秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード
秋田市編

編集・文:矢吹史子 写真:鄭伽倻

アニメの現場改革を、秋田から。
株式会社つむぎ秋田アニメLab

2020.12.09

現在公開中のアニメ映画「鬼滅の刃」。興行記録を次々と更新し、大ヒットとなっている本作ですが、この作品のエンドロールに驚きました。そこには「つむぎ秋田アニメLab」という企業名があったのです。調べてみると、今年秋田市にできたばかりのアニメーション制作の会社のよう。

「秋田の企業が関わっているなんて!」そんな単純な喜びから取材に向かったものの、この会社が挑むアニメ制作の新たな形に、大きく心を震わされました。

株式会社つむぎ秋田アニメLab、秋田スタジオマネージャーの桑原智也さんへのインタビュー、ぜひお読みください。

ここは、「作画」スタジオ

桑原さん
桑原さん
「株式会社つむぎ秋田アニメLab」は、アニメーションの「作画」のスタジオです。
アニメーション制作は分業化されているのですが、うちは、元請けとなる会社から、工程の一部「素材制作」を請け負っている会社になります。
桑原さん
桑原さん
制作の工程について説明していきますね。
みなさんがテレビなどでよく目にする商業アニメーションというのは、膨大な時間と手間をかけて作られています。
桑原さん
桑原さん
まずは、ストーリーを考えて、企画して、予算を集めて、キャラクター設定をして、脚本を書いて、どんな世界観にしていくかを考えて……という、「作品を作り始める前段階」の工程があります。ここは上流の作業で、費やすマンパワーというのは比較的少ない部分になります。
桑原さん
桑原さん
次に、前段階で考えられたシナリオに合わせて素材を作っていきます。素材制作は、原画(ラフ)、動画、仕上げに分かれています。

原画は、動きのキーになる絵を描いていく作業です。これが、例えば30分のアニメだと、およそ300カットくらい必要になります。

——300カット?!

桑原さん
桑原さん
それを手分けして描いていくのですが、さらに、この原画を動いているように見えるようにしていくのが動画担当。原画と原画の間の動きを何十枚も描いていきます。1秒間に8枚を基準としていて30分アニメでは2500~3000枚くらい必要と言われています。

——そんなに!?

桑原さん
桑原さん
劇場作品やディズニー作品だと120分で3〜4万枚になる事もあります。日本のテレビアニメーションは凄く省エネなんですよ。
人間は1秒間に5〜8枚以下だと動いているように認識できないと言われていますので、ギリギリのところで制作しているわけです。

それでも、キャラが演技して動いて見える作画のノウハウや、カメラワークやシーンのメリハリなど、退屈させない工夫がたくさんあるんですよ。

——なるほど〜。

桑原さん
桑原さん
動画担当は、原画を清書して、それを動くようにして、色をつけて仕上げていきます。これらの作業には膨大なマンパワーが必要で、アニメーション制作というのは、8〜9割が、この、素材制作のところになるんですね。
桑原さん
桑原さん
素材を作り終えたら、音を構成したり、セリフを入れたりという後工程があって、それが全部終わって初めて、みなさんがテレビで見ているアニメーションになるんですね。

——なるほど〜。

桑原さん
桑原さん
うちでやっているのは、先ほどお伝えした、アニメーションで一番パワーが必要な、原画、動画、仕上げという、作画の部分で、常時7〜8作品の作画を請け負って納品しています。

「秋田でやらない?」の一言から

桑原さん
桑原さん
この会社は、2017年に代表の櫻井司が東京の中野で起業しました。その後、埼玉県の川口市に移転したのち、今年(2020年)4月、秋田市に本社ごと移転しました。現在も川口市には事務所が残っていて、従業員は現在、秋田、川口合わせて28名います。
現在、秋田に常駐しているスタッフは、埼玉から長期出張している方、埼玉から秋田へ移住した方、秋田で新規採用された方など18名。
桑原さん
桑原さん
私と櫻井とは、アニメーション専門学校の同期でした。卒業後、二人ともフリーランスで同じアニメスタジオに所属していました。私は1年足らずで辞めて、アニメとは関係のないシステムエンジニアという仕事に就いて、その後、地元の秋田に戻ってきて、15年くらいになります。

——ということは、桑原さんが秋田のご出身ということなんですか?

