秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード

編集・文:竹内厚 写真:蜂屋雄士

コーヒー&カセットのマイペース。
のら珈琲(秋田市旭南)

2018.04.04

秋田市にコーヒーとアナログカセットの店がオープンしました。決して昭和の話じゃありません。開店したのはほんの数ヵ月前、2017年12月のこと。
その店「のら珈琲」の店主・森幸司こうじさんは、かつて東京の大型輸入レコード店で働いていた経験もあるそうです。森さん、どうして今カセットなんですか?

こちらが森さん。優しそうな笑顔にだまされてはいけない、なかなかののらオトコ。

その姿をはじめて見かけたときには、アナログカセットで音楽を流す「カセットテープDJ」としてイベントを盛り上げていたのら珈琲の森さん。音楽フェスティバルやライブなどへの出店を行いながら、「ZONBIE FOREVERゾンビフォーエバー」という名前の自主レーベルも主宰しています。

——ずっとカセットテープを使ってるんですか?

森さん
東京で働いていたときにも、家から大きなラジカセを持っていって、ミックステープを作って友だちにあげたりとかしてました。僕はアーティスト活動もやってたので、周りはカセットテープを普通に使い続けてる人がいましたよ。

森さんは、生まれ育った山形県から東京に出て約12年働いてきました。仕事は大手レコード店から介護職へ、その間に結婚1回、離婚1回。Qurageくらげというユニット名で、音楽活動も行っています。

2016年には「CDじゃないジャーナル大賞」なんて賞を雑誌『CDジャーナル』から送られた。左下はその記念楯。

——やっぱり音楽で食べていこうと思って?

森さん
そう考えていた時期もありますけど、僕にはアーティスト活動は向いてないなって。全国ツアーなんかで各地を巡ると、自分の中でもちょっと知られた曲をまたやってほしいって言われるんだけど、それがイヤでイヤで仕方なくて(笑)。

そこで思いついたのが、アナログカセットの店を持つこと。インターネットを通じた売買やオークションが盛んなアナログレコードと比べても、カセットはまだまだインディーズの世界。大きな資金力がなくてもやっていけるんじゃないかという目論見もありました。

国内外、新旧のカセットが並ぶ「のら珈琲」のカセット販売コーナー。自分が最初に手に取ったのはみうらじゅんの「色即ぜねれいしょん」カセットでした。
森さん
といっても、カセットだけでは絶対に店は続けられない。だから、おいしい珈琲があって、人が集える場所になったら、カセットも売れるんじゃないかなって。実は、ちゃんと計算しているんですよ。

——だから「のらカセット」じゃなくて、「のら珈琲」なんですね。珈琲はどこかで修行を?

森さん
過剰な趣味の延長です。昔から、家で焙煎したり、それでブレンドをつくって友達に卸したりしてました。
ブレンド豆の瓶に気になる変なイラスト、フランスのビンテージはんこを取り寄せたそう。

「のら珈琲」ではオリジナルブレンドの他にも、宮城の「七草商店」、山形の「おもちゃ屋kimi」など、音楽つながりの友人の店それぞれのイメージに合わせてコラボレーションブレンドをつくり、販売。アナログカセットの店であると同時に、ちゃんと自家焙煎の珈琲店としてやってるんです。

だから、「のら珈琲」の店内に足を踏み入れても、カセットテープが山積みになっているわけじゃない。板塀の古い民家、ガラガラっと引き戸を開けると土間にカウンターがあって、小上がりには丸いちゃぶ台とお座布が。これはもう、森さんの家に上がりこむ気持ちに近いかも。

森さん
はい、ここに住んでますよ。

——ですよね。

森さん
自宅で店が開ける場所という条件で、秋田の数少ない知り合いにいろいろ紹介してもらったんですが、ここを見に来たときに、すごい、こんなとこあるんだ! って。この場所との出会いがなければ、店を開くことはできなかったと思います。
ちなみに、この建物を撮っているカメラマンの背後にはお墓が広がっている。

実はここ、2005年に開店した石田珈琲店(現在は札幌へ移転)、そして、その跡を引き継いだ「キトキト」(現在は秋田市大町へ移転)と、おいしい珈琲で知られた名店が使い継いできた建物。

お寺と新旧の住宅の間を細い道が抜けていく寺町と呼ばれるエリアで、日常を離れてどこか遠くへ来たような気持ちにもなる場所です。決してわかりやすいアクセスではないにもかかわらず、看板は店先の小さなものだけ。

森さん
うちの店を目指して道に迷っているおじいちゃんが結構いるみたいで、よく電話もかかってきます。「結局、たどり着きませんでした」という報告の電話だったり。それでも、看板は出したくないって思ってます。

——どうして?

森さん
わかりやすくなってしまうから。たぶん、長く店をやり続けていたらなんとか認知されるんじゃないかな。

なんだか納得。誰に頼まれるでもなく、珈琲とアナログカセットの店をオープンするくらいなんだから、自分のペース、やりたいことを守っていかないとね。

ひな人形のごとく和室に鎮座するラジカセは格安で販売中。全体にトレンディな感じ。
靴を脱いで上がるのが大変という年配者の声に応えて、小上がりの手前にもカセットのミニコーナーが。さすがにシブい品揃え。

そういえば、山形出身の森さんが秋田に店を開いた理由を聞き忘れていました。

森さん
再婚したんですけど、妻が秋田の出身なんです。彼女は秋田のライブハウスでもずっと働いていました。

——おっそうでしたか。

実は「のら珈琲」開店とほぼ同時期に第1子も誕生。オメデトーゴザイマス。店の奥から時おり赤ちゃんの泣き声も。

森さんの人生模様も反映した「のら珈琲」。その店名は、森さんの野良猫”っぽい気質から自分で名付けられたそうですよ。マイペースに、気まぐれに、他人に影響されすぎないで。

森さん
アナログカセットって、きっとなくなることはないだろうなと思います。すごく流行るということもきっとないですけど。アナログカセットを扱っているとよく取材はされるんです。「カセットが流行してます」って。でも、そんなことはない(笑)。流行ってたらもっと潤ってますから。
独特なカップ&ソーサーは、茨城県笠間市在住の「めちゃオルタナ音楽好き」陶芸家・沼野秀章さんのもの。窯にもガンガン音楽鳴ってるそう。
値ごろなラジカセを手にして放さない、なんも大学編集部・成田氏。2500円でお買上げ。
【自家焙煎珈琲とカセットテープのお店 のら珈琲】 〈住所〉秋田市旭南1丁目6-2〈時間〉12:00〜20:00 〈定休日〉月・木曜日 〈TEL〉018-807-7100 〈ホームページ〉http://nora-coffee.com/