


編集・文:矢吹史子 写真:船橋陽馬
夫婦二人三脚。髙橋旅館の「みやまいなり」
2019.11.27
上小阿仁村の国道添いに佇む「髙橋旅館」。この前を通るたびに、たくさんの看板やのぼりが目に入ります。 その中でも気になっていたのが「みやまいなり」の文字。旅館オリジナルのいなり寿司なのでしょうか? どんなものなのか気になり旅館を訪ねると、店主の髙橋健生さんが出迎えてくださいました。



——「みやまいなり」というのぼりが気になったのですが、これは、いわゆる「いなり寿司」なんですか?
髙橋さん- いやいや、お菓子なんだ。ふつうのいなり寿司の場合、ごはんを炊いたものを油揚げさ入れるでしょう? でも、うぢのは、油揚げの中にもち米、くるみ、松の実を入れでがら炊いでるの。
こごの他にも、上小阿仁の道の駅どが、秋田市のスーパーさも置いでもらってるよ。ほら、食べでみで。

——こちらは、旅館と一緒に食堂もやられているんですね。
髙橋さん- 旅館、食堂、出前もやってるし、仕出しもやって、菓子も作って。ここは観光地でもないし、温泉があるわけでもない。だから何でもやらないと。

——こちらの旅館はどのくらい続いているんですか?
髙橋さん- 180年くらいになる。ここは、昔、(北秋田市)阿仁の鉱山が栄えていたころ、秋田市と鉱山の、そのちょうど中間にあるというので、よく使われてきていたんだ。
——180年というと、ご主人で何代目になるんですか?
髙橋さん- 私でいま、7代目。72歳です。でも、昭和9年に火事で焼けてしまって、書き残されたものはなんも残ってないんだ。
いま、裏で女将がみやまいなりを作ってるがら、見でいぎますか?
——わ〜!ぜひお願いします!

髙橋さん- おじゃまします〜。

鏡子さん- ようこそ。これ、ちょうど今炊きあがったところです。

——きれいに並んでいますね!
鏡子さん- まずは、油揚げにもち米を生のまま入れてやる。そこに、くるみと松の実を入れて、もち米でフタをするようにしてから爪楊枝で留める。



鏡子さん- こうやって敷き詰めたら、醤油、砂糖、酒、水のタレを入れて。

——このタレが、くどくない甘辛さで最高でした!
鏡子さん- ここから1時間半煮るの。そして30分くらい蒸らしたあと、2時間くらい冷やしてから、半分に切って、パックする。だから、仕上がるまで5時間くらいかかりますね。

——ずいぶんと手間ひまがかかっていますね。これを1日どのくらい作られているんですか?
鏡子さん- 一つの鍋で40個しかできないんですよ。その日によって違うけど、多いときで400個作るときもある。今は少し落ち着いている時期だけど、12月に入ると、お土産なんかで忙しくなってくるからね。

——みやまいなりは、いつ頃から作り始めたものなんですか
髙橋さん- 平成18年くらいに作り始めたんだよな。
鏡子さん- 最初は「もち米があるから」という所から始まったんですよ。実家が百姓だから、米は十分に手に入るからってね。
——米を使って「新しい名物を!」と?
髙橋さん- 「名物にしよう」っていう頭はなかったな。ただ、米があるから何かに利用したほうがいいって。特別なことは考えていなかった。
——400個も作るとなると、もはやすっかり名物になったのでは?
鏡子さん- おかげさまでね。「たまたま当たった」っていうかんじ(笑)。何かやっていると当たることもあるもんだね。でも、油揚げを探すのが大変で。いろいろ使ってみたね。

髙橋さん- 開くことができない油揚げが多くてな。こうやって袋になってる、いなり寿司用の油揚げで、良いものを探したんだ。
——この味に辿りつくまでにも時間がかかったのでは?
鏡子さん- 常連のお客さんにも食べてみてもらって。「美味しい」って言われたところでストップかけてね。
——ご夫婦で一緒に試行錯誤された?
鏡子さん- (ご主人は)味見係よね。大きいとか小さいとかにもうるさいのよ(笑)。
髙橋さん- お客さんと直接やりとりするのは俺だから。たまに東京どが秋田のイベントにも出たりして。「美味しかった」とか「ちょっとしょっぱかった」とか聞いだごどを伝えて、作るのは女将。なかなか言うこと聞かないけどもな(笑)。
鏡子さん- ほかにもいろんなことをやってみたんだけどね。これと「ごまもち」がやっぱり人気だね。

髙橋さん- これ、俺が考えたごまもちの型。雨ドヨ(雨とい)を使ってるんだ。

——市販の型じゃないんですね!
髙橋さん- 小さい型だと、切った端っこがたくさん出てムダになるからな。長く作れるようにしたんだ。

——「みやまいなり」っていう名前もきれいですね。これは、鏡子さんが付けたんですか?
鏡子さん- 私の兄が、「みやま」っていう言葉が好きでね。
髙橋さん- 漢字で書けば「深山」。山の中、田舎っていう意味よ。上小阿仁をイメージしているの。漢字で書いたほうがわかりやすいかもしれないな。
鏡子さん- 「深山」って付けて、お弁当とか、他の商品もいろいろ作ってきたのよ。あ!ちょっと待ってね。


——賞状がいっぱい! いろんなコンクールに出されているんですね。この「深山プレミアム」というのは……?
鏡子さん- おそばにそういう名前を付けたの。うちでは、食堂でそばも出しているんですけど、ちょっと前に「エゴマ」が体にいいって盛んに言われたでしょ。それをそばに入れてみたりしてね。

——「そば羊羹」「フルーツほおずきドレッシング」っていうのもありますね。
鏡子さん- この羊羹を作ったのと同じ頃に、みやまいなりも始めたんですよ。ほおずきは、兄が畑をやってるから。みんな、ここにあるものでやっているのよ。
——ここには「あるもの」がたくさんあるから、いろいろできるんですね。
鏡子さん- でも羊羹もドレッシングも忙しくてできなくなっちゃった。今はいなりで精一杯。
——こちらに嫁がれてどのくらいになるんですか?
鏡子さん- 40年。語れば長くなりますけど(笑)。隣の集落からここにきました。そのころは、まだ宴会もたくさんあって、旅館業のほうで忙しかったんだ。旅館業は24時間の仕事だからね。
でも、20年くらい前からは宴会も少なくなってきて、自分も暇になってきて。それで好きなことやってみるかなって、やり始めたかんじ。
上小阿仁も、だんだん寂しくなっていっててね。みんな亡くなっていくし、若い人は出ていってしまうし……。

——でも、なんだかとても楽しそうに映ります。
鏡子さん- もう70歳を過ぎてしまって、疲れ切ってるのよ。朝は仕出しのお弁当づくりがあるから、5時からお弁作って。そして夕方までかけていなりを作って。
でも、時間に追われてやっているところがいいかもね。ほかになんも考えなくていいから。
——無心になって、没頭できる?
鏡子さん- そう。幸せだ。こういう生活もなかなかいいよ。
——今日はありがとうございました。
鏡子さん- なんもなんも、またこっちさ来たら、いつでも寄ってお茶っこしていってくださいね。

【髙橋旅館】
〈住所〉上小阿仁村沖田面字屋布91
〈TEL〉0186-77-2507