秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード

編集・文:矢吹史子 写真:高橋希

「沼山大根」というメディア

2020.11.25

沼山ぬまやま大根」という大根があります。これは、横手市沼山地区で栽培されてきた在来種なのですが、じつはこの大根、数十年前に栽培の歴史が途絶えていました。

しかし、2018年に秋田県内の3軒の農家の手によって復活。現在は、すべて無農薬で栽培されているといいます。

11月、今年の沼山大根の収穫が始まったとのことで、その農家の一つ、大仙だいせん市の「T-FARM.」の田口康平さんを訪ねました。
この大根の復活にはどんな物語があったのでしょう? お話を伺ってみると、作物を育てることに止まらない、田口さんならではの農業の形が見えてきました。

沼山大根の畑へ

畑を訪ねると、収穫の真っ最中でした。

田口さんは、今年からご自身でいぶりがっこの製造にもチャレンジされているとのこと。今年栽培した約5000本から、この日は、いぶりがっこにするための700〜800本を収穫していきます。

——細い大根なんですね。

田口さん
田口さん
そうですね。細いことと、身がしっかりしていること、「青首」といわれる緑色の部分がとても濃いのが特徴の大根です。味は、生だと辛みがしっかりあるんですが、火を通すと甘みが出てきます。

——今年の出来はどうですか?

田口さん
田口さん
栽培を始めて今年で3年目になるんですが、今年は肌がよくないものもあります。虫が食っているのが多いんですよね。サイズは去年よりいいし、肥料をやらなくても育っているという面ではいいんですが。
品種の特徴もあって、長さや形にばらつきがあるんですよ。今、いぶりがっこ用のものを寄せているところですが、状態に合わせて、切り干し用のものも選んでいきます。
まあ、自分にとっては、どれもかわいい大根なんですけどね。
現在、沼山大根は、地元レストランや個人店、自然食品店、地元保育園などで扱われている。

——生のままの出荷はしない?

田口さん
田口さん
今年はいぶし用に多めにまわしていますが、そのあと、生のものを出荷するので、それは土に埋めておいて保存しておくんですよ。さらに状態の良いものは来年の種取り用に土に植え直していきます。

「種を継ぐ」ということ

——種取り用のものを植え直す?

田口さん
田口さん
青首の部分が長くて、まっすぐで、割れが少ないような、これからも受け継がせたい特徴を持ったものを、来年のために植え直して、それらから種を取っていくんです。

——大根の種ってどういうふうにできるんですか?

田口さん
田口さん
お母さんになるいい大根が育ったら、それを植え直しておきます。冬を越えて春になると、茎がニョキニョキと育って、そこから花が咲いて……あそこにも、狂い咲きしたものがありますけど、あの何十倍にも育つ感じですね。
田口さん
田口さん
そこからさやができて、7月になると種が取れて……というふうに、旅が続くんですね。その取れた種をまた8月に撒いていきます。

——へ〜〜〜!!

田口さん
田口さん
大根の種は保存がきくので、何年か前に取った大根の種を使うこともできるんですけれど、やっぱり、この土地の気候を経験している強いものを残していきたいんですよね。
こちらは2018年に栽培したものから取った種。

——無農薬栽培となると、難しいことも多そうですね。

田口さん
田口さん
今年は虫食いが多くて、それで悩んでいます。「虫食いが出ている場所もあれば、出ていない場所もあるのはなんでなんだろう?」って。
教科書を読めば答えは書いてはいるんでしょうけれど、自分はその前に「何でなんだろう?」って考えることを必ずするんです。

「転んでも、自分の力でどうやって立ち上がるか」みたいなところばっかり考えてしまうんですよね。今日できなかったことも、明日できるようになったらいいなと思いながらやっていますね。誰かのやり方にそのまま従うなら、自分がやる必要がないし。
田口さん
田口さん
そうやってきた結果、肥料を与えず、ここにある土でこれだけのものが育っていますからね。そういうのが、自分の野菜だと思っています。
それに、外国の化学肥料を入れて、「秋田の伝統野菜」って言うはの違うんじゃないかなって思うんですよ。

持久力から自給力へ

——田口さんは、農業はいつ頃から始められたんですか?

田口さん
田口さん
8年くらい前ですね。自分は、ずっと陸上だけやってきたんです。高校を卒業して、埼玉の大学へ行って、就職先の京都の会社でも、長距離選手としてやってきました。
でも、社会人になってからは、まわりも優秀だし、ケガも多くて、引退して地元に帰ってきたんです。秋田に帰ってきてしばらくはコンクリート会社で働いていました。
大学時代には箱根駅伝も経験したという、生粋のランナー。

——そこから農業を志したのは?

田口さん
田口さん
実家は家族で農家をやっていたんですが、自分は外で働きながらフラフラしていました。でも、じいさんが農業ができなくなったことで、手伝い始めるようになって。

会社を休んで農業を手伝うようにもなったら、会社から「この先どうするんだ?全力で働こうとしていない人には会社としても投資できない」って言われて。それで、会社を辞めて家の農業をやることにしました。
田口さん
田口さん
そこで、農業に本腰を入れたときに、初めて農業のことを考えるようになったんです。農薬を使う様子も昔から見ていたはずなんですけど、それまでは何も考えてはいなかった。

でも、自分でやるようになって初めて、自分でもたくさん農薬を浴びるし、すごい量が周りにも流れていくのを目の当たりにして「ああ、使いたくないな」って思うようになったんです。
田口さん
田口さん
でも、父には無農薬でやることは理解してもらえなくて、「そんなやり方で稼げないだろう」って。
そこからは、今も田んぼは一部一緒にやっていますけど、基本的には別でやっていくことにしました。

種火を求めて

——では、ほぼゼロからのスタートということですよね?

