秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード
五城目町編

編集・文:竹内厚  写真:船橋陽馬

五城目を飲む。
福禄寿に”HIKOBE”誕生
下タ町醸し室 HIKOBE(五城目町下タ町)

五城目ごじょうめといえば朝市というくらい、毎月2、5、7、0のつく日に開催される朝市はよく知られていて、市の立つ中心街の下タ町通りは、通称・朝市通りとも呼ばれています。

そんな朝市通りの入り口にあるのが、いまや全国に知られる日本酒ブランド「一白水成いっぱくすいせい」の蔵元、福禄寿ふくろくじゅ酒造。まさに五城目を代表する地元企業でもあるのですが、そんな福禄寿が新しいスペースをオープンしたと聞いて、早速駆けつけました。

「下タ町醸し室 HIKOBE」。「したまちかもしむろ ひこべえ」と読む。彦兵衛とは、福禄寿の創業家が代々、受け継いできた名前。
表の通りから裏に見える福禄寿の倉庫まで、どちらにも全面ガラス張りで開放的な空間を実現。かつてタンス屋だったという建物をリノベーション。

大変な苦労をされながら、登録有形文化財にも指定された歴史的建造物の酒蔵を維持、見学の機会を設けるなどしてきた福禄寿が、どうしてまた新拠点をつくったのでしょう。 16代目蔵元、渡邉康衛こうえいさんの話です。

HIKOBEでお会いした渡邉康衛さん。康衛さんのお父さんが、当代の彦兵衛氏で現在、五城目町の町長として4期目を務める。
渡邉
10年くらい前から考えはあったんです。五城目の町の文化や発酵文化を継承して、みなさんに見せる場所がほしいなって。当時はお金もなかったし、まあ、今もないんだけど(笑)、ちょうどこの土地を持ってる方に声をかけてもらったのをきっかけにして動きはじめた話です。

——酒蔵の見学だけでは伝えきれないものがあったといことですか。

渡邉
そう。酒蔵見学に来られるお客さんは何が見たいのか、逆に私たちは何を見せたいかを思い直してみたら、これまでは、設備自慢で終わってたんですよ。

——蔵としての歴史もかなりありますから。

渡邉
歴史もそうだし、この冷蔵設備は何百万なんですとか(笑)。結局、来られた方にちゃんと五城目のことを伝えられないままだったかもしれないなと。
江戸時代からのこる福禄寿の蔵も見学可能。積み重なる歴史がにじむ酒造りの現場。

——これまでは酒蔵の印象だけになってたかもしれないと。けど、酒蔵見学ってそういうもんだとも思ってました。

渡邉
いや、けれど私自身が酒蔵の案内をするときは、森山へ連れていったり、五城目にある三温窯さんおんがまを見せたりして、結局、蔵を案内する時間がなくなってしまうなんてこともよくあります。そんな感じでいいんじゃないかなって。
HIKOBEの照明は、もろみを吊るして酒をしぼる「袋吊り」をイメージ。袋吊りは、一白水成の代名詞ともいえる製法。

——土地に育まれるようにしてつくられる日本酒だから、まさに五城目を伝えることは、福禄寿を伝えることに等しくなる。

渡邉
もちろんそうです。うちのお酒を通して、五城目を飲んでもらってるという気持ちが強くありますので。だから、HIKOBEでも日本酒は販売しますけど、それよりも酒だけではない部分で伝えたい、感じてもらいたい。その結果として日本酒があればいい、くらいの気持ちかな。
HIKOBEの2階から望む森山。五城目のシンボルともいうべき山で、五城目にある学校の校歌には必ず登場するそう。取材に訪ねた日は大変な雨だった。
右奥に見える2階のカウンター席が、森山を見るための特等席。「森山テラス、森テラと勝手に呼んでます」と渡邉さん。
珈琲をいれるカップは、日用雑器を中心に制作している三温窯。秋田杉でつくられたお盆は、佐藤木材容器。いずれも五城目ブランド。