桑原さん
桑原さん
はい。櫻井は東京出身です。

——アニメの仕事からは離れていた桑原さんと、秋田のご出身ではない櫻井さんが、秋田でアニメの会社を始めるというのには、どんないきさつがあったんでしょうか?

桑原さん
桑原さん
会社が設立して2年目くらいのタイミングで、新しい場所で展開したいという話を聞いて、私が「秋田でやらない?」と提案したんですよ。

——櫻井さんは都心でやることをイメージされていたのでは?

桑原さん
桑原さん
そうですね。ただ、櫻井は、東京一極集中ではリスクが高いということで、事業所を複数構えたいという思いはあったんです。それに、この業態は場所を選ばないので、都内でやらなければならない理由っていうのは、一つもないんですよ。

——リスクというのは?

桑原さん
桑原さん
土地代も高い、人件費も高い、通勤も退屈……いいことがあまりないんですよね。合理的に考えると、地方のほうが良いのではないか?と。そこで、秋田を提案してみたんです。でも、当時、私は別の仕事をしていたので、ただ、場所として勧めてみただけだったんですが。

——では、桑原さんがこうしてこの会社にいらっしゃるというのは……?

桑原さん
桑原さん
場所や人もそうですが、行政からの移住や雇用の助成金のことなども含めて、土地勘のある人がスタッフにいたほうがいいだろうという思いもあったし、私は元々アニメーターだったので業態自体も理解している。そして、システムエンジニアをしていたこともあったので会社の設備として、ネットワークやサーバーなどの知識もある。そういう意味でもちょうどいいということで「一緒に働こう」となったんですよ。

——おもしろいですね! ご自身としても、まさかこの世界に戻る、しかもそれが地元秋田で、というのは考えてもみなかったのでは?

桑原さん
桑原さん
そうですね。ただ、私も家庭がありますので、まともに働いていかないといけない。その上で冷静に考えてみて、この会社のやり方には、ビジネスとしての発展性や将来性、採算性など、とても可能性があるなと感じたんですよ。それが2018年の夏頃で、2019年の夏頃に実際に動き出しました。

アニメ制作の現場を変えるために

桑原さん
桑原さん
そもそも、櫻井がこういった会社を起業しようとしたのは、ビジネスとして採算が取れて、事業が継続できるというようなやり方をしているアニメ会社がほかになかったからなんですよね。

——全国的にみてもこういう会社はないんでしょうか?

桑原さん
桑原さん
そうですね。実際のところ、アニメーションの業界というのは、専門学校を卒業して職場が決まっても、みんなフリーランスなんです。収入は出来高になってしまうので、新人はなかなか稼げないのが実状です。
最初の2〜3年は丁稚奉公のようなもので、収入も微々たるもの。それに耐えられるか耐えられないかというところで、私は耐えられずに辞めてしまったんですが……。

——桑原さんはアニメへの憧れや未練はなかったんでしょうか?

桑原さん
桑原さん
私の場合は、チャレンジしてみて「向いてないな」と思ったのと同時に「フリーランスの働き方って好きじゃないな」って思ったんですよね。
今は人事や財務、契約、広報、営業……いわゆるバックヤードを担当していて、本業の部分はタッチしていませんが、アニメを作るところには未練もこだわりも全くありません。

——そういうなかで、櫻井さんは続けていった?

桑原さん
桑原さん
そうですね。その苦しい期間を乗り越えると逆に稼げたりもするんですね。腕があれば稼げる業界ではあるんです。

——アニメという日本を代表する文化でも、背景にはとても危うい労働環境があるんですね。

桑原さん
桑原さん
そうですね。実際、技術や人材も海外に流出していますし、日本国内で優秀な技術を育てていくのが難しくなっているのも事実です。
桑原さん
桑原さん
そういう状況を長年見ながら、櫻井はかつて所属していた会社で、作画スタッフを育成する部門を立ち上げるマネジメントを経験したんですよ。そこで、今のアニメ制作の状況がビジネス上マッチしていないということを実感したんです。
桑原さん
桑原さん
アニメ制作の多くがテレビの仕事なので、急ぎの仕事が多いんですが、3〜4人いれば一晩で終わるものも、フリーランスではコントロールしきれない。
でも、会社として体制を作れば、そのリクエストに応えることができるようになるし、対応力や生産能力を売りにした会社を作れば、フリーランスで苦しくなってしまう現状から抜け出すことができるんじゃないか?と考えたんですね。

「誰もができる」アニメ制作へ

——会社として「アニメーション予備校」というものも開設されているとのこと。これはどういう仕組みなんでしょう?

