秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード
秋田市編

編集・文:矢吹史子 写真:高橋希

「TO〜」あなたは何を描く? ビール、料理、建築の「TO〜MART」オープン!

2021.04.14

2021年4月7日。秋田市の市街地に新店舗がオープンしました。その名は「TO〜MARTトマート」。ここは、ビール、料理、建築という3つの要素が一つになった場所なんです。

ビールは、筒井智成つついともなりさんがTO〜MARTのそばで営む「BREWCCOLYブリュッコリー」という醸造所で作られたもの。料理は秋田市内で飲食業に携わってきた松岡貴子さんによるもの。建築は、智成さんの妻の友香ゆかさんによる「あくび建築事務所」。

三人による新しいスペースには、どんな思いが込められているのでしょう?
オープンしたばかりの店舗におじゃまして、お話を伺いました。

人間らしい生活=ビール?

智成さん
智成さん
2018年からの2年半ほど、BREWCCOLYというタップルーム(工場併設のバー)のある醸造所を運営してきたんですが、決まったルーティンでこなすことはできるものの、自分一人ではこれ以上の売り上げにはならないし、体もいっぱいいっぱい……。
次に進むには、タップルームの部分をよそに移して醸造所を広げて、そのぶん、タンクを増やしたりスタッフを入れたりしていかないと厳しいなと思っていました。
TO〜MARTで提供するビールが造られているBREWCCOLY

智成さん
智成さん
同じタイミングで、妻は自宅で建築事務所を構えていたんですが、お客さんとの打ち合わせのスペースがなくて、タップルームを使ったりしていたんです。

僕はタップルームを移転したい、妻は外に事務所がほしい。それならば、二人で共有できる新しい場所を作ろう、と。
こちらが、併設する「あくび建築事務所」のオフィス。TO〜MARTとはガラス戸で繋がっている。以前、なんも大学でご紹介した記事はこちら
智成さん
智成さん
そして、せっかくなら、お酒だけじゃなく食事もできる場所にしていこうということで、以前から知り合いだった、まっちゃん(松岡貴子さん)に声をかけてスタートしました。
こちらが料理担当の「まっちゃん」。以前から彼女の料理に惚れ込んでいた智成さんは、一緒に働いて、彼女がビールを注ぐ姿まで想像してといたという。「まっちゃんとの出会いは、またとないビッグウェーブです!」と智成さん。

——BREWCCOLY自体は、どういう経緯で始められたのでしょう?

智成さん
智成さん
それまで僕は、建築設計事務所で働いていたんですが、20代後半は働き詰めで、休みも取れない。プライベートの時間もなかなかなくて、精神的にもヤバい状況になってしまったんです。

「これを40〜50歳までやっていくのって、リアリティがないな」「もうちょっと人間的な生活をしたい」と思って、30歳になる前に辞めることを決心しました。

——人間らしい生活を目指した先のビール。どのように繋がっていったのでしょう?

智成さん
智成さん
「このままだと立ち行かなくなる、何かを変えなければ」と感じたときに、一生続けられる、何かものを生み出す職人になりたいと思ったんです。

というのも、建築をやってきたなかで、現場の職人さんたちの働く姿をずーっと見てきて、それがすごく気持ち良さそうだったんですよね。

——規則正しい印象がありますよね。

智成さん
智成さん
そうなんですよ。そして、自分の手でものを作って、それをお金にしていくところに、働き方の基本のようなものを感じて。そういうシンプルな働き方がしたくて、一度は「大工さんになるのもいいなあ」と思ったくらい。

——それが、なぜビールに?

智成さん
智成さん
結婚する前、妻は神奈川県の藤沢市にいたんですが、逗子ずしでビールを造っている人がいる、というのを雑誌で見たんですよ。それで、その醸造所を訪ねてみたんです。そこで受けた衝撃が大きくて。

——どんなものだったのでしょう?

