秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード

編集・文:矢吹史子 写真:船橋陽馬

小坂の「テロワール」。小坂七滝ワイナリー。

2019.12.11

「テロワール」という言葉があります。これは、ワインの世界でよく用いられるもので、原料となるぶどうが育った、土壌や気候、生育環境などを総称した概念。

小坂町にも、このテロワールの概念のもと、ワイン製造をしている場所があります。それが、平成29年に誕生した「小坂七滝ななたきワイナリー」。

今回は、この小坂七滝ワイナリーについて、小坂町グリーンツーリズム専門官の杉原隆広すぎはらたかひろさんにお話を伺います。

杉原さん
杉原さん
昭和の終わり頃から、小坂鉱山が不況になってきて、町からどんどん人が減っていったんですよ。そこで、町として、鉱山のほかにも新しい産業をと考えたとき「ぶどうを作って、ワイナリーも作って、お客さんを呼んではどうか」と。

そして、作るならば「この土地オリジナルの品種でワインを作ろう」という思いのもと始まったんですよ。

——ぶどうの栽培や仕込みなど、全てをこの地域のなかで完結させたワインを作る、ということですか?

杉原さん
杉原さん
はい。今、ワインは全国的にも過去最高の消費量を更新しているんですが、じつは「国産ワイン」は、その消費量の3割くらいしかないんですよね。そのうちのさらに2割が「日本ワイン」。

国産ワインと日本ワインの違いというのも、まだ浸透していないんですよ。

——すみません、私もわかりません。どう違うんでしょうか?

杉原さん
杉原さん
果汁を海外から買ってきて日本で瓶詰めしたものでも「国産ワイン」と言えるんですよ。
一方、100%国産のぶどうを使用して、国内で製造したものが「日本ワイン」。さらに条件を満たすと、土地の名前、ぶどうの品種名、ぶどうの収穫年をすべて表示できる、というルールが、平成27年に定められました。

そこで、「小坂だけのワインを作りたい」と、日本に昔から自生する山ぶどうと交配した「山ぶどう系品種」を導入したんです。
杉原さん
杉原さん
まずは、ときと地区で、昭和63年からぶどう栽培を始めたんですが、ぶどうを植えたもののほとんど収穫ができない。農家さんも諦める方が多くて、すぐにワイナリーを作ることはできませんでした。
ぶどう農家「(有)十和田湖樹海農園」の宮舘文男みやだてふみおさん。スタート時から30年以上生産に関わっているが、はじめは育て方がわからず、5〜6年苦労し続けたという。訪ねた11月は枝の剪定中。
農園のある鴇地区は、かつて十和田湖が大噴火した際に堆積した火山灰土壌のため、水はけが良く、ぶどうの栽培に適しているという。
杉原さん
杉原さん
それでも、宮舘さんをはじめとするいくつかの農家さんが根気強くがんばってくれて、ようやく収穫が安定してきたのとともに、ここ数年のワインブームや、先ほどお伝えした「日本ワイン」のルールができたことも手伝って「いよいよ我々がやれるチャンスがやってきた」ということで、あらためてワイナリーに取り組むことにしました。
2019年9月の農園の様子。(写真提供:小坂七滝ワイナリー)

——山ぶどう系品種というのは、どんな特徴があるんですか?

杉原さん
杉原さん
酸が特徴ですね。この品種は、できたては「これ、大丈夫か?」っていうくらい、すごく酸っぱいんですけど、寝かせることで柔らかくなるんですよね。ワインって、瓶の中でもどんどん変化するので、通常、ひと冬〜1年置いてから出荷しているんですよ。

そして、涼しくなればなるほど色づきと糖度が上がるんです。ワインは「土地を飲むもの」って言いますよね。ここは寒暖差がすごくあるので、この品種はこの土地によく合うんです。

うちの土地に合ったぶどう、それで作ったワインがうちのワインなんです。
杉原さん
杉原さん
アドバイザーに入ってくださっているシニアソムリエが最終テストをしてくださるので、自信を持って出しています。
ソムリエにアドバイスをいただきながら開発しているうちに、販売しているワインの種類が今では14種類。

——そんなに!?

