高橋 優 インタビュー
秋田への愛。その反対側にあるもの。
2019.08.14
インタビュアー:藤本 智士 写真:yansuKIM
あの子はどこの大学に行った。どこどこに就職した。離婚して戻ってきた。そんな田舎ならではのしがらみは、小さなコミュニティが助け合って生きていくために、ある意味必要だったのかもしれません。そんな必然の積み重ねで敷かれた、田舎の常識というレール。そしてそこからはみ出した男、高橋 優。
かつて嫌で仕方なかったそのレールに、いまは感謝していると話す彼は、何を思い秋田を出て、いまどうして秋田に愛を注ぐのか。
秋田で感じた様々は「秋田」特有のことというより「世間」だと思ったと話す高橋 優。彼の言葉は、いま地方で暮らす人たちにとって一筋の光になるような気がします。
今年は「大曲の花火」で有名な大仙市での開催が決まった高橋 優 主催の野外音楽フェス「秋田CARAVAN MUSIC FES 2019」(以下、ACMF)。その開催にあわせて毎年制作している秋田県PR冊子『秋田キャラバンガイド』取材の合間に行ったインタビューをお届けします。
高橋 優
シンガーソングライター。
1983年秋田県生まれ。札幌の大学への進学と同時に路上での弾き語りを始め、2008年に活動拠点を東京へ。そして2010年7月、シングル『素晴らしき日常』でメジャーデビュー。2015年、秋田県より「あきた音楽大使」に任命される。2016年9月、「音楽で秋田を盛り上げたい」という思いから、野外音楽フェス『秋田CARAVAN MUSIC FES 2016』を自身の故郷・横手市で開催。以降、由利本荘市、仙北市と開催地を移し、2019年は大仙市での開催が決定。
振り子理論
- 藤本
- あらためまして、よろしくお願いします。
- 高橋
- よろしくお願いします。
- 藤本
- 優くんは知ってくれているけど、僕はふだん関西に住んでいるので、いわゆるよそ者の立場で秋田に来て、このウェブマガジン「なんも大学」の編集長をしたりしているんですね。
そんな僕の秋田の人の印象って、例えば、全国学力テストでずっとトップクラスだったり、最近おもしろいと思ったのは後部座席のシートベルトの着用率がナンバーワンだったり。ちゃんと言うことをきく人たちというか、良いもわるいも謙虚さがベースにあるなあという印象なんです。
- 藤本
- で、今回、あらためて優くんにインタビューさせていただけるということで、自伝『Mr. Complex Man』を読ませてもらったんですね。
- 高橋
- ありがとうございます。
- 藤本
- めちゃめちゃおもしろかったです。
- 高橋
- よかった。うれしいです。
- 藤本
- 何がおもしろいって「こんな僕の自伝なんて誰が読みたいんだろう?」的な控えめなプロローグが、実に秋田の人っぽいって思いました。だけど、そんなはじまりからは考えられないくらい、お話がヒートアップしていくのも、段々心開いていく秋田の人っぽくて。
- 高橋
- あれはインタビュー形式だったんですよね。
- 藤本
- きっとインタビュアーのかたもよかったんですね。気づきの多いとても良い本でした。あの自伝のなかで優くんが一貫して言ってることは「原因と結果は伴う」っていう話だったと思うんです。
- 高橋
- たしかに、そうですね。
- 藤本
- それで僕が思い出したのは北野武さんがよくおっしゃっていた「振り子理論」。例えば、学生時代めちゃめちゃヤンチャだった人って、大人になるとめちゃめちゃ真面目に働く、みたいな。中途半端じゃなく、どちらかに思いっきり振りきれば、その分、反対側にも思いっきり振り切れるよっていう話なんですけど。
その振り子理論で言うと、いま優くんはACMFを立ち上げて、これでもかってくらい秋田に愛を注いでいるけれど、その愛の分だけ、愛憎の「憎」の部分があるんじゃないかと。
冒頭からこんな話で申し訳ないんだけど、そういうところから話を聞かせてもらっていいですか。
- 高橋
- わかりました。僕は18歳まで秋田にいたんですけど、生まれてから小学校1年生になるまでは、毎日のように40度まで熱上げて、何回も入院していて。
小学校に入る頃、ようやく体がちょっと元気になったから学校に通い始めたけど、同級生はみんな幼稚園から一緒に過ごしてそのまま小学校に入ってるから、幼稚園にほとんど来てなかったやつがなんで急に同じクラスにいんの? 的なところから、母さんに買ってもらった傘をぶさぶさに切られたり、絵の具舐めさせられたり、まあ、思い出すと苦しい気持ちになるようなことがあって……。
- 高橋
