トークディスカッション「山×マタギ×私を語る」

トークディスカッション「山×マタギ×私を語る」

2021.06.23

編集・文・聞き手:矢吹史子 写真:高橋希

2021年3月、「秋田市文化創造館」がオープンしました。ここは、旧県立美術館をリノベーションした施設で、秋田に暮らす人たちのあらたな表現の場、創造の場として動き出しています。

そして、ここでは現在、展覧会「200年をたがやす」が開催されています。(会期は2021年3月21日〜6月18日、7月1日〜9月26日の2期)
これは、生活・産業、食、工芸、美術、舞台の分野ごとに秋田のこれまでを見つめ、再発見し、未来へ繋げていこうというプロジェクト。
この美術分野の企画「生活と表現の広場」にて、絵画作家の永沢碧衣ながさわあおいさんが公開制作をし、会期中、この制作にちなんだトークディスカッションが開催されました。

トークに参加したのは、北秋田市に暮らす益田光ますだこうさん、山田健太郎さん、そして横手市に暮らす永沢碧衣さんの3人。

彼らはともに26歳。秋田県内でそれぞれに活動しながら、秋田に伝わる「マタギ」の文化に携わっています。

3人によるトークは、「マタギ」や「山」への思いにとどまらず、自然や生き物と向き合うなかで「人間としてどう生きていくのか」というところまで広がっていきました。その模様を再編集し、お伝えします。

マタギと私

——マタギというと「仙人のようなおじいさんが犬を連れて、銃を持って山へ入って、熊と闘う」そんなイメージを持つ方も多いかもしれませんが、端的にいうとどういうものなのでしょうか?

益田さん
益田さん
断定的にこれ、と言えることではないかもしれませんが、主に、東北地方の奥地で、山の神様から山の恵みをさずかりながら生きている人たちのことで、その恵みを授かるために、独自の宗教観であったり、厳しい規律を守りながら生活したりしている人たちのことをマタギと言う。そういったところでしょうか。

——3人とも、年齢の共通点はあれど、生まれ育った場所やマタギとの出会い方は全く違うんですよね?

益田さん
益田さん
はい。僕は広島市で高校生まで過ごしていましたが、12歳のとき、大好きだった祖父が亡くなってしまったんです。そこから世界が一転してしまって「人間が生きている意味」を探そうと思うようになったんです。

高校3年生のとき「人間とは全く違う『植物』の勉強をしたら何かわかるんじゃないか」と思って、東京の大学へ進学したのちに「植物に近いところにいられるように山で暮らそう」と、24歳から北秋田市の阿仁あにという地域に移住して、今はマタギをやりながら事業を立ち上げたりもしています。
益田さんの個人事業「もりごもり」では、阿仁で採れる「クロモジ」でお茶を製造。売り上げの一部は地域の活動に還元されている。自身のTwitterでも、日々情報を発信中!
山田さん
山田さん
僕は香川県出身なんですが、2017年、大学2年のときに東北1周の電車旅をした際に北秋田市の「松橋旅館」に泊まったんです。
そこでオーナーの利彦さんに、マタギのことや夕飯の山菜や魚がどうやって採られたものなかを聞いて、「こういうことをしながら生活している人がいるんだ!」と衝撃を受けて。それがずっと頭の中にあって、就職を考える際に「やっぱりマタギというものを自分でも経験してみたい」と思ってしまったんですね。
山田さん
山田さん
それで、松橋旅館で働きたいと突撃したんですが、案の定、断られてしまって……。でもそのとき、地域おこし協力隊というものがあることを知ったんです。お金を稼ぎつつマタギの勉強もできて、発信もしていけるということで、協力隊になって、今、2年目を迎えました。
山田さんは、地域おこし協力隊の活動をしながら、ネットショップ「つきのわ商店」を立ち上げ、阿仁で採れた山菜などを販売している。(写真:山口Finito裕朗)
永沢さん
永沢さん
私は横手市の山内さんないという地域に暮らしながら、自宅のアトリエを拠点に絵画作家として制作をしていて、とくに、自分が好きな魚や熊など、自然のなかで向き合う動物をモチーフに描いています。
絵画作家としての活動以外にも、ワークショップ、イラスト、デザインなど幅広く活動中。(永沢碧衣:HP
永沢さん
永沢さん
マタギ文化に関わるようになったのは、通っていた秋田公立美術大学の卒業制作にあたってのフィールドワークがきっかけでした。そのなかで、秋田県内の釣り人を取材していたときに「阿仁のマタギで、年間を通して山に入っては釣りをしている人がいる」という情報を得て、会ってみたいと思ったのが最初でした。

