの約束っていうのを作っていて、8つ目の約束は「前の7つが全部できない場合、僕は1期で辞めます」っていうものにしたの。
- 藤本
- 全部できたということですか?
- 門脇さん
- できなかった。市民の方々で検証委員会を作ったんだけれど、5割ちょっとしかできなくて、辞めますって言ったら、「それは許さない!」って言われて。
- 藤本
- ははは(笑)。
- 門脇さん
- 「できるまでやらなきゃいけない」って言われて。それで3期目までやることになって。自分は毎日毎日「いつ辞めようか」と思っていました。だって、同じ一日のなかでも辛いこともあれば楽しいことも当然あるわけですよ。
- 藤本
- うんうん。
- 門脇さん
- 何か面白いことがあると「あ、これ面白くなってきたな、まずいぞ!」って。一日のなかでいろんな思いがね、交錯するんですよ。
- 藤本
- お話を聞いていて、フリーマガジンの「のんびり」のことを思い出しました。僕も「のんびり」の編集長を引き受けたときに、県庁のみなさんに一年で辞めるという宣言をしたんですよ。
- 門脇さん
- あら。
- 藤本
- その代わり「この一年は他の仕事を受けないぐらいの気持ちで全力で取り組みます」って言って。けど、結果的にすごい反響を頂いて、僕も2年目のときに辞めないでと言われて、結果、4年続けてしまいました。
- 門脇さん
- いや〜、あの冊子は面白かったですよ。新鮮だったっすよ。
- 藤本
- ありがとうございます。
自らがプレイヤーに
- 藤本
- よそ者の僕が、秋田の数ある市町村のなかで、なぜか仙北の動向に注目してしまっていたのは門脇さんがインパクトを残されたからだし、市民からも今後の市政への期待が高かったんじゃないかと思います。
そんななか、お辞めになるという決断は、簡単にできることではなかったんじゃないでしょうか?
- 門脇さん
- やりたいことがいろいろあって、早くそっちに行きたかったんですよ。
- 藤本
- 逆にいうと、市長だとやりにくいことがあったっていうことですよね?
- 門脇さん
- そうなのよ〜。行政の中にいると民間のほうが動きやすいことがいっぱい見えてきたりするんです。
例えば、集落から人がどんどんいなくなって、コミュニティが崩壊してしまっているっていう状況がある。すると、行政はそれを補おうとして市民から頂いた税金を活用して事業を行うわけですよ。
- 藤本
- はい。
- 門脇さん
- だけどそれは、集落のコミュニティがあったり、市民の方々の活動があれば必要のない財源、事業なはずなんです。
そのために、本来行政がやらなければいけない事業にお金がなかなかまわっていかないということを経験しているので、自分が民間として頑張るという生き方を若いうちにしたいと思ったんですよね。
- 藤本
- なるほど〜。僕は、市長がお辞めになると聞いたとき、役所の人たちもいろいろ考えたんじゃないかなって思っていて……。
- 門脇さん
- 去年6月の時点で「俺、もう辞めます」って言っていました。
- 藤本
- 例えば、役所というある種の安定というか、人事異動的に与えられた部署や場所で一生懸命やるっていう生き方も素敵だと思います。
でも、そこで仕事をしていると、その中のことしかわからないから、辞めて何かにチャレンジしようという発想が起こりにくい構造になっているように感じるんですね。
- 門脇さん
- うーん。
- 藤本
- 一部の観光企画的な部署とかだと、役所の外の多様な職に触れたりして、地元で起業している方や、若い人たちのベンチャー的なアクションに触れたりして、「自分がそういう世界に行く選択肢もあるのかなあ」って想像したりもするかもしれないんですけど、基本的にはなかなかそういう人の気持ちを理解しづらい。
そんななかで、市長が自ら次の世界に行くという決断を見せられて、いま、自分の進退を考え直している若い役所の人たちもいるんじゃないかなって、勝手に想像したんですよね。
- 門脇さん
- そうですね。これまでは再任用制度みたいなものがあって、定年退職した後も2〜3年継続できるものなんですが、そこに向かわずに「自分でやりたいことをやりたい」という声も出てきていると思います。
だけど、それはごく一部で、まだまだそういう状況にはなれないのが現状です。
- 藤本
- そうですよね。だから、市長自ら率先してやられることの意味が、ここから出てくるのかなって思って。
- 門脇さん
- やりたいこといっぱいあって、寝てられませんよ。楽しくて仕方がない。
- 藤本
- はははは!先日、田沢湖で秋田の野菜や果物を使ったポタージュとスムージーの店をやっている……
- 門脇さん
- 「ひなたエキス」の須﨑くん!