智成さん
智成さん
「ビールって、自分で造って売ることができるんだ!」っていうところですよね。しかも、そこは一人でやっていたんです。大勢いなくてもできることにも驚きました。

それに、逗子自体のコミュニティがすごく素敵だったんです。醸造所のまわりでお店を営む人たちや、個人で映画館をやっている人までいたり。

逗子は東京からはちょっと離れている。それでも、こういうコミュニティが成り立つんだなあ、それなら、都会から離れた秋田でも、自分の仕事でコミュニティを形成することができるんじゃないか? 生まれた土地でそういう活動ができたら……と思ったんですね。
智成さん
智成さん
それに、クラフトビールって地域性もあって、ビール好きの界隈では「各地のビールをわざわざ現地まで行って飲む」ということもされているんですよね。それも、地方でやる魅力になるなと。

——確かに、BREWCCOLYができてから、そこに自然と人が集まったり、飲食店にいくと多くの店でBREWCCOLYのビールが置いているのを目にするようになりました。

一つの拠点に集まることで生まれるコミュニティと、ビールという製品が外に出ていくことで生まれるコミュニケーションを同時にできることもおもしろいですね。

智成さん
智成さん
飲食店としての機能だけだと「待ち」になってしまいますよね。それだけじゃなく、自分から「新作できました!」と届けることができるのは強みだと思っています。
自分のする仕事が地域の人たちにどう影響していくのか、それはとても興味のあるところですね。

クラフトビールの楽しみ方

智成さん
智成さん
でも、やっていくなかで、クラフトビールがまだまだ認知されていないというのは感じますね。始める前からそうだろうとは思っていたけれど、想像以上でした。

——秋田は日本酒の土地ですしね。ビールって、どう楽しむのがいいのでしょう?

智成さん
智成さん
自由ではあるんですが、「ビール」と一口に言っても、それぞれ味わい造り方も全く違うので、大手メーカーのビールとは別のアルコール飲料というイメージで、分けて考えてもらえたらいいかもしれません。
ビールの注ぎ口には、秋田の工芸品「イタヤ狐」が。
智成さん
智成さん
それに、日本人は体も小さいのでアルコールにはそこまで強くないと思うんですよ。でも、ビールはアルコール度数が高くない飲み物。料理と合わせたりしながら、味の違いも楽しんでもらいたいですね。

——今日も店頭には5種類もあるんですね。

智成さん
智成さん
今日は少ないほうで、今後は8種類出せるようにしようと思っています。

——サイズも、S、M、Lから選べるので、初心者は小さいサイズで試しながら、好みを探していくのも楽しそうですね。

智成さん
智成さん
8種類のうち、6種類をうちのビールにして、もう2種類はゲストビールとして、仲のいい醸造主さんが造ったものを紹介していけたらと思っています。

——よそのビールも飲める! 懐が深いですね。

智成さん
智成さん
僕もよそへビールを送っているし、僕のほうにも送ってもらう。ビールを通して、横の繋がりが作りやすい環境なんですよね。
東京の「高尾ビール」と一緒に造った「A Giant Step」。昨年、高尾ビールの醸造主がBREWCCOLYを訪ねたことから意気投合し生まれたもの。高尾で穫れたパッションフルーツとBREWCCOLYの酵母を使用している。小さな醸造所同士が気軽に交流できるのも、クラフトビールの魅力。

——「秋田の人って秋田の日本酒しか飲まない」と、指摘されることも多いですよね。外のものを知ってはじめて、内の良さを再確認できることもある。

智成さん
智成さん
一度、俯瞰で見る大切さって、お酒に限らず言えることですよね。

——ほかのビールを飲むことで、BREWCCOLYのビールの魅力もわかるし、ビール全体の楽しみ方を知るきっかけにもなりそうですね。

智成さん
智成さん
それに、ビールは短期間で造ることができるので、「やりたい」を「やる」にすることがすぐにできるんです。
アメリカでは、ビールを造るというのは一つの遊びのようなもので、若い子たちが自分の家のガレージで造ったりしている。だからアメリカのビールシーンは層が厚いんです。そうやって、気軽に試行錯誤できるのが面白いんですよね。
「YUKIKAKI STOUT」「TSUMORU」は、ともにラベルデザインは秋田市でオリジナルTシャツ店を営む6jumbopinsさんによるもの。ラベルは地元の方へ依頼することも多く、デザインを通じて地域との繋がりも大事にしている。

TO〜MART

——「TO〜MART」という店名にはどんな由来があるのでしょう?

