秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード

編集、文:矢吹史子 写真:高橋希

越える学校へ。「おらほ」の五城目小学校

2021.03.10

2021年1月、五城目町立五城目小学校が移転、新築され、動き出しました。新しい小学校のコンセプトは「越える学校」。これは、町民と町の教育委員会が年月をかけて話し合いながら決定したものだといいます。
この「越える」という言葉にはどんな思いが込められているのでしょう?

五城目小学校の校長、小玉史男こだまたかおさんと、五城目町教育委員会の猿田和孝さるたわこうさんにお話を伺います。

(写真提供:五城目町立五城目小学校)

エリアを「越える」

——「越える学校」。とてもインパクトのあるコンセプトですが、これはどういうところからきたものなのでしょう?

猿田さん
猿田さん
私は平成29年度から五城目小学校の新校舎づくりの事業に携わっているんですが、3年間で全10回のワークショップを行いながら町民と意見交換をしてきました。
小学校に関することって、みなさん、何かしら話せるんですよ。誰しもが通った経験や思い出があるので。それをもとに、どういった学校になっていくのがいいかを聞き取っていくなかで挙がってきたのが「越える」という言葉でした。
猿田さん
猿田さん
ここで大事なのが、「混ざる」ではなくて、あくまでそれぞれの間にラインはあるうえで、双方を行き来できるという意味での「越える」なんですね。

——壁がないわけではない。

猿田さん
猿田さん
はい。「越える」というと、「常識を越える」「限界を越える」などをイメージされるかと思うんですが、物理的な「場所」についても、越えていけたらと思っています。

というのも、新しい小学校の周辺には、広域体育館、温水プール、町民センターなどの「生涯学習エリア」があるんですが、そこと小学校を繋ぐような立ち位置の「メディア棟」を作りました。ここは、1階が地域の方が利用できる図書室、2階は小学校のメディアセンター(学校用の図書室、PCやタブレットを使用できる場)になっています。
メディア棟(写真提供:五城目町立五城目小学校)
2階メディアセンター。1階は2021年4月にオープン予定となっている。
猿田さん
猿田さん
こういった環境で町民が何かすることが学校に繋がっていくかもしれないし、学校でやっていることが町に繋がっていくかもしれない。そういったことを期待しています。

これまでの概念を「越える」

小玉校長
小玉校長
「越える」という意味では、学校の先生たちにも、今までのやり方を越えていってもらうことを期待しています。
小玉校長
小玉校長
私は、これまで全国でいろんな経験をさせてもらってきたんですが、その一つに沖縄県と秋田県の人材相互派遣事業交流の第1期生として2009年度、1年間、那覇市に勤務したことがありました。
文部科学省が実施している、全国学力・学習状況調査で長年上位の秋田県が、当時、全国でも下位にあった沖縄県に授業改善の視点を伝えるという役割でした。

2015年以降の全国学力・学習状況調査では、沖縄県も全国平均を大きく上回るようになりました。

——へ〜!! これまでの経験を踏まえて、今の教育の中で一番に変えるべきは、どういうところなのでしょうか?

小玉校長
小玉校長
やっぱり「外的要因にしない」ということですよね。これまでは、「早寝、早起き、朝ごはん」の規則正しい生活ができないうちは、学力は改善しないという考え方が大半で、今も、もしかしたらそうかもしれない。秋田の教育はそれがベースにあるからいい、というような言われ方もするんですが、じつは、いろんな調査をしてみても、沖縄の生活スタイルは変わっていないんですよ。だけど、上位になってきた。
小玉校長
小玉校長
ということは、今までは地域や家庭や社会のせいにしてきたけれど、実際はそうじゃないのかもしれない。やっぱり、授業が変われば、子どもも変わっていくんだということに気づき始めたんですよね。

——「外的要因にしない」というのは、教育に限らず大事なことですね。

小玉校長
小玉校長
そうですね。それから、「点検して評価する」ことと「やってみてダメだったら変える」という勇気がないといけないとも思っています。「やってしまったから、ずっとこれでいく」というよりは「やってダメだったら変えていく」。私はそういうことを全国で学んできたつもりです。じゃあそれを、この学校でどう生かしていくか、というところですよね。
小玉校長
小玉校長
私の理想は、子どもの声が聞こえる学級なんです。先生が常に喋り続けて、先生の声しか聞こえないのではなく、子どもが主体的に学んでいる学級。

じゃあ、どうやったら子どもがいっぱい話せるようになるのか。それにはやっぱりディスカッションする力が必要になってくる。そして、課題を自分ごととして受け止めて学べるようにすることも大事になってきます。そのためにやったことの一つが、「教卓を移動する」ということなんです。

——え!?

小玉校長
小玉校長
秋田の学校の教室の多くは、壁があって、ドアがあって、封鎖されていて、そこに担任の先生が一人いて、教室の中だけで学びが完結している。
そして、窓際の一番日当たりがいい場所に先生は机を置いて、そこで採点したり、資料を置いたりして、あたかもそこが教室の中心になっている。

——確かにそうでした。

小玉校長
小玉校長
その、机をなくそうとしたのが、沖縄の第一歩だったんです。沖縄の学校は暖かいので、全てオープンタイプの教室ではあったんですが、教室の前のほうに机があった。
本来、黒板の前は子どもたちの活躍の場所。そこに先生がいるのはおかしいでしょう?なので、その机を、一番後ろに持っていったんです。

——へ〜!!