田口さん
田口さん
はい。作業場もなければ、機械もない。無農薬をやるにも、やり方もわからないし……。「やっていけるんだろうか」っていう不安も大きくて。
秋田でお手本にできる人にもなかなか出会えなかったので、それならばと、県外で無農薬栽培をやっている方に会いに行くことにしたんです。実際にやれている方からエネルギーをもらうというか、種火を分けてもらうような感じで。
田口さん
田口さん
そこで出会った盛岡の田村さんという方が、「秋田にはうまい大根があるんだよ」と、教えてくれたんです。
自分はそのとき、別の大根を育てていたんですが「今作っている大根よりも、もっと自分の足もとにあるものをちゃんと探してみるべきだ。君がそのうまい大根を作るなら、私は君を応援する。」と言われたんですよ。

——それが沼山大根だった?

田口さん
田口さん
はい。でも、そのときは、沼山大根を栽培している人はいなくて、秋田県の農業試験場の先生を紹介してもらったんです。
試験場の開放日に会いに行ったら、他の相談者もたくさんいるなか、先生も自分も、熱くなって盛り上がりすぎてしまって、90分くらい話し込んでしまって(笑)。先生としても「こういう人を待っていた!」って。

そこで、試験場で保管していた種を分けてもらえるようになったんです。

——沼山大根が栽培されなくなったのは、なぜなんでしょう?

田口さん
田口さん
「今の大根に押されてしまった」とか「他の大根より固いから」とか言われていますけれど、一番の理由は沼山地区でやる人自体がいなくなってしまったからだと思います。今はもう数軒しか住んでいない集落なので。

——その集落の方々も、伝統を守るために作っていたわけではなくて、そこにあった品種だからやっていた、ということかもしれませんよね。

田口さん
田口さん
そうですね。それで、秋田県内の農家仲間3組で一緒に栽培を始めていくことにしたんです。

沼山大根の力を借りて

——一度途絶えた品種を受け継ぐというのは、大きなチャレンジだったのでは?

田口さん
田口さん
最初、自分は「秋田の珍しい野菜を作ったら売れるんじゃないか?」という程度の考えだったと思います。でも、やってみたら重いんですよ、かなり。

——受け継ぐということが?

田口さん
田口さん
はい。でもやっていくうちに「大根は自分のもの」ということではなく、「自分はあくまで途中の人」という考え方になっていきました。ただ売る方が楽かもしれないけれど、そこだけじゃなく。「沼山大根の力を借りて、何ができるかな?」っていうことをいつも考えています。

——例えばどんなことでしょう?

田口さん
田口さん
いぶりがっこのパッケージやいぶし小屋の壁を、広告の場として活用する企業はないかな?とか。「これで人集めして盛り上げていきたい」とか、そういう人がいてもいいと思うんです。

——沼山大根がコミュニケーションツールやメディアになっているような?

田口さん
田口さん
そうですね。実際、沼山大根のドキュメンタリー映像を作った大学生が起業することになったり、いぶし小屋は、この取り組みに共感した友人が建ててくれたり。
そして、その友人には、採れた作物をあげたり、自分の農業の技術を共有するような形でお礼をすることにしているんです。
こちらがそのいぶし小屋。「With Works」の屋号で塗装業を営む友人が手掛けた。
小屋の中で桜の木を燃やし、約3日間いぶし続ける。沼山大根は効率化のため格子状の棚に並べる。縄で編んで吊り下げたタイプのものは、知人からの委託による他品種の大根。
こちらがいぶし終えたもの。いぶされてもなお、青首の色は鮮やかに残る。このあと、麹、塩、米糠などで漬け込み、いぶりがっことなる。

——沼山大根を介して、みなさんが自分なりの関わり方をしていっているのはユニークですね。

田口さん
田口さん
独り占めしたくないんですよね。お金だけじゃなく、手が空いている人が手伝う、こちらの持っているものを全部見せていく、いいところは吸収しあう……そうやって繋がっていくような。

有機栽培って、そういうものだと思うんですよ。自分で作ったもので自分だけが稼いで……ということの、次の時代にいかないと。
今年は「農耕session」と銘打って、一般の方が田植えや収穫などの体験ができる企画も実施。30名ほどが参加したという。
田口さん
田口さん
自分が田んぼを無農薬でやりたいって言い出したとき、集落からは「周りと同じようにやってもらいたい」って言われたんですよ。でも、自分には思いがあったので反発してしまって……。
本来、一番応援してくれたかもしれない地域のみなさんの気持ちに背いてしまったことへの反省の気持ちもあります。なので、自分のやりたいことを認めてもらえるように、外からの力も借りながら形にしていけたらと思っているんです。
田口さん
田口さん
そして、この大根をちゃんと育てるっていうことが一番ですよね。失敗したら元も子もない。そこは信用ですから。「みんなに必要とされる野菜」に育てていきたいと思っています。

【T-FARM.】
〈Facebook〉https://www.facebook.com/tagooday/