——日本酒を飲むこともできるけど、飲まなくても全然楽しめる場所になってるんですね。

渡邉
そうです。料理教室やワークショップも開いていきたいですし、五城目はお菓子屋さんがすごく多い町なので、酒粕を使ったスイーツを地元のお菓子やさんとつくって提供していきたいと考えています。

——珈琲もHIKOBEのウリのひとつ。

渡邉
珈琲って学べば学ぶほど、日本酒に通じるところがあるんです。豆のこと、水のこと、淹れかたもそう。HIKOBEオリジナルの珈琲豆をブレンドしてくれた、秋田市内で「08 COFFEE」をやってる児玉くんも、五城目の出身で私の後輩です。

——福禄寿のアンテナショップというだけでなく、いわば五城目という町そのものの発信拠点なんですね、HIKOBEは。

“森テラ”から見た2階、この建物に残されていた椅子や建具を再生して使っている。「最近はオレの昼寝場所(笑)」と渡邉さん。なお、2階は靴を脱いで上がる。
渡邉
ただ、地元のものを使うってすごくいいことだなと思うんだけど、じゃあ、クオリティはどうなのって思うところもあるんです。

——地元を言い訳にしたくない。

渡邉
そう。県外の人たちとおつきあいすることで、地元のレベルの高さを知ることもあれば、反対に、まだまだだなと思わされるときもある。そこを一緒に高めながら、ハイクオリティなものを目指していきたい。クオリティを下げてまで、地元のものを使うのは違うと思います。

——この人とならやれるという人を見つけていくということですね。

渡邉
言い方が難しいんだけど、その方ならではのよさを蔵元である私たちなりにどう表現していけるのか。その楽しみがありますね。
手すりやテーブルの足など、随所に見られシャープなステンレスの仕事は、五城目の川村鉄工所によるもの。

——渡邉さんから見て、今の五城目はどう見えていますか。

渡邉
私は五城目で生まれ育ち、東京の大学を出てからまたこの町に戻ってきましたけど、五城目の変化はすごく感じています。よく言われるのが、昔は賑わいがあって、人口もたくさんいたって話ですけど、私は人が少なくなっても、別に関係ないんじゃないかなって思います。

——そういうことじゃないんだと。

渡邉
それよりもこの町に興味を持っている人がどのくらいいるのかが大事。私はこの町のことを県外から来た人たちによっていつも教えられています。

——地元の人間だけでは見つけられなかった魅力がある。

渡邉
そうです。私たちにとってはなんでもないことが、外から来た彼ら彼女らには、素晴らしいことだったりして。最近ですね、ようやくこの五城目で酒造りをしてきてよかったなって思えるようになったのは(笑)。
HIKOBEの店頭に立つ石田万梨奈さん(左)は、地域おこし協力隊で五城目へ。現在は福禄寿のプロジェクトマネージャーに。渡邉さんの妻、明子さん(右)もご出身は県外。
日本酒3種の飲み比べは800円。
ここでしか買えない「一白水成 HIKOBE」もあり。

——一白水成の福禄寿とだけ認識していた人も、HIKOBEに来れば五城目と福禄寿の縁を強く感じられそうです。

渡邉
日本酒ってまたいいことに、必ずラベルにその町の名前が書いてあるんです。県外にいる方であっても、この五城目の風景を思い出すような、五城目を凝縮したお酒をつくっていきたいですね。
酒蔵に鎮座する福禄寿さん。HIKOBEのロゴデザインも福禄寿をもとにしている。
まだ開店して1週間の取材だったので、店内には祝いのお花もたくさん。

【下タ町醸し室 HIKOBE】
〈住所〉南秋田郡五城目町字下タ町236-2
〈時間〉平日/10:00〜17:30
    土日祝/9:00〜13:00 ※朝市が開催される日(下一桁が2・5・7・0)のみ営業
〈HP〉https://hikobe.fukurokuju.jp/
〈TEL〉018-838-1033

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