秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード

編集・文:矢吹史子 写真:高橋希

温泉の復活はYou&Meで!
五城目町・湯の越温泉

2022.01.19

秋田県五城目ごじょうめ町の温泉施設「湯の越ゆのこしの宿」。
約300年もの長きにわたり、地元民の憩いの場として愛され続けてきた温泉でしたが、2020年3月、新型コロナウイルスの感染拡大の影響から、その歴史の幕を閉じました。
しかし、そこで立ち上がったのが地元民たち。
温泉の復活を願う、常連客、地元企業、学生など25名が、コロナ禍の経済対策として支給された特別定額給付金を持ち寄り、2020年8月に「合同会社ゆあみ」を設立したのです。

それから約1年半を経た2022年1月8日、温泉の試験運転が行われました。ここまでの期間、水の出が悪くなりボーリング工事を行うというハプニングに見舞われながらも、ついにお湯を張り、出資者たちで入浴してみます。

とろりとした硫黄泉。ボーリング工事後初めてのお湯張りということで、お湯はまだ安定しないものの、風呂あがりのみなさんの第一声は「あ〜気持ちよかった〜」。
入浴後は、出資者による寄り合いが行われ、意見交換や今後の運営報告などがなされ、着々とオープンへの準備が進んでいる。(2022年2月オープン予定)

この温泉、さらに注目すべきは、運営する「合同会社ゆあみ」を中心的に動かしているのが、現在19歳の現役大学生であること。

人口減少率も高く、さまざまな文化の継承が課題となっている秋田県で、このように町の人たちの力で復活できるものがある。そして、それが若い世代の力を中心に行われようとしている。

希望溢れるこの取り組みについて、プロジェクトを主導している木下妥子やすこさんに伺いました。
(木下さんは現在、アメリカの大学に留学中のため、Zoomでのインタビューとなりました。)

それぞれの湯の越

——木下さんは秋田市のご出身とのこと。もともと、五城目町や湯の越温泉との繋がりがあったのでしょうか?

木下さん
木下さん
申し訳ないのですが、五城目町や温泉にもともと関心があったわけではなく、閉業前の湯の越温泉にも行ったことはありませんでした。

——では、どのようにして繋がったのでしょう?

木下さん
木下さん
この温泉に関わるようになったのは2020年の夏、高校3年生の時でした。
私が進学を考えていたアメリカでは、試験で良い点が採れることよりも「自分は何者なのか」「自分は将来何をしたいのか」ということを問われます。それに答えるために、具体的にアクションを起こしていくことを意識的にしていました。

そんななか、全国の高校生がオンライン上で社会課題の解決を考えるプログラムに参加する機会があって、そこでは、自らが起業家のような気持ちでアイデアを広げていく、ということを経験したんですね。

——具体的にはどんな課題がありましたか?

木下さん
木下さん
環境、食糧、ITの浸透……いろいろ触れたなかで、私は人口減少率が全国トップの秋田というバックグラウンドを持っているので、人口問題についてより深く興味が湧きました。

「学ぶだけでなく、実際に自分で行動におこしてみたい」と思い、主催者に相談したところ、五城目町の丑田うしだ俊輔さんを紹介してもらったんです。
丑田俊輔さん(シェアビレッジ株式会社代表)。五城目町の茅葺古民家を活用した「シェアビレッジ」の運営をはじめ、共創型コミュニティプラットフォームの運営などを行っている。
木下さん
木下さん
丑田さんと直接お会いした際に「五城目に廃業した温泉がある」という話を伺って。そこから、このプロジェクトに関わるようになりました。

——五城目町は、丑田さんの活動のほかにも、歴史が深い朝市や酒蔵があったり、アートギャラリー、カフェ、シェアオフィスなど若い人たちによる場作り、教育面でも先進的な動きが見られますよね。

木下さん
木下さん
そういった動きも、関わるごとに知って、どんどん五城目のトリコになっていきました。

——当時は高校生だった木下さんも出資されたということですか?

木下さん
木下さん
はい。家族にも相談しましたが、それで温泉が一つ復活するのであればいい使い方かなと思って。

——夢のある使い道ですよね。それでも、中心的役割を担うというのは、大きな決断だったのでは?

木下さん
木下さん
そうですね。高校生という、子どもでもなく大人でもない、はざまの立場だからこそできたのかもしれません。
頼ることのできる大人の力を借りながらも、自分で考えてアクションができるという恵まれた環境であり、運営の核には、国際教養大学の卒業生もいたりと、決して私一人でやっていることではないんですよね。
木下さんとともに事業に携わる杉本麗百れもさん。国際教養大学在学中からプロジェクトに参加し、現在は地元企業に勤めながら中心的に運営に携わっている。
木下さん
木下さん
それに、出資者それぞれに思いがあって、私自身は、温泉を復活させることだけが目的ではなく、この環境のなかで会社をどうまとめあげていくか、リーダーというもののあり方を模索したいと思っています。

そして、湯の越との関わりを機に、ユニークな活動をしている五城目の一員になれればいいなとも思っています。

出資者のみなさんに聞きました。

目黒清さん(温泉常連客)

閉業前は毎日のように通っていた温泉です。入ると湯冷めはしないし、一晩中目を覚ますこともなく気持ちよく眠れる、なくてはならない温泉でした。若い人たちが頑張ってくれるということで、少しでも長持ちしてもらいたい思いから出資しました。

渡邉康衛さん(福禄寿酒造代表)