私が会いに行ったとき、その方は残念ながら亡くなられていたんですが、そこで阿仁マタギのシカリ(マタギの統領)の鈴木英雄さんに出会ったんですね。
次の日には一緒に山に入るという思いもよらない展開だったんですが、ご自身のことや山での過ごし方など話してくださって。
マタギのシカリ、鈴木英雄さんと。
永沢さん
永沢さん
私は普段、釣りをするんですが、それまでは、沢沿いだったり道沿いだったり、ある意味、道が整っているところから山を見ていたんです。でも英雄さんは、道なき道を自分で開拓していて、山が好きすぎて、年がら年じゅう山と向き合っているというんです。

「私にはない感覚を持った人だな」「自分も狩猟免許を取ってこの人に近づいてみたい」と思うようになって、阿仁に通い始めました。今は山のことを教わりながら、そこで見えてきたものや新しい価値観を作品に落とし込んでいっています。

——どうなれば「私はマタギです」って言えるようになるんでしょう?

益田さん
益田さん
シカリが言うには、狩猟免許をとって、阿仁に住所を移して、みんなとともに活動をすればマタギだよ、と。それをクリアすればなれるんですけれど、ひよっこのマタギのまま終わるのか、一流のマタギになるのかというところが問題で、みんな一流のマタギになりたくてがんばっているんですよね。
山田さん
山田さん
松橋旅館の利彦さんを見ていると、猟のときだけ銃を持って山に入るんじゃなく「春、夏、秋、冬と、ずっと山に関わり続けながら生活しているのがマタギなんだな」と思います。そういう意味では、今の自分はマタギと言えるんだろうか……と思ってしまいますね。努力はしているけど、そこまでいけてないなと。
永沢さん
永沢さん
マタギとハンターの違いでいうと、「山に入って何かを授かって帰ってくる」のがマタギなんじゃないかなと思うんです。それは、獲物なのかもしれないし、感情的に何かを得ることかもしれない。
単に自分が気持ち良くてストレスを発散できるというものではないし、登山とも違うんですよね。

怖さとの対峙

——マタギとして山に入るようになって、あらためて「山の魅力」をどんなところに感じますか?

益田さん
益田さん
もともと植物の隣で暮らしたいという思いから阿仁に来たので、僕は山を歩くだけで幸せです。
それから僕は、人間は森林の構成員だと思っているんですね。一員として森の中で暮らすには、熊みたいな強力な牙だったり、山鳥のような飛翔能力だったり、ウサギみたいに足が速かったり……何かしらの武器を身につけていないといけない。
そのとき、人間はマタギであるということが武器になる。なのでそれを体得したいということで志願しました。徐々に徐々に、森の一員になれてきているのかな……?と思っていますね。
山田さん
山田さん
すごく個人的な感情なんですが、僕は、山の魅力は「スリル」じゃないかなと思うんですよ。
永沢さん
永沢さん
この間、一緒に山に行ったときに、山田君が「そこ、ふつうは行かないよね」というような崖の方に自ら向かっていったんですよね。
山田さん
山田さん
山へ行って「怖い」とか「これ以上行ったら危ない」という気持ちになりながらも、一歩踏み出した先に「魚がいた」とか「山菜があった」とか、そういう「何かを乗り越えた」ということが絶対にあるんです。
昔の自分なら行かなかったような場所にも、少しずつ行けるようになったりするから、どんどん行ってみたくなる。
永沢さん
永沢さん
行ける場所が増えるというのは、回り回って「自分の更新」みたいなこともありますよね。
益田さん
益田さん
「スリルを楽しむ」というのは僕も感じていて、踏む場所を一歩間違えたり、掴む枝を一本間違えたりするだけで、あっさり死んでしまう。

