

「住んだ場所がたまたま映画館だったから」で
劇場を復活させた家族に聞いた「家」の話
2019.03.27
全国各地で、日本人が先を争うようにして映画館に駆けつけた昭和20年代。昭和27年(1952年)に開館した、秋田・大館市にある映画館・御成座もそんな劇場のひとつでした。
それから約50年。2005年には映画館としての役割を終え閉館し、それからさらに9年後、長らく廃墟のようになっていたこの劇場に目をつけたのは、千葉から大館に働きに来ていた切替義典さんです。
といっても、その建物がかつての映画館だったと気づかず、大人数で住めそうな大きめの物件だと思い内見したところ、中に真っ白なスクリーンと客席が現れて驚いたと言います。
その後、映画館だった建物の力に導かれるようにして、切替さんは、2014年7月に御成座を再オープン。映画館として営業を続ける現在も、この場所は切替さん一家の住まいでもあります。
昭和の雰囲気が色濃くのこる映画館にして、千葉から移り住んだ一家の住まい。
むしろこれって未来の映画館のあり方だとも感じさせられた、家+映画館=御成座の様子をご紹介しましょう。





——ご主人が家のつもりで借りられて、でもどうして、映画館として再オープンすることになったんでしょう。
- 9年間放置されていた劇場を、住めるようにって中を少しずつきれいにしていたら、「もしかして御成座復活するの?」って少しずつ噂が広まったみたいで。
ちょうど2014年は秋田で国民文化祭*が行われた年で、御成座で映画上映をやりたいって話もいただいたんです。ただ、閉館になったのはそれなりの理由があるわけだから、最初は主人も最初は断っていたんですけど、まあ、やってみてダメだったらすぐにやめればいいかって、お気楽主義でやることになりました。
※国民文化祭…全国各地から集結し、演劇や歌、演奏、民俗芸能、美術作品などの文化活動を発表し、人々が交流する場。
——お気楽主義っていいですね。
- ほんとにそうで、主人は単身赴任で先に大館にいて、劇場がオープンする直前に私たち家族は大館に移り住んできたんですけど、映画館がオープンしたら主人はまた仕事の都合で三重県に行ってしまって。
——え、映画館の運営は?
- 「おまえがやってくれ」って。主人は自由人なんです。私は、なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだってずっと嘆いてました(笑)。
——映画館の運営経験もないのにいきなり任されてしまった。
- そこは主人も私も何の経験もなくて、上映するためにフィルム技師さんだけは雇っていました。最初の1年は休む暇もなく、ほんとにいっぱいいっぱい。月曜から木曜まで本業の仕事をして、当時は金土日だけ映画館を開けて、それでも、上映後に掃除したりしていたら、もう20時、21時になってしまう。それから、寝ちゃってる娘を抱っこして、お風呂屋さんに連れて行って……。移ってきた頃は息子が小5で、娘が保育園児だったので。
——本業に、慣れない映画館の運営、そして、ふたりの子育て! それも縁のなかった街で。
- めっちゃ大変でした(笑)。


どうしても気になるのは家としての住み心地。
かつては、劇場に住みこみで働くというのは珍しい話ではなく、御成座にも昔、支配人や技師が住んでいた痕跡が劇場の2階や裏手に残されています。だからこそ、切替義典さんは御成座を家として借りたわけですが、長年放置されていたこともあってお風呂は使いものにならず、建物の老朽化にともなって、雨漏りなどもしているそう。

——映画館って住みやすいものですか?
- 正直、住みづらい(笑)。寒いし、狭いし、ほんとにメリットは少ない。スクリーンで好きに映画を見られるくらいで。
——狭いという実感があるんですね。
- 空間は大きいけど、住めるスペースとしては決して広くないんです。
——切替さんにとっては、ここは家なのか、映画館なのか。そのあたりの意識はどうでしょう。
- あくまでも家で、映画館は後付け。スクリーンがあったからオープンにしているというとおこがましいけど、地元のよく来てくれる方々も、映画館と家と半々くらいで思ってらっしゃるんじゃないでしょうか。 劇場の2階に子ども部屋があって、以前、そこで息子が縦笛の練習してたことがあるんです。そしたら、劇場の中まで聞こえちゃったらしくて、すぐにあやまったんですけど、「あーなんもなんも。お兄ちゃんのこと、怒らないであげてね」って感じで言ってくださったこともあって。娘なんて上映前の劇場で鉄棒したりしているから。もちろん、それを許してくれるお客さんばっかりではないですけどね。