教卓の足にはキャスターが付いていて、簡単に移動できるようになっている。教員が考えて、自ら変えていく形を目指している。
壁面にもなるべく掲示しないことで、目に入る情報が少なくなり授業に集中でき、プロジェクターなどの活用もしやすくなる。
小玉校長
小玉校長
そういったことを、ここでも少しずつ実践していこうと思っているんです。

——先生の立ち位置や教室そのものの概念を変えることで「学ばされている」という意識がなくなりそうだし、簡単に移動できることで、先生たちも、どういう形だとどういう効果が出るのかを試しやすくなりますね。

小玉校長
小玉校長
ただ、全てを一気に変えようとすると先生たちも疲弊してしまいますし、「こうでなければいけない」となると、違和感を抱く先生も当然いますよね。
まだ移転して1カ月。それぞれにこれまで培ってきたものもあるので、互いに理解しあいながら、一つずつ改善していくことができればと思っています。
教室前のホールの什器にもキャスターが付いており、用途に合わせて簡単にレイアウトを変えることができる。
「階段教室」は、100人前後収容することができる。プロジェクターで投影して海外と繋いでオンラインツアーを開催したり、総合的な学習の時間で大勢の前で発表する機会を多く設けて表現力を養えるようにしていく。

「おらほの学校」にするために

——小玉校長も猿田さんも五城目出身とのこと。長く地域を見てきたなかで、どのような変化を感じられていますか?

小玉校長
小玉校長
五城目小学校は一番多いときでは児童数が1000人(昭和40年代)を超えていたんですが、今は270人ほど。4分の1になっているんですよ。
そして、地域と学校の関わりも変わってきていて、「地域が学校を育てる」ということもありますが、「学校も地域に寄与していかなければいけない」という時代になってきているように感じます。

ここを見てもらおうかな。(金庫室へ案内いただく)
小玉校長
小玉校長
五城目町には、かつて小学校が8校あったんですよ。それが、統合、統合……となって、今は五城目小学校だけになったわけですが、それぞれの小学校の沿革史であったり、日誌や職員の記録など、資料がここに集まってきているんです。

——ここに、五城目の小学校の歩みのすべてがある。

小玉校長
小玉校長
これまでは、学校というのは、町の中の各地域のものだったわけですよ。各地域にとっての「おらほの学校」だった。でも今は、五城目町のなかの約30キロ圏内全ての子どもたちがここに集まっている。すなわち、町をあげての「おらほの学校」なんです。

ということは、これまでだったら、何もしなくても「おらほの学校」だったのが、これからは町に向けていろいろと発信していかないと「おらほの学校」になりにくいんですよね。
小玉校長
小玉校長
これは、五城目小学校の5年生が作った、ふるさとの絵が描いてあるシールなんですが、これをふるさと納税の返納品や東京にある県のアンテナショップなどで販売される物品に貼ることで、小学校と外との接点を作っていきたいと思っています。
猿田さん
猿田さん
学校が地域のためにできることを考えていっているんですよね。
小玉校長
小玉校長
こういったことを通して繋がりを作って、五城目から県外に出た人たちへ、この学校からエネルギーを送って、そこから新しい繋がりを作れたらいいんじゃないかと思うんですよ。
シール一つにしても、自分のやったことが形になって、ほかの人との繋がりになるというのは、子どもたちも楽しくなりますしね。
小玉校長
小玉校長
そういったことを、私たちがコーディネートしていく。それも、これからのこの学校の役割かなと思っています。

——「越える学校」を拠点に、町がますます面白くなりそうですね。

猿田さん
猿田さん
これまでの3年間、町のみなさんと積み重ねてきたことで、「自分たちの意見が入っている場所」となって、一歩足を運びやすくなればと思いますね。

そして、ワークショップを続けたことで、住民の考えを聞くこともそうでしたけれど、行政の考え方を伝える機会にもなったと思いました。お互いの距離を縮めていく、というのはとても大事だと思いますね。
猿田さん
猿田さん
それに、地域の人が入ることによって、子どもの選択肢が増えることになると思うんですよね。 個人の好みや学習思考を最適化していくなかで、画一的だったものがより有機的なものになったり、豊かになっていく。そして、この小学校の卒業生の思い出の中に「地域の人たちに支えられた」ということが残っていってくれたら嬉しいですね。
各教室からは五城目のシンボル「五城目城」「森山」「馬場目川」など自然や風景が見え、ふるさとを感じられるようになっている。
小玉校長
小玉校長
こちらに移転してから、子どもたちの意欲が高まっているんですよね。環境でこんなに変わるのかなっていうくらい。この意欲をさらに引き出していきたいですね。

そして、この小学校の立地は、ワークショップのもと地域のみなさんが選んだ場所なんですよね。町から子どもの姿が消えるのは嫌だからと、敢えて町なかにした。そこには「子どもたちの近くにいて、学んでいる姿を見ていたい」という地域の願いがあったんですよね。これは自然の流れなのかもしれません。

これから先の50年、100年を支える子どもたちを、そういう視点で育てなければならないということですよね。

【五城目町立五城目小学校】
〈住所〉五城目町上樋口字堂社8番地1
〈TEL〉018-838-1132
〈HP〉http://www.gojome-s.hs.plala.or.jp/