だから、「今日の僕は右手で枝を掴んだけど、左手で掴んだ僕は死んだ」というふうに思うんですよね。そういう、ミクロの死の積み重ねがあって、今の僕があるっていうのを実感できる。僕は毎日山に入って、そういう命の流れを感じたいと思うんですよね。
益田さん
益田さん
マタギの先輩方は、本当に小さいころから山に登られていて、体が山を覚えている。移住してきたばかりの僕らは、たった今生まれたばかりのようなものなんですよね。
永沢さん
永沢さん
毎回、生きるか死ぬかのところを繰り返しながら、マタギとして1歳、2歳と歳を重ねていっているんですよね。

還る場所

——「怖い」という点では、永沢さんの絵には自然への畏怖のようなものを感じますが、山をどう捉えていますか?

永沢さん
永沢さん
もともと、地元が山あいということで、自分の墓場のことを考えたとき「山に還っていくんだろうな」と思うんです。
そして「この先、この土壌をどのくらい踏み締めていけるんだろう」「自分がいずれ還るであろうものと大切に向き合いたい」と思うんですよね。
こちらは3年前の作品「背負う者」。この頃はまだ狩猟者ではない自分が山に入った際に感じたものを描いているという。
永沢さん
永沢さん
最近は山というと、熊に会うとか遭難するとか、怖いことばかり聞きます。
でも、マタギの先輩たちはそういう山に何十年も向き合っているし、一人一人が根っ子に見えない信念のようなものを持っている。これまでの自分とは違うレイヤーで山を感じていて、自分もそういうふうに実感して生きていかないと、山に還れなくなってしまいそうで……。

——熊をモチーフに描かれていますが、狩猟のときと絵に落とし込むとき、熊に対する心持ちの変化はあるのでしょうか?

永沢さん
永沢さん
残念ながら、狩猟者になってから山で熊に出会った経験がないんです。「獲るぞ」という気持ちが出過ぎていて、熊に悟られているのかもしれない(笑)。
永沢さん
永沢さん
今回絵にした熊は、有害駆除で解体することになった熊なんです。猟で授かって食べるというのと、害獣としてたまたま罠にかかったものを消費するというのは、私の中で捉え方が違っていて「熊という生き物との出会い」というより、「この子との出会い」なんですよね。
こちらが公開制作をした作品「解ける者」。(写真は未完成時のもの)
永沢さん
永沢さん
この子の解体に立ち会ったとき、遠い景色のような、山脈のようなものがフラッシュバックしたんですね。こんなに近くにいて、ちょっと前まで脈を打っていて、まだ温かみもあるのに、頭に浮かんだのは遠くにあるような触れない景色というか、壮大なもの……。それは、私にはわからないはずの、その熊が見てきた景色や時間軸だと思うんですよね。
永沢さんは、6/27まで秋田市のギャラリー「ココラボラトリー」にて、お父さんとの親子展「生命のとらえかた」を開催中。公開制作の作品「解ける者」も展示しています。(写真:石丸敬将)
作品制作にあたり、そのイメージを絵や言葉で書き留めている。
永沢さん
永沢さん
それまでは、熊って山のようだなと思っていたんですが、だんだんと人に近いものにも見えてきて、自分であり、山であり、熊であり……みんな違うんだけど同じような……。そういう、うまく整理がついていないイメージを作品を通して外へ出している、という感じなんですよね。
益田さん
益田さん
僕は解体するときの熊を見てもハウツーでしか考えられないから、「見えない物を見ている」というのは不思議な感覚ですね。
永沢さん
永沢さん
私も、何度も解体に立ち会ったらその景色は見えなくなってしまうのかもしれない。初めての経験だったから色濃く見えたのかもしれないし、現実を見たくないからそういうふうに見たのかもしれないし。
益田さん
益田さん
確かに、初めて熊を見たとき「同じ生き物なんだけど同じに思えない」という衝撃のようなものがありましたね。
そして、僕はこの絵を見たときに、見た目はたしかに熊なんですが、その奥には山の神様がいるように受け取れました。
永沢さん
永沢さん
「神様に怒られないかな」って、おっかなびっくり描いているところもありますね。