どんな住まいなのか気になって仕方がないので、私たちも2階も拝見させてもらいました。









「普通の家に住みたい」と子ども達から声があがることもあったそうです。実際、小学5年生まで千葉で暮らしていた長男は、千葉で寮のある高校へ進学を決めました。
- どうしてお兄ちゃんだけ千葉に送り出したかといえば、映画館のよさ、秋田のよさも、離れてみないとわからないんです。御成座だって閉館して、長く放置されていたわけで、私たちのような外から来た人間だからやってこられたところもあります。ずっと同じ土地にいたら当たり前すぎて、気づけないことも多いんだと思う。
——お兄ちゃんも御成座で暮らしたこの5年の体験について、いずれ何か思うことが出てくるかもしれないと。
- 何も思わないかもしれないけど、それはわからない。だけど、未来のある子どもたちがこういう場所を残したいと思わなければ、ずっとは残せないと思うから。一方で、娘は保育園の頃からここに住んでいるからか、将来の夢が「映画館の人」なんですよ。
——頼もしい。
- 映画館で働いているお母さんの姿を見て、そうなりたいって。こっちでは、映画館に行ったことないという若い人も結構いますから、私も映画館のよさをもっと若い人に知ってもらいたいという気持ちはあります。
——映画館という場所への愛着も湧いてきた。
- ダメだったらやめればいいって、私たち夫婦は今でも思ってますけどね(笑)。けど、何かの縁があって私たちがここに移ってきて、映画館を復活させることになって、やれるところまではやりたいし、そういう運命かなとは思ってます。主人はこの映画館に引き寄せられたんだって言ってますけど。









さまざまなメディアに取り上げられたことで、各地から御成座目当てに大館を訪れる人も増えてきました。それでも、切替家にとってここは借りている家。そしてこの7月には、オーナーさんから土地と建物を買い取るか、あるいは更地にするかの選択を迫られているそう。そのため、御成座では劇場を残すためのクラウドファンディングも始める予定。
——映画館って儲かるものですか。
- 全然ですよ。映画館としては復活してからもずっと赤字で、本業で補ってきました。映画上映で200席満席になったことは一度もないし、たとえ劇場を買い取ることができたとしても、この先も映画で儲かるということはきっとないと思います。
——それでも劇場を買い取るまでの思いが湧いてくるものですか。
- やめてしまったり、更地にするのは簡単だから。これも何かの縁だから私たちがやれるところまでやる、それだけです。全国にこういった昭和の映画館を残そうって話はあるみたいですけど、そのほとんどは映画好きが集まってNPOを立ち上げて、という形だと思います。私たちにとっては、まずここが家だから。映画とは畑違いなんだけど、だからこそ生まれるストーリーもあるのかなって。




そして現在、番組編成や映画技師として、映画館業務全般を担っているのが遠藤健介さん。かつて働いていた東京・新橋の映画館が閉館になったところで、御成座で人を探しているという話が舞いこみ、「明日の上映から人がいない」という声に応じて、話を聞いた翌日には大館へ移ってきた! それから4年ちょっと、遠藤さんも御成座の2階に住みこんで働いている。

- とても急なタイミングで考える余裕もなかったから、こっちに来る決断ができたのかなと思います。東京の劇場とは距離感が全然違いますね。東京では一人ひとりのお客さんとコミュニケーションをとる機会ってあまりなかったけど、ここは顔見知りになった常連さんと世間話をするというのも当たり前だし。こういうのんびりした世界もいいなって。
——映画好きとして、家にスクリーンがあるというのも夢のよう。
- そこは慣れちゃった面もあるかな。休日もどんどん自由に映画を観られたらいいんだけど、上映の音が住んでいる部屋に筒抜けだから、気を遣うところもあって。決してひとりで住んでいるわけじゃないですから。
——そうか、2階には切替さん一家もいるから好き放題に観られるわけでもない。
- そうそう。子どもたちにもナメられてるんで、怒られるでしょうね(笑)。ウサギを一番かわいがっているのも僕だと思うけど、子どもに「遠藤さんのウサギじゃないんだからね!」って叱られたりして。 フィルム上映できるスクリーンがあって、いまでも絵看板が描かれて、ロビーで子どもが宿題をしていて、ウサギがいてという環境は、全国でもここしかないと思います。それはとても貴重なことなので、もっとお客さんを入れてお金がまわるようになればいいんですけど。


さまざまな業態がチェーン化して、快適で効率のいい店舗が増えていく一方で、