杉原さん
杉原さん
さすがに、14種類はちょっとやりすぎかなとも思いますが(笑)、小さいワイナリーなので小回りがきくものですから、いろんなことにチャレンジできるんですよね。

基本となる赤、白、ロゼからスタートして、クリスマスヌーボー、夏には氷を入れて飲むワインも提案させてもらって。商売のなかで谷になるような時期を作らないようにしています。
2019年産のクリスマスヌーボー。今年はじめてフランスの「ボジョレー・ヌーボー」と同じ製法で仕込んだ。限定の赤は、エグみがなくとても爽やかな風味。

——生産量はどのくらいなんですか?

杉原さん
杉原さん
今は年間の仕込み量が約20トン。ボトルで約20,000本ですね。岩手の「くずまきワイン」は約400トンと言われているので、規模が全く違います。平成30年の統計によると、岩手ではワイナリーが9社あるのに、秋田は4社。

——秋田はワインというよりは日本酒のほうが強い印象がありますしね。

杉原さん
杉原さん
何より、秋田は農産加工が苦手な県なんですよね。小坂のぶどうも県外に買ってもらって数十年過ごしてきましたからね。それが、ようやく自分たちでも加工できるようになった。なので、まずは「秋田のワインといえば小坂」と言っていただけるようにしていきたいですね。
杉原さん
杉原さん
ワイナリー事業っていうのは、農家さんがぶどうを生産する、それを加工することで雇用も生まれるんですよね。それに、ワインがあることで、小坂のブランド豚の「桃豚」や、比内地鶏、鹿角牛などの食材を引き立てるものとして、いろんな特産品にも繫がっていくんですよ。

それでも、さらに規模を大きくしていくには、生産者を育てて、飲んでくださる方も育てて。全部連動させていかないといけない。

——生産者さんは、いまどのくらいいらっしゃるんですか?

杉原さん
杉原さん
農家さんは8戸ですね。小坂のぶどう農家さんっていうのは、じつは農協への出荷はゼロなんですよ。農家さんたちで会社を作って全部そこに集めて、そこから小坂ワイナリーや県外のワイナリーへ出荷する。価格競争をせずに、お互いに助け合ってやっていける仕組みができているんですね。
杉原さん
杉原さん
そして最近は、30代の生産者も入ってきたおかげで、一気に状況が変わりましたね。地元の人ではあるんですが、ぶどう農家ではなかった方が縁あって参入して、後継者としてみんなに可愛がられて。
ぶどう農家を引退しようとしている人が、木を切らないで、彼に預ける、という流れもできています。

ワイナリーができたことで、今までは「ぶどうって大変だよな」っていうイメージだったのが、明るくなってきたように感じますね。

——となると、これからは、我々飲む側も成長していかないといけませんね。

杉原さん
杉原さん
30年の間、いろんな人と知り合うことができたおかげで、みなさんが応援団になって盛り上げてくれているんですが、今後、成長を続けていくにはさらに地元の人がどのくらい飲んでくれるか、にかかっていますよね。
杉原さん
杉原さん
町の人たちは新しい取り組みに対しては少し距離を置くようなところもあって。まずは「自分も関わると面白いな」というものにしていけたら。

康楽館こうらくかん(小坂町にある芝居小屋)でワイン片手に芝居を見てもらうのでもいいし、地元のホルモン屋でワインを飲んでもらってもいい。
まずは「小坂に行けば地元のワインが飲める」という空気を作っていきたいですね。

【小坂七滝ワイナリー】
〈住所〉秋田県鹿角郡小坂町上向字滝ノ下22
〈TEL〉0186-22-3130
〈HP〉https://kosaka-7falls-winery.com/