ショウブする

益田さん
益田さん
マタギの世界では、熊と対峙することを「ショウブする」って言うんですが、シカリがよく言っているのが、「熊を授かること=ショウブ」じゃないということ。
山に入って熊に出会うまでの過程、もっというと、山に行くための準備や、ふだん家でどういう生活をしているのか、ほかのマタギとどういうコミュニケーションをとっているのか……。それら全部含めて「ショウブ」だと言うんです。
永沢さん
永沢さん
「一世一代のショウブ」なんですよね。
益田さん
益田さん
初めて熊を授かったときに、僕も心からそう思った。
永沢さん
永沢さん
そういう意味では、マタギをやっていたら正しい生き方ができそうというか、「良い人」になりそう(笑)。

マタギの人たちって、常に生き物として強くあろうとしているんですよね。「人間」という種族に甘え出すといくらでも他人から譲り受けられるけれど、それを受け入れつつも、自分の足で何かを強くしたり成長させるような本能みたいなものがあるんですよね。
永沢さん
永沢さん
「次は絶対うまくやる」という確実な手段を選んでいったり、頭の使い方を知っていたり。「最強の生物せいぶつを目指す」じゃないけど、そのくらいの思いで挑んでいるような。「ショウブ」という言葉は、本当に大袈裟じゃないんだなって思うんですよね。

自分なりのマタギに

——今、みなさんと同世代で、マタギを目指す方が少しずつ増えてきていると聞きます。それはなぜだと思いますか?

益田さん
益田さん
もう、日本じゅう、みんなマタギになりたいんじゃないでしょうか?「心の中にマタギを持っている」みたいな。
永沢さん
永沢さん
おお〜名言!(笑)
益田さん
益田さん
自然回帰していると思うんですよね。今、「人間だけで社会を作ったらこうなる」っていうことにみんながぶち当たっていて、都会にいても自然を意識するような生活が大事になっていくと思うし、僕らみたいなガチの自然に飛び込んで行きたいという人も増えるんじゃないかと思いますね。
永沢さん
永沢さん
「自分のことは自分で責任を負う時代」になってきたんだと思う。今までは宗教とか歴史とかお殿様がいて……とか、何かしらの制約や重圧があったなかでどううまくやっていくかを考えてきたし、ある意味そのせいにできてきたんだけれど、今は制限が少なくて「何をやってもいい」という時代。でもそのぶん、誰かのせいにできなくなってきているんですよね。

そういうときに、足下の植物に目を向けて「ああ、これを信じよう」って思う人が多くなっているのは、わからなくないなと。

——これから先、マタギが増えていったら、猟の形も変わっていきそうですね。

永沢さん
永沢さん
道具が便利になったり、いろんな考え方が生まれるなかで、何を大事にするかがポイントになってきますよね。「円滑に」なのか「命を失わないように」なのか「リスクを少なくする」なのか……。
益田さん
益田さん
英雄さんは「自分なりのマタギになってくれ」って言うんですよ。自分が好きなことを突き詰めてマタギになってくれって。
山田さん
山田さん
なかなか表舞台に出てこないマタギの方もいるけれど、僕、そういう人たちと一緒に釣りの話ばっかりしてるんですよ。すると、それぞれに「好きな山との関わり方」があることがわかるんですよね。釣りをする人もいればしない人もいて。先輩がたはそうやってもう体現されてるんですよね。

——山でのしきたりやこれまでの先輩マタギのやり方から学びつつ、自分自身を更新して、植物の好きなマタギ、釣りをするマタギ、絵を描くマタギ……と、自分によりフィットするマタギの形を見つけていくのが次のマタギの姿なのかもしれませんね。

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