智成さん
智成さん
この店はテイクアウトもできるんです。「今晩、家で何を食べよう? 家でこのビールを飲もう」と買いに来る場所でもあることを前面に出したくて、「〜マート」と付けようと思いました。

「あ」から一つずつ当てはめていったときに、「トマート」の響きが一番しっくりきたんですよね。
店頭にはお惣菜や瓶ビールがずらり。この日もふらりと買い物客が。
「BREWCCOLY」の名前は、智成さんが一番好きな食べ物「ブロッコリー」と醸造という意味の「ブリュー」を掛け合わせたもの。ちなみに、2番目に好きなのは、トマトではなくレンコンだそう。
智成さん
智成さん
それと、これは後付けではあるんですが、「TO〜MART」の「〜」には、「TO〜」「〜さんへ」「〜のために」という余白を残していて、ここに来る人がそれぞれに目的になるものを当てはめてほしいと思っているんです。

——今の智成さんにとっての「〜」は何ですか?

智成さん
智成さん
僕も妻も、答えの一つとして「ローカル」を入れています。この地域でやっていくという気持ちを持っているし、地域に愛されたいという思いもあったので。

——使う人によっては「リラックス」かもしれないし「ファミリー」かもしれない。自分にとっての「TO〜」を考えてみると、お店へ足を運ぶことが、より自分ごとになりそうですね。

——それにしても、営業時間が思った以上に早い! 平日は11時オープン、19時閉店。

智成さん
智成さん
「お酒を飲む場所」と考えたら早いかもしれないけれど、必ずしもビールを楽しむだけじゃないのがTO〜MART。「ランチに行く」というのが目的でもいいんです。
この日のランチの定食は、ミートボール、カリフラワーとかぶのマスタードマリネ、エビとトマトと新玉葱とブロッコリーのサラダ、味噌汁、ご飯。
智成さん
智成さん
それに、僕は醸造所での仕事がメインなので、深夜営業というのは難しいんですよね。

——人間らしい生活をしたいというところから始めたビール。忙しすぎる世の中に、「昼から飲もうよ」と、一石を投じているようにも思えます。

智成さん
智成さん
働くことだけが生活になってしまっては面白くない。始めてみたら、思いのほか、昼飲みを楽しんでくれる方が多くて嬉しいですね。
大きな利益を得るためにやっているものではないし、僕もそんなに勤勉な人間ではない。それぞれ、楽しみながら、集まって働ければいいなと思っています。

——3つの業態が集まったことで、それぞれへの入口が開けたように感じます。

智成さん
智成さん
TO〜MARTの空間は、あくび建築事務所のモデルルームでもあるんですよね。打ち合わせがてらビールを飲んでいってもらってもいいし、ここで実際にあくびが作った空間を体験してもらえたらとも思っています。

——「こういう窓がいい」とか「こういう高さのものがほしい」と、参考になりそうですし、相談もしやすそうですね。

智成さん
智成さん
窓の建具を外すと、窓枠をベンチにして外に向かって座ることもできたり、隠された要素もいろいろあるんですよ。

——これから、どんどん楽しくなっていきそうですね!

智成さん
智成さん
この店の楽しみ方を少しずつ紹介していけたらと思います。
TO〜MARTを通して「いい」をこの町に生んでいきたいですね。

【TO〜MART】
〈住所〉秋田市中通6-1-24 菅兼ビル1F
〈TEL〉018-802-0637
〈定休日〉月曜日、隔週火曜日
〈営業時間〉11:00〜19:00(金、土は〜22:00)

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