桑原さん
桑原さん
私塾なんですが、いま、うちで請け負っているような動画を作れるようにするためにはまずは基礎が必要なので、絵を描く指導をしていきます。いわゆる職業訓練ですね。
座学のようなものは全くなく、ひたすら絵を描いて、基礎となる画力を身につけていきます。

——どのくらいの期間学ぶのでしょう?

桑原さん
桑原さん
最長2年。上達の具合によってはもっと短く終えることもありますが、その期間で目標とするレベルまで確実に引き上げていきます。
うちが担っている作画というのは、一番裾野の広い、たくさんのスタッフが必要な部分ですが、ぶっちゃけ、基礎のない子でもこの仕事は始められるんですよ。

でも、そういう子は3年後に行き詰まって辞めていくんです。基礎がないと、仕事の質も低いし、スピードも遅い。なので、2年遠回りしても、10年後を考えて今やったほうがいいと思っています。
桑原さん
桑原さん
「この内容だったら誰でもできるようになる」という方法で、アニメ制作で求められる基本の技術を最短で身につけられるようにメニュー化しています。

——飛び抜けた一人を生み出すことより、一定のレベルを持った人をたくさん生み出すことのほうが、アニメーション制作においては意味があるということなんですね。

桑原さん
桑原さん
そうですね。アニメーション制作は、分業なので、飛び抜けている必要がないんですよ。飛び抜けている子は、下の工程をポンポンとこなして、いきなり有名になったりもするんでしょうけれど、それ以外の9割5分くらいは、地道な努力のもとやっているんですよね。
桑原さん
桑原さん
そして、この部分のボトムアップをすることが、会社の事業拡大、業績アップにも確実に繋がっていくと思っています。

秋田でなくてもよかった

——このような仕組みは、ほかの業態へのヒントにもなりそうですね。

桑原さん
桑原さん
私たちはある意味無頓着なんですよ。業績が上がって、みんなにまともな給料が払えるということ以外にあまり興味がないんです。逆に、何か他に大きな志があったら、失敗してしまうようにすら思えます。

——でも、秋田でもこういう仕事ができる、というのは夢がありますよね。

桑原さん
桑原さん
はい。確かにそうなんですが、実は、私にも櫻井にも共通しているのが「秋田でなくてもよかった」ということなんです。実際、秋田に事務所を構えていますが、会社としては、大きく成長して作品を発信したいというビジョンを叶えることが一番なんです。
「秋田を盛り上げたい」とか「地域活性化させたい」というような「この場所から」ということにはあまりこだわりはないんですよ。

——アニメ制作の状況と秋田という環境がフィットしたにすぎないのかもしれませんが、結果的に秋田に雇用が生まれたりと貢献になっていますよね。

桑原さん
桑原さん
そうですね。当然、ここに根ざす以上、地元のみなさんから愛される努力はしますし、地場のエッセンスを盛り込んでいったり、地元の企業に協力したりしていきたいとは思っています。

——東京だから、秋田だからとこだわらず、志すところに対して合理的に進まれているところが素晴らしいですね。これからは、どんなことを目指しているのでしょうか?

桑原さん
桑原さん
今はアニメバブルといわれていて、たくさんの作品が作られているので、受注業務に関しては、上向きに推移している状況です。
今回の「鬼滅の刃」についても、うちとしては、いつも通り仕事しただけではあるんですが、こういった受注ビジネスを着実にやっていきながら、それ以外にオリジナルの作品を作ったり、これまでとは異なる収益構造を持った事業をやっていきたいと考えています。

——オリジナル作品というのは?

桑原さん
桑原さん
原作、ストーリー自体から、自社でオリジナルのものを作っていきたいと思っていて、脚本家や企画段階からできるスタッフも揃えているんですよ。
そのために、まずは認知してもらわないと始まらないというなかで、今回のように大きなタイトルの作品に関わらせてもらったことで、その機会が増えました。これから新しいことにチャレンジしていく土台が、少しずつできてきたように感じています。

【株式会社つむぎ秋田アニメLab】
〈住所〉秋田市旭北栄町1-48 トラパンツビル4階403号室
〈TEL〉018-827-7066
〈HP〉https://www.tsumu-sakuga.com/

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