秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード

編集・文:竹内厚 写真:船橋陽馬

藤里町でサツさんのクレソンを!

2018.11.14

藤里町でひそかに人気を集めている野菜があります。町の産直施設「白神街道ふじさと」でも早い時間に売り切れてしまうという、クレソンです。

これを一手に生産しているのが市川サツさん。台風が秋田を通りすぎた翌日、菜園で作業をしていたサツさんを見かけて、ちょっと声をかけました。

12月で80歳になるサツさんは、愛犬のララと一緒に毎日、畑へ出ています。

サツ
今回の風はおっかねがったな。飛ばされるど思った、本当に。そごの大木1本、倒れだったもんな。

——ララちゃんはいつも連れてくるの?

サツ
んだ、もう毎日。こうやって、もう離れねぇんだ。捨てるっていうから、よそからもらったんだけど、もう私の言葉、覚えてしまったし。

——え、しゃべれる!?

サツ
しゃべれはしねぇけども(笑)、伝わるの。「今日、山さ行くよ」って言えば、さっさと先に出ていくし、「直売所行ってくるよ」って言えば、後ついてこないの。

——賢いですね!

ちょうどいい距離で、ついて離れないララとサツさん。はたで見ていると二人三脚といった雰囲気。

——いま、こちらの畑で育てているのはなんですか。

サツ
クレソンとセリとワサビの3つ。あどはなんもやってねんた。水の仕事ばっかり。

——そうか、水耕栽培で育つ野菜ばかりなんですね。昔から?

サツ
もう25〜6年ぐれぇだな。その前は全部、田んぼだった。でも、男手がみんな、いねぐなってしまって、息子は田んぼやるのイヤだって。せっかく水も田んぼもあるもの、何がやらねばねぇなって考えたのがこれだったの。

——この方が楽ってわけじゃないですよね?

サツ
楽だよ~。耕さなくてもいいし、年に1回は植え替えせねばねぇけど、あとは自然にいい具合に育つから。なんも特別な作業はないな。

と言って、サツさんは芽出ししたセリを植える作業を見せてくれました。

日陰で芽出したセリの苗。
ひと束を持ってハウスの中へ。
水田に蒔いて上から軽く抑えるだけ。
すると、いずれこうなる!
サツ
何もしねくても、すごぐ良くなるもの。やっぱり、こごの水はいいんだね。

——高いところから低い土地へ、きれいな水が流れ続けていますけど、工夫といえばそれくらい。

サツ
そう、湧き水だっぺ、これ全部。農薬かげたことねぇの。これから秋になってくれば、やっぱり虫つくんだ。だから、本当はかげたいのよ。けど、ホタルも生まれてくるし、すればホタルにもかわいそうだなって思うし。

——白神の水と土だけで育ってるんですね。まさに土地の力。

サツ
クレソンもワサビもなんも使ってない。セリはちょこっと肥料やってるけどな。かなり栄養のある水らしいよ。
クレソンもわさわさ育っていた。
天然の水路も用水路も見分けがつかないくらい。いたるところに清涼な水が流れる。
里山の中腹にあたる横倉地区。清らかで冷たい水が年中、湧き出ている。

——こうして女手だけでも育てられるってのもいいですね。

サツ
んだな。しかも、おいしいんだって。

——ご自身では食べないの?

サツ
いや、食べるよ。だってほら、よそのやづ、食べたことねぇがら、おいしいんだがどうなんだが、あんまりわがらねぇんだ(笑)。

——そうか、自分の育てたクレソンやセリしか食べてないからね。

サツ
そうそう。よその人はぜんぜん味が違うって言ってくれるけど。最近は仲買いさんから東京方面とか、そっちへいく量の方が多いよ。

——すっかり人気なんですね。

サツ
んだな、私もびっくり。それでも、まだまだまだ勉強だ。

——そういうもんですか。

サツ
毎年、同じはずねぇもの。今は息子の嫁が仕事辞めで、私のやってる仕事覚えるって言ってくれで。一生懸命、一緒に勉強中だ。

——継いでくれる人が出てくるとうれしいですね。

お昼の時間となってサツさんは帰っていった。横にはぴったりとララが寄り添いながら。

+++

翌朝、サツさんが「白神街道ふじさと」にクレソンを納品にやって来ました。見ていると、納品したうちの半分以上は、すでに引き取り手が決まっています。ひと袋100円。当然、あっという間に売れてしまいます。

サツさんはワサビなども販売。

そんなサツさんのクレソンを味わってみたいなら、こんな方法もあります。食堂をそなえた「白神山地 森のえき」で、ラムクレ丼が提供されているのです。
藤里町の名物ラム肉に、フレッシュなクレソンをあわせたラムクレ丼。しかも、プラス料金でワサビのトッピングまで!

クレソン、ラム肉にレモンを絞って、ワサビをすりおろして……って、かつてない香味のハーモニー体験!
育つクレソンの姿を思い浮かべれば、爽やかさも倍増!?

白神山地のふもとに広がる藤里町。その土地をまるごといただいてるようなラムクレ丼は、語感のよさも相まってさらに人気が高まりそうです。

最後に、サツさんとララの記念撮影を。

【白神街道ふじさと】
〈住所〉山本郡藤里町矢坂字上野蟹子沢85-6
〈時間〉9:00〜17:30(3〜10月)9:00〜17:00(11〜2月)
〈定休日〉毎週水曜日(祝日の場合は翌日)、12月31日午後〜1月5日
〈TEL〉0185-71-4114

【白神山地 森のえき】
〈住所〉山本郡藤里町藤琴里栗38-2
〈時間〉9:00〜17:00 ※食堂は11:00〜14:00
〈定休日〉木曜日
〈TEL〉0185-88-8021