- で、小学校高学年になったら、今度は自分もいろんな人たちにちょっと暴力的になっちゃったりしたんです。とてもいじわるな少年になってしまって、友達も全然いなくて。
- 藤本
- 反動のように。
- 高橋
- でも、中学校入ってちょっとだけ社交的になったんですけど、それでもやっぱり音楽とかは内緒でやってるっていうか。人に自分の書いてる曲とか聴かせるのは恥ずかしいし、僕の住んでる地域の人たちだとオリジナルの曲なんてやってること自体が「え……なにそれ恥ずかしい……」みたいな感じがあって。それは高校まで拭えないまんまで。自分のやろうとしてる音楽は理解されないまま、大学進学を機に札幌へ行ったんですよね。
- 高橋
- だからもちろんいい思い出もあったんですけど、秋田に住んでいた最初の18年のなかで感じていた気持ちは、自分っていう人がいる意味がわかんない、いてもいなくてもいいんじゃないかな、みたいな感じが強かったですね。
- 藤本
- そうかー、そんなにまで。
- 高橋
- でもだからってそんなに秋田を憎んでいたとか嫌いだったというつもりはなくて。むしろ世間ってこういうもんだっていうのを秋田に教えてもらった感じですね。
世間なんて自分に興味がないし、僕がどれだけ誰かを好きになって近づこうとしても、その人たちはきっと僕のやることを理解してくれないだろう、みたいな、自分のそういう物事に対して疑いがちなスタンスをたくさん秋田からもらった気がするんですよね。
秋田ではなく世間
- 藤本
- 僕はふだん編集者として仕事をしているなかで、秋田だけじゃなくいろんな地方の人たちと出会う機会が多いんですね。だからいまのお話は、まさに優くんが言うように秋田特有のことではなく、日本中のいろんな土地で共有できる地方独特のしがらみの話だと思うんです。
- 高橋
- ええ。
- 藤本
- ◯◯ちゃんはどこの大学に行ったとか、あの子とあの子が付き合ってるとか、そういう話が尽きない田舎独特のコミュニティでしんどい思いをしている人たちってたくさんいるじゃないですか。
- 高橋
- うんうん。
- 藤本
- だけど、ふつうはみんな「だから地元が嫌だ」で終わってしまうと思うんですけど、高橋 優という人が突出しているのは、それだけつらい時期を過ごしながらも、それは「秋田」ではなく「世間」だって感じた部分だと思うんです。それはいまだからそう思えるのかな、それとも当時からそう思っていた?
- 高橋
- うーん。僕、札幌の大学に行ったんですけど、札幌に行ったら知り合いがいないから、オリジナルの曲を歌っちゃえってことで、路上ライブをはじめて。
そのことを大学の友達に言ったことがあったんです。「土曜日とか何してんの?」って聞かれて、「路上ライブやってるんですよ」って。それで「もしよかったら今度見に来ません?」って聞いてみたら、「行かないよ、恥ずかしい」って笑われたんですよ。で、「ああそうか、恥ずかしいんだ」ってなったときに、秋田で感じてたこととちょっと似てたんですよね。
- 高橋
- 結局、土地が変わったから何かが変わるというよりは、人の心のどっかには、自分がやろうとしてることに対してクスクス笑うようなところがある、って札幌に行ってもそれは一緒だったんですよね。だから秋田っていうより、世間っていうふうになっていったのかもしれないなあ。
- 藤本
- 優くんは常に俯瞰で自分を見ているところがあるよね。それはある意味で秋田の人らしい謙虚さにも繋がるし。
- 高橋
- 確かにそれは、もしかしたら秋田が関係してくるのかな。東北ってそういう人が多い気がします。こんな田舎から歌う人なんて育たないし出るわけないんだからっていうのが根底にあるから、どっか半笑いで「うん、応援してる」みたいな感じが、そこはかとなくある感じがしていて。
裸の王様にはなれない
- 藤本
- いま一緒に「秋田キャラバンガイド」の取材をさせてもらっているなかでも、例えば昨日も、自転車競技部の高校生たちの前に優くんがサプライズ的に現れるっていう場面があったじゃないですか。 本当はサプライズにしようと思ってるわけじゃないけど、来るよって言うわけにもいかないから、必然的にサプライズ的になってしまってるだけなんだけど。
- 高橋
- はい。
- 藤本
- ああいう場面で、後ろで控えてる優くんの堂々としてなさったらないよね。
- 高橋
- あっはっは! 登場する前ね。
- 藤本
- そう。ちゃんとみんな喜んでくれるんだろうか、みたいな。
- 高橋
- いやあ、それはいっつも思います。
- 藤本
- でも、いまは本当にたくさんの人たちが優くんの音楽を聞いて、心動かされて、応援してくれている人がどんどん増えているじゃないですか。
そういう世界で生きているとそれが当たり前になってきて、考え方も振る舞いも変わっていきがちじゃないかなって思うけど、優くんはそれが全然ないように感じる。
- 高橋
- あ〜。そうなる日が来たら、幸せなのかな。わからないんですけど。でも裸の王様みたいになっちゃうのがすごく怖くて。でも言われてみたら確かに、なんでそんなにそこを意識してるのか。負けず嫌いなのかなあ。うん。
- 藤本
- なるほど。
- 高橋
- その場で、例えば「やあ、どうも! お待ちかねの高橋 優です!」ってやるのは滑稽な部分ももちろんあるじゃないですか。どれだけ有名になってもそれっておもしろいと思うんですよ。
自然とそれを選択できる日が来ればやるかもしれないけど、いまだと、それをやってちゃんと喜んでもらえる自信もないし、歌わせてもらえてようやく少し自分のパフォーマンスを届けられるけど、「高橋 優ですよ、どう?」みたいなスタイルでその場を自分の何かにする自信がないんでしょうね。だから……。
- 藤本
- 負けず嫌いなんだね。
- 高橋
- 負けたくないんですよ。
一瞬のための準備
- 藤本
- 自伝のなかで「そこまでやるの? の、“そこ”までやる」っていう話があったじゃないですか。それは優くんを見ていてほんとにいつも感じるんです。とにかく全力を尽くす。ガイドブックの取材もそうだし。何よりACMFそのものがそうだし。
- 高橋
- 一番嫌なのは、何も準備しないで来て、やったふりした大人みたいになること。それだったら出来る限りのことを尽くして自分の手札をきっちり持った上で、そのなかのどれを出して良かったか良くなかったかを後で考える方がまだいい。
- 高橋
- ライブとか、それこそ今朝の記者会見(※ACMF2019の記者会見を行った直後のインタビューでした)とかもね、結果パーフェクトだったって思えたことはないんですよ。
ただ、自分のなかでいくつかの刀を用意した上で、抜かないことを選んだって思えば少しだけ気が楽というか……。もちろん自分は準備したって思ってるものも、全部準備できてるわけではなくて。まだまだやれることなんていくらでもあるんだけど、怖いのは引き出しを何も用意しないで、丸裸でステージの上に立っちゃう状態。それにはなりたくないなっていうのがあるんですよね。
- 藤本
- それは、そういう経験があったから?
- 高橋
- ……うん。当時のファンの方に申し訳ない話かもしれないですけど、デビュー当時は何もわからなかったから、とにかく衝動だけで歌うとか、「ライブは練習とかじゃなくて、その場の衝突なんだ!アクシデントなんだ、ライブは!」みたいな考え方でやろうとしてた時期もあったし。
曲作りに関しても、こういうふうに取材をしてもらうにしても、何も考えずにやりたいっていうことだけでやってたと思う。
- 高橋
- でも、2012年くらいだったかな。取材に来てくれたカメラマンの方が、何枚か撮った後に急にカメラを置いて、「優さん、あのね」って喋り出して。
「実は僕、彼女と別れたんですよ」って。「ずっと付き合ってた彼女と別れるのつらくて、明日の仕事休みたいなって思ってたんだけど、優さんの今回のシングル聞いたときに泣いちゃって。こういう人と仕事ができるっていうのは、ありがたいことなのかもしれないなって思ったから、今日はそんな優さんのことをみんなに伝えられるいい機会だと思ったので、よろしくお願いします」って言って、またカメラ構えたんですよ。
- 高橋
- 僕からしたら、カメラマンってシャッター押せば撮れるじゃんみたいに安易な考えで向き合ってたから、なんだったら、撮られることも「ハイ、チーズ」で仮面みたいな顔でいいやとか思ってたんだけど、その人はその一瞬のために、そこまで想いを乗っけてきてるんだと知って、これは、そのカメラマンさんだけじゃなくて、みんなそうなのかもしれないなと思ったんです。
いろんな仕事でプロフェッショナルと呼ばれている人たちは、自分の日常生活、自分の今後のこととかすべてを込めて仕事していて、その一瞬は短いけど、そこまでの準備っていうのはどれくらいのことなんだろうって、そのときはじめて考えさせられたんですよね。
一点突破
- 藤本
- きっとそういう経験があったからこそなのかな、って思うんですけど、僕自身ガイドブックを3年間一緒に作らせてもらいながら、優くんの姿を見ていて、「ちゃんと周りに頼れる人だな」って思ったんです。
- 高橋
- どんなときにそう思ったんですか?
- 藤本
- 例えば、マネージメントの皆さんに対してもそうだし、僕にもそうだし、こちらの意図がはっきりしていれば、完全に乗っかってくれるみたいなことも含めて。
自分がやれるところと、誰かに任せられるところの見極めって、けっこう難しいと思うんですよ。
- 高橋
- なるほど……確かに、そこはうまいかもしれないです。
- 藤本
- ほんとに上手だなって思う。僕自身、すごく影響を受けたかもしれない。
- 藤本
- 実は、今年のはじめにブログで、「いままでは、できることや得意なことを言ってきたけど、これからは、できないことや困ってることを言うようにします」ってわざわざ書いたんです。そうしなきゃダメだなと思って。でも、優くんはそれがすごく自然にできますよね。
- 高橋
- やりますね。それが人生のテーマだっていうくらいに、そうしてます。
- 藤本
- ある種の才能ですね。
- 高橋
- すごくかっこいい言葉で言うならば、「一点突破」というか。僕から歌を取ったら何も残らないと思ってるんですよ。
でも、それは逆に、いろんな人たちの才能を少しずつ貸していただける才能があるのかもしれないと思って。だから、「歌だったら歌えます。自分にやれる範囲のことであれば喜んでやります」っていうのをまず見せたいし、そうしないと誰ともつながれない。
- 高橋
- 僕が上手にカメラを撮れる日はこなくていいし、上手に文章を書ける日もこなくていい。それを誰かがやってくれることで、良いものが生まれるほうが絶対いいんです。そこにはプロフェッショナルがいるんだから。
それこそ、自分より適切な“高橋 優”がいるなら、その人に任せればいいって思うくらい、みんなにはいちばん良いものを受け取ってほしいんです。
才能と才能の融合
- 藤本
- 昔から誰かに任せられるタイプだったのか、それとも、いまの環境のおかげでそうなったのか。
- 高橋
- 間違いなく、いまの環境に置かれてからですね。
路上ライブをやってたときは、ビラを作ったり、機材を運んだり、何もかも自力だったんですよ。自主制作のCDも、ちょっとお金を払えば流通やパッケージ作りをやってくれるんですけど、それでも歌詞カードは全部自分で切り貼りして作っていました。
- 高橋
- でも、周りからは「大したことないやつ」って思われていても、交友関係に恵まれている人ってどんどん伸びていったりするんですよね。そのすごさってなんだろうって思ったときに、「ああ、自分の才能と誰かの才能を良い具合に融合できるのは、ひとつの技術だな」って気付いたんです。
- 藤本
- なるほど。いまの話はけっこう本質的というか、地方で生きている人たちの根本的な悩みかもしれない。
- 藤本
- 昔、地方で曲を作っていた優くんは、音楽的な技術がある友達がいたかもしれないけど、どっちかというと、ひとりで弾き語りをするっていう孤独な作業が多かったじゃないですか。つまり、地方にいると、なかなかチームプレーができない。
- 高橋
- ああ〜。でも、そのためにはやっぱり、少しでもいいから自分に自信を持つっていうのが大事だと思います。
- 高橋
- まずは胸を張って、自分は自分であるからこそ、「ここから先はお願いね」って言えたり、ちゃんと口で説明しながら作ったものを売ったりできる。秋田って、すごくいいものをめっちゃ安く売っちゃってる、っていう話よくありますよね。
- 藤本
- あるある。
- 高橋
- そこに県民性が出てしまっているというか。自分たちのプライドとかリスペクトを表に出すって、秋田の人にとっては苦手な分野だと思うんだけど、きっとそういうことですよね。
- 藤本
- 自分でできることが明確にないと、「これはできない」って周りにも言いにくいよね。高橋 優にとっては、それが音楽だけど、自分にとってはそれがなんなのかをよく考えることは本当に大事だよね。
レールがあるからこそ
- 藤本
- 東京っていう街は、さまざまなプロフェッショナルな人たちとお仕事させていただく機会が多いじゃないですか。僕もそういうお仕事のなかで、自分自身もプロにならなきゃいけないという気持ちになれたなと思うんです。
そういう意味では、秋田という土地にいてもそれを感じられるようになればいいなって僕なんかは思うんですけど。優くんはどう思いますか?
- 高橋
- 僕個人的には、後部座席できちんとシートベルト締めることとか、学力がナンバーワンになるとか、要は敷かれたレールをまっすぐ走れる人たちって、かっこいいと思うんですよ。そのスタイルを変えなくていいとも思ってるんですね。
ただ、例えば今回ガイドブックの取材で訪れた、「miNca」ってお店の店主の佐藤さんとか、僕はあの人は宇宙人だと思ったんですけど、たまに、レールがあるおかげでレールから外れたくなるやつが秋田にも生まれるんですよね。僕もたぶんそうだったんだなって思うんですけど。
レールを敷かれれば敷かれるほどに、そこじゃないところを歩きたいって思ってしまう性質の人間が、なぜかたまに生まれるんですよ。
- 高橋
- そういう秋田県における宇宙人気質な人たちが、次の変化を起こしたり、また逆にレールを歩く秋田の人たちだからこその良さを知ってもらう機会をもっと作っていけばいいのかなって思うんですよね。
- 藤本
- そのひとつがこういうフェスであり、ガイドブックであり。
- 高橋
- そう。県民の人たちがみんな急に派手にアウトローになる必要もなければ、パフォーマーになる必要も全然なくて。
ただ、話を聞いてみると、真面目に生きてる人もすごく楽しそうにお話してくれるんですよね。おもしろいのは、そういう人たちの話聞くと、僕自身それをやりたくなってくるんですよね。
- 高橋
- 正直昔は、農家なんて絶対やりたくないと思ってたんですよ。これは農家の人たちに大変失礼なことなんですけど、ああいう泥水の上を長靴履いて歩く将来なんて、背筋が凍るくらい嫌だったんですよ。本当に。
- 藤本
- うんうん。
- 高橋
- なんでこんな職業選ぶんだろうって疑問に思うくらいだったんだけれども、それを真剣にやってる人たちの話を聞いて、乗せられるがままにトラクターに乗ったりして、結果やってみたいって思わされるっていうのは、そんな秋田の人たち、今回お会いした農家の人たちも、硝子職人さんも、花火師さんも、みんな誰も目が死んでない。それどころか、キラキラしてるんですよね。
- 藤本
- そうだったね。
- 高橋
- だから、そんな人たちをおもしろがってもらえるような、きっかけが増えれば、なんかまだ変わる余地がある気がしてるんですよね。
僕、誰かと誰かが出会うところに立ち会うのが、大好きなんですよ。ずーっと。だから秋田県っていうおもしろい素材と、秋田県以外のおもしろい人なのか素材なのかが交わる瞬間に立ち会ったら、幸せなんですよね単純に。
笑うということ
- 藤本
- たしか自伝のなかでは、“ダンボに出てくるネズミみたいな”って比喩があったね。
- 高橋
- そうそう。だからどこかで「出会わせるきっかけつくったの俺!」ってほくそ笑むことができたら良くて。
- 藤本
- そういうのって、とても健全でシンプルな欲望だと思う。
何かをしてあげるとか、人を喜ばせたいとかって、ときに偽善っぽく聞こえたりするけど、実は人間にとって何かをしてあげる欲望ってとても原初的なもので、ほら、人間の赤ちゃんって手をかけないと死んじゃうじゃないですか。それってほかの動物ではないんだそうです。だから何かをしてあげる喜びというのが、人間にはそもそも組み込まれているって話があって。
- 高橋
- 僕の場合、誰かと誰かが僕をきっかけに出会って、ちょっと気まずくなってギクシャクしてるの見るのまで好きですもん。
- 藤本
- ああ、そう!
- 高橋
- フフフ。
- 高橋
- この人とこの人が会ったらどうなるんだろう、ってさっぱりわからない人たちを出会わせて、実際困った食事会とかもあるんですよ。
- 藤本
- あはっ、でもそれも嫌じゃないんだね。
- 高橋
- そう。だから自分なんてものは、ほんとにろくでもない。
- 藤本
- おもしろい。なんか忘れられないんだけど、ガイドブックのロケ中にスタッフのひとりが溝に足がはまってこけそうになったことがあって。確かにそんな大ごとではないんだけど、みんなが過剰に「大丈夫?」ってなってるなか、ひとり大笑いしてたよね。あんなうれしそうな顔見たことないくらい(笑)。
- 高橋
- フフフ。そうなんです。
- 藤本
- そういうところもあるんだよね。
- 高橋
- そういうのもある! いやあ、そうなんですよ。最近ようやく、それも楽曲に活きてきたというか。
どうしたって『明日はきっといい日になる』とかCMに起用していただいた『福笑い』っていう楽曲が、聴いていただくきっかけになっていることが多くて、それはすごくありがたくって嬉しいんですけど、もちろんその楽曲が嘘だとかじゃなくて、「明日はきっと」って言ってるっていうことは、今日は……? っていうことを含ませたくて書いた歌だったりするし。
- 高橋
- 福笑いってお正月にやる遊びで、それでできる笑顔って大体歪んでる。赤ちゃんが最初に笑う理由っておもしろいから笑うんじゃなくて、親に気に入られるために笑うんですよ。
で、笑う生き物は人間だけなんですよね。笑うっていうことってすごい根深い何かがある。人間だけに備わったすごく前向きだけど皮肉な、感情表現だと思うんですよね。だから僕は「笑う」っていう言葉をよく楽曲に入れるんですけど。
- 藤本
- でも「笑う」っていうことを多用すると、ただただ、いい人っぽく見えちゃうよね。
- 高橋
- そう。それで書いた曲が前回のアルバムの『いいひと』っていう曲なんですけど。僕は笑っている、でも心の中では、みたいなことを歌ってみたくなったんですよね。
- 藤本
- いやそれはとても真理だと思う。優くんの楽曲が多くの人に届いているのは、いま言ってくれたような、反対側というか向こう側を内包しているからだよね。
生真面目さの理由
- 高橋
- 今回大仙市のガイドブック取材のなかで、ほんとにうれしかったのが、同じく秋田出身のシンガーソングライターの青谷明日香さんとの対談で、僕がずっと思ってた印象を伝えられたことなんですよね。「あなたは心の中に鉈を持っている」というようなことを言わせてもらったんですけど。
- 高橋
- 秋田県の人たちって、本当にこれは良い部分のひとつとして、けっこう心の中に鉈持ってる人多いと思うんですよ。それはスタイリッシュなナイフではなく、ちょっと錆び付いて切れ味のわるいやつ。その鉈のようなものを自覚しているけど、でもそれを出しちゃいけないんだっていう真面目さ。きっとそういうことなんですよね。学力ナンバーワンとかって。
- 藤本
- あーほんとうにそうだね。
- 高橋
- それゆえのおもしろみみたいなものは、確かにまだ出ていないんですね。
- 藤本
- そうかもしれない。それって究極秋田に限らず、全てにおいての陰と陽みたいな話で、そういうことでいうと、秋田って少子高齢人口減少ナンバーワンとか、そういうワーストの部分が目立つからこそ、優くんのフェスがすごくポジティブな話題として大きく見えてくるっていう。要はどっちも必要で、そのバランスを意識することが大事というか。そういうもんだなって思う。
でも、僕が秋田に通いはじめた7年前くらいって、どっちかというとネガティブ要素の方が圧倒的に多かった気がする。だけどいまは優くんのフェスがあり、金農(2018年夏の甲子園準優勝校「金足農業高校」)があり、「男鹿のナマハゲ」がユネスコ無形文化遺産に登録された話があり、そういうのがようやく出てきたんじゃないかなっていう気がする。
- 高橋
- 僕は個人的には、去年のいろんな出来事は、もちろんこれまでの巡り合わせで起きた必然だと思いつつも、ただ、やっぱり一個一個はひとつの大きな花火でしかないなと思うんです。たまたまいただいたプレゼントのようなものっていうか。
その、めっけもんのような幸せは、それだけだと続かないんですよね。もっとそのおどろおどろしさなのか、生真面目さなのか、もしくはその振り子方式で出てくる明るい笑顔なのか。
秋田 CARAVAN MUSIC FESの意味
- 高橋
- 秋田の内に秘めてる両極端なものが露呈するようなことが起これば、未来につながることが起こる気がしていて、だからそういうムーブメントが出てくるといいのになっていうのはずっと思ってます。
- 藤本
- なるほど。そういう風に両方を認められたら、秋田の人ももう少し生きやすくなるかもしれないですね。
- 高橋
- そうですね。金足農業は本当に素晴らしかったし、投手の吉田くんのこれからの活躍にももちろん期待できるし。秋田犬がフィギュアスケートのザギトワ選手に好きになってもらえたこととか、ナマハゲのユネスコ無形文化遺産登録のこととか、とっても良いんだけど、どっかで秋田県の人たちは「あー、これは認知してもらえたんだね、行ってらっしゃい」って遠くから見てる節があるんですよ。
- 高橋
- そこから秋田犬はどうおもしろくなっていくのか、なまはげがどうなっていくのか、それらをずっと大事にしてきた秋田の人たちは、どんな人たちなのかっていうことを、まだやれる気がしています。
- 藤本
- だからこそフェスも続けていくっていうことにすごく意味がありますね。一瞬の花火じゃないもんね。
- 高橋
- そうなんですよね。音楽は絶対、何かのきっかけになるって僕は信じてやってきたのでACMFがそういうふうになればいいなっていう願いはずっとあります。
- 高橋
- でも、一方で音楽はBGMだとも思っていて。主役が音楽であってはいけないと思ってるんですよ。野球の試合でいうところの音楽はアルプススタンドから奏でられるものであって、マウンドに立ってるのはミュージシャンじゃないはずなんです。
だから、秋田を好きな人たち、藤本さんみたいに秋田県外から秋田を見て、なんだここは? って思ってくれる人たちとかがいて、そのなかで何かをやってみようっていう秋田の人たちがいれば、そういう人の曲を僕は書いて、応援して歌うとか、メッセージに変えて別の人たちに聴いてもらうとか、そういうことをもっともっとやっていけたらなって思っています。
僕が秋田CARAVAN MUSIC FESをやるということを最初に知ったのは、「秋田魁新報」という秋田のシェアナンバーワン新聞でした。彼はそこで「地元を盛り上げたい」という誰もが少なからず持っているであろう地元愛を超えて、「キャラバンする」と語っていて僕は心底驚きました。
フェスを開催するだけでも尋常じゃないくらい大変なのに、毎年開催地を変えるというのは、毎年そのノウハウをリセットするということ。この壮大な挑戦の意味を秋田の人たちはわかってくれているだろうか? と思った瞬間、僕は優くんの事務所の方に不躾ながら携帯メッセージを送ってしまっていました。「彼の思いを伝えるお手伝いをさせて欲しい」と。
僕のその一方的な思いに応えてくださっていたことをきっかけに、秋田県と高橋優くんがタッグを組んでつくる『秋田キャラバンガイド』が今年も配布開始されました。優くん自らが秋田を知り直す体験から、読者の方も秋田を知ってもらえる最高のガイドになっていると思います。フェスとともにぜひこちらも楽しんでください。
秋田キャラバンガイド 2019
in 大仙
全国のCDショップ、ライブハウス、
各種イベント会場などで配布!
詳しくはACMF2019公式HPへ
秋田CARAVAN MUSIC FES 2019
2019. 9. 14 sat- 15 sun
開場 10:00 / 開演 12:00 / 終演 18:00(予定)
大仙市サン・スポーツランド協和野球場
(秋田県大仙市協和船岡字大袋2-2)
今年で4回目を迎える「秋田CARAVAN MUSIC FES」。
2日間で約16,000人が集まる会場では、さまざまなアーティストによるライブだけでなく、秋田のグルメや文化も楽しみのひとつ!
「音楽の力で秋田を盛り上げたい」という高橋 優さんの思いがつまった空間で、今年もおおいに盛り上がりましょう!
〈出演〉
9/14 sat.
高橋 優、クリープハイプ、ゴスペラーズ、ベリーグッドマン、
COWCOW、ふかわりょう、みはる
9/15 sun.
高橋 優、阿部真央、KANA-BOON、東京スカパラダイスオーケストラ、
荒巻陽子、きつね、Mr.しゃちほこ
詳しくはACMF2019公式HPへ