五城目には、湯の越のほかにも、小倉温泉、赤倉山荘など、それぞれ泉質の異なる湯があって、私自身、楽しんできました。その一つがなくなるのは寂しかったし、辞めたものを復活させるというのは相当なエネルギーが必要なことです。
これから経営していくうえでの不安はあるけれど、ゼロからの出発ではなく、これまでのお客さんたちがいます。みなさんの力をお借りしながら作り上げていけば、いい温泉になっていくんじゃないかと思っています。

丑田俊輔さん(シェアビレッジ株式会社)

山、耕作放棄地、古民家、温泉……たくさんの眠っている資産があるなかで、それらに新しい物差しを噛ませて、コミュニティで復活させるようなことが増えていくと、秋田はさらに豊かになると思うんですよね。
それを行政がやる、どこかの企業がヒーローのようにしてやるというのもいいんですが、自分たちで持ち寄って、派手ではないけれど続けていくものがあるというのが大事になっていきそうですよね。

You & Meで作る場

——これからこの温泉はどのように動いていくのでしょうか?

木下さん
木下さん
再開を目指すなかで、日帰り温泉を復活させることは第一目標ではありますが、前の経営方法をそのまま引き継ごうとは思っていません。
以前と同じように食堂で鍋焼きうどんを提供して、同じように宿泊棟に泊まれるようにして……というやり方では続かないと思っていて、新たな方法を考えているところです。
出資者で清掃や床の張り替えを行い、洗い場や脱衣所なども整備された。
温泉にはサウナも完備。男風呂には通常のサウナよりも発汗を促す「ロウリュウサウナ」を導入。今後の新たな魅力となっていきそう。
閉業直前まで使用されていた食堂はすぐに使用できる状態。地元食材で料理人が腕を振るうポップアップレストランなどを企画中。このほか、宿泊棟もあり、湯治やワーケーションの拠点としても活かせそう。オープン後は学生が住み込みで働く予定も。
木下さん
木下さん
例えば、宿泊棟を宿泊という目的だけでなく、学びの場として、私の海外留学の経験、丑田さんがされている教育の活動を生かす場にしたり、食堂を地元の酒蔵と連携して発酵食の文化の拠点にしたりと、新しい形で発信できたらと考えています。

——「ゆあみ」という社名にも、これからの思いが込められているのでしょうか?

木下さん
木下さん
「ゆあみ」には、温泉ならではの「湯浴み」と、「結い(地域の共同体)を編み直す」ということ、そして「あなたとわたしの小さな関係性」という意味で「You & Me」を重ねています。

——「小さな関係性」というのはどんなことでしょう?

木下さん
木下さん
地方の過疎の問題もあるし、コロナ禍でもあることから、人と人との直接の繋がりが薄れていますよね。そんな時代だからこそ、直接繋がることが大事なのかなと感じています。
温泉って、まさに素で繋がる場所、直接の関係性が生まれる場所ですよね。「世の中が変化しても、秋田の山奥にある湯の越では、人と人との繋がりが生まれている」というような場所にしていきたいと考えています。

ゆあみが全てでなくても

——準備していくなかで不安や迷いはありませんか?

木下さん
木下さん
自分がどう関わっていくのか、大学生とゆあみを同時に続けていくにはどういうあり方があるのか、かなり悩みましたし、今もそれに対して答えが出たわけではないのですが、ゆあみだけが、自分の人生の核ではないと思うんです。

人生のストーリーとして、高校生、大学生、社会人……それぞれの段階で自分の軸があって、そこにゆあみをどう絡み合わせていくかが大事。そう思うようにしたら気持ちが軽くなったように思います。

——「関わる=全てを捧げる」でなくても、自分の軸を持ちながら他と繋がるということは、私たちにもできること。これからは、個人がそういう繋がりを各所に持つことが、さまざまな文化の支えになっていくように思えます。ちなみに、今、大学ではどんなことを学んでいるんですか?

木下さん
木下さん
専攻はこれからですが、コンピューターサイエンスと生物学を学ぼうと思っています。


人口問題に関心があるからといって、必ずしも社会学を専攻しなくても、別の知識を活用できると思っていて、私は湯の越でも、ITなどで貢献できたらいいなと思っています。

——木下さんにとって、このプロジェクトは「自分が何者か」を示すためのアクションの一つとして関わり始めたものでしたよね。湯の越に関わったことで、自分の存在を明示できるようになったと感じますか?

木下さん
木下さん
「自分が何者かということに答えはない」と、考え抜いた末思っていますが、自分は常に変化がほしい、常にアップデートしていきたい性分なんだと思います。
今通っている大学も4カ月ごとに拠点が変わる仕組みで、変化するごとにその国、その国の価値観に出会うことができる。今はそのチャレンジを楽しんでいます。

——変化を楽しみながらも300年という歴史を持つ温泉にも関わる、その振り幅がユニークですね。さまざまな価値観を持って、湯の越温泉にどんな化学変化を起こしてくれるのか、とても期待しています。

木下さん
木下さん
これからの時代、何が起こるかわからないし、変化に対してどう対応していけるのかというところが求められると思います。今の経験を強みにしながら湯の越と関わっていきたいと思います。
入浴後の「ゆあみ」のみなさんとそのご家族でパチリ。

【湯の越温泉】
〈住所〉南秋田郡五城目町内川浅見内後田125-5
〈HP〉https://www.yunokoshi.com/

このプロジェクトは、2022年1月末日までクラウドファンディングを実施中です。
「地域に300年愛された湯の越温泉、いざ再起動~笑顔の絶えない集いの場に」
https://fan-akita.sakigake.jp/project/detail/692