- 藤本
- はい。その、須﨑裕くんに会ったんです。彼は秋田市の国際教養大学を卒業後、「トラベルデザイン」という旅行企画会社を始めたんですね。
本当に泥んこになって、というか当時は羽後町で雪まみれになって頑張っているのを見ていたんですが、しばらく会わないうちに、彼がスムージー屋さんを始めたというのを秋田魁新報の記事で知って、久しぶりに会うことにしたんです。
- 門脇さん
- うんうん。
- 藤本
- 彼はもともとインバウンド向けの旅行事業をしていたんですが、そのときの立場っていうのは、尊敬する農家民宿や農家さんたちに「僕が外からいっぱいお客さんを呼んできます。だから一緒に頑張りましょう!」っていうものだった。
- 門脇さん
- うん、うん。
- 藤本
- でも、秋田の人たちが求めているのはそれではなかった。そうやって旗を振ったり、頑張れってお尻を叩いたりするサポーターではなくて、プレイヤーを求めているんだっていうことがわかったと。
- 門脇さん
- うん、うん、うん。
- 藤本
- なので、「ひなたエキス」という店を通して自分がプレイヤーになって、事業を起こして、「こういうことやりたいんです!」って相談したら、みんな応援してくれるようになったと話してくれたんです。
- 門脇さん
- そうそう。具体的に動くということね。役所も、いろんな補助金とか助成事業とか作るじゃないですか。それを市民に活用してもらおうと、純粋に思うんですよ。
- 藤本
- はい。
- 門脇さん
- でも、予算化しても「こんなに良い制度があるのに誰が使うんですか?」っていうのがいっぱいある。結局、それを使える人がいないんですよ。だからこれからは自分がプレイヤーになって活かしていこうと思っているんです。
- 藤本
- やっぱりどこかで自分でやらないと。自分のイメージやビジョンがある以上は。
- 門脇さん
- やらねばねぇ。自分にしかできないこと、あるはずなんですよ。それは立派なことではなくても、ですよ。
- 藤本
- うん。
- 門脇さん
- あなたでなきゃ考えられない、あなたでなきゃ実行できないでしょっていうこと。それを早くやらないと。僕は80歳まで約20年あります。20年あったら、だいたい何かしらできるんでねぇがなと思うんですよ。
- 藤本
- だから、雪にシロップかけて食べ歩いたり(笑)。
- 門脇さん
- あれ、本当はダメなんですよ。でも、子どもたちの永遠の夢ですよねぇ?!
- 藤本
- わかります〜。
アクションあきた
- 藤本
- 市長をお辞めになってから設立した「一般社団法人市民活動あきた」のことも気になっているんですが。
- 門脇さん
- ええ、ええ。
- 藤本
- 辞められてからの、この組織づくりへの動きもすごく早かった印象です。こういうことをしたいと以前から考えてらっしゃったんですか?
- 門脇さん
- 「一般社団法人市民活動あきた」は登記上の名称で、僕らのなかでは「アクションあきた」って呼んでいるんです。「市民活動あきた」っていうと政治結社みたいな感じがしちゃうでしょ(笑)。
- 藤本
- すごいストレートだなと思いました。
- 門脇さん
- ははは。いまは私が代表で他に理事が2名います。活動内容としては、前から温めているものがいくつかあって。
- 藤本
- 例えばどんなものが?
- 門脇さん
- 「ふるさと検定」。いろんなところでふるさと検定はやってますけども、実際に仙北市だったり、秋田県に来て頂かないと解けない問題があるふるさと検定をやりたいと。
交流人口を増やしたいし、県民にはご自身の県を知って頂きたいし、仙北市民には仙北市を知って頂きたい。
- 藤本
- なるほど。
- 門脇さん
- それから、以前、みんなで古本を集めていた時期があったんですが、その古本を活用した本屋をいくつも作って「本の里づくり」を進めていきたい。そして、本をテーマにして他県から移住する方々を募りたいと考えていたり……。
- 藤本
- へぇ〜〜。
- 門脇さん
- それから、「柿プロジェクト」といって、最近は、家に柿の木があっても採っている人が少ないんですよね。それがもったいないので、柿を採って食べるプロジェクトを考えています。このあいだやって面白かったのは「北限の柿の木」に表彰状をお渡しするというもの。
- 藤本
- へぇ〜! その「北限」っていうのは、日本の北限?
- 門脇さん
- いえいえ、仙北市の北限(笑)。
- 藤本
- 面白いですね。どなたかの所有の柿の木なんですか?
- 門脇さん
- そうそう。鈴木さんっていう方の。「あなたは、よくぞこの柿の木を守ってくれました」って。
- 藤本
- 鈴木さんもびっくりしたでしょうね。
- 門脇さん
- いや〜最初からノリのいい人なんですよ。「うぢでいいんだが〜?!」って。
- 藤本
- ははは!
- 門脇さん
- あとは県産のEV車づくり。これだけ豊かな自然のあるところで、エコな作物を作ることを推奨していくにはどうしたらいいかと思ったときに、「そっか!田んぼや畑に行くまでの車をエコにしなきゃ」と。
- 藤本
- うんうん。
- 門脇さん
- 軽トラックをEV化していくとか、トラクターや耕運機、農機具をEV化していくということをやらなきゃ。それができれば、秋田県の環境の素晴らしさを作物が自ずと代弁してくれるだろうと。
- 藤本
- あ! 雪食べてるってそういうことだったのか!
- 門脇さん
- そういうことなんです実は!!! 僕は秋田の雪は食べられるって実証しました。実証してるんですけど、秋田の雪がなぜ食べられるかというと、環境がとても良い、自然がとても豊かだから。
- 藤本
- ただの無邪気な大人だと思ってました(笑)。
- 門脇さん
- ははは。でも食べたいでしょ〜? 今度は準備しておくからね。
- 藤本
- ぜひ(笑)。でも、それには開発する企業が必要なのでは?
- 門脇さん
- 県の工業技術センターに相談して、EV車両の部品づくりをしている企業をリストアップして頂いていて、そこを訪問をして「みんなで一台のEV車づくりから始めませんか?」と言って歩いていこうと思っていて。
まずは誰かが「面白い、それ!」って言ってくれれば、それでいいんです。
- 藤本
- うんうん!
- 門脇さん
- これまで、大手企業には提案してきたものの難しかった。でも、秋田県内の小さな企業が集まって、遊びでもいいからやってみることで、秋田県の工業技術力でEV車が一台できるんだって実証するところから始めたほうがいいんじゃないかって思っているんですよ。
辞めるから始まること
- 門脇さん
- あとはね、地元の酒蔵を再生したいとも考えています。昔、角館にあった酒蔵がなくなっていて、仙北市内には、細々と続けている蔵が一軒あるのみ。
あらためて、この土地の土と水と汗で酒造りをしたいということで、いま、一生懸命協力を仰いでいるところです。
- 藤本
- へ〜。
- 門脇さん
- ここに来たお客様がたに「うちの酒っこだ、飲んでけれ」っていう、そういう酒が造りたいわけ。最近、男鹿市でも若い方が酒蔵を作ったでしょ?
- 藤本
- 「稲とアガベ」という醸造所の岡住修兵君ですね。
- 門脇さん
- はい。いまの法律では、新規の清酒製造免許の発行は認められていないなか、チャレンジしているんですよね。
- 藤本
- そうですね。なので、いまは清酒ではない、どぶろくなど「その他醸造酒」っていうものを製造していくことで実績を積みながら、規制緩和に働きかけようとしている。
- 門脇さん
- 面白いですよね〜。50年ぐらい前には、秋田県の酒蔵は100社近くあったらしくて、半世紀で50社を切ってしまったらしいんですよね。廃業した人たちはその権利を転売しているそうで、僕たちはそういうものを活用して酒蔵をつくる可能性もあるんじゃないかと思っています。
- 藤本
- いま、酒造りや発酵に関心のある若い醸造家たちが、全国にいっぱいいるんですよね。
僕は2〜3年ぐらい前に渋谷のヒカリエで開催した「発酵」がテーマの展覧会のアートディレクションさせてもらったことがありました。47都道府県の発酵食品を一堂に集めるというものだったんですが、その展覧会は、動員数も、売り上げも過去最高だったんです。
- 藤本
- それだけ発酵への関心が高まっているし、会期中に開催された発酵のイベントには、20代の醸造家や若い人がたくさん来るんですよ。
- 門脇さん
- そういう動きがあるんですね。
- 藤本
- はい。これからは、そういう、興味を持った人たちをどうやってその世界に入って来られるようにするかが大事だし、男鹿の岡住くんのような人が間口を広げてくれて、そういう人たちを秋田に呼び込むことができたら、すごいことになるんじゃないかと思っています。
- 門脇さん
- 新しいエネルギーがどんどんどんどん増幅されてくるような環境を作りたいですよね。これまでの酒造りではない酒、若い方々だからこそできる酒っていうところも見せられるだろうし。
- 藤本
- そうなんですよね。そして、岡住くんは「自分がこういう開拓をすることで、自分みたいな奴がどんどん増えてほしい」ってハッキリ言ってるんですよね。
- 門脇さん
- 素晴らしいですね。
- 藤本
- あくまで「新しい道筋を作ってそれをシェアしていきたい」という考え方で、自分だけで囲い込む意識はないんですよ。
「共有財産」というかコモンズ的な場所やコミュニティが、地域や社会のなかに必要だっていう意識が強くなってきているように感じます。
- 門脇さん
- これまでは、行政もそうなんですけど、新しいものは排除するような体質があったように感じるんですが、それでは新しいものは生まれないんですよね。
- 藤本
- そうですよね。
- 門脇さん
- 新しいものを生み出したいって思ってる人たちには、すごいストレスになってきたと思いますね。
- 藤本
- ストレスですよね。
- 門脇さん
- 太るんだよね、ストレスって。
- 藤本
- はははは。
- 門脇さん
- さっきおっしゃっていた発酵は、私もとても興味深く思っていて、今年は初めて味噌を仕込んでみたんですよ。面白かったですね!
- 藤本
- へぇ〜〜。
- 門脇さん
- これまでは農協さんに味噌を作ってもらっていたんだけど、作らなくなってしまったので、各農家の方々が家で穫れた大豆で自家製の味噌を造ろうかとなってきてるんです。昔、庭先でやってるのを見た記憶はあったのでね。
- 藤本
- うんうん。
- 門脇さん
- そんなふうに、辞めるということはそこでストップするんでなくて、辞めたから始まることもある。何かに気がつけたのは「辞める」ということがあったから。
- 藤本
- 「辞めたから始まることがある」か……まさに。いい言葉いただいたから、このインタビューももうやめようかな。
- 門脇さん
- ははははは。
- 藤本
- ほんと今日お話を伺ってみて、やっぱりそう思ってらしたんだなっていうことがたくさんありました。そして、想像をはるかに超えていたこともたくさんでした。どうもありがとうございました。
- 門脇さん
- いえいえ、藤本さんは同じタイプの人間の匂いがするのでね。
- 藤本
- たしかに。まずはそこの雪食べて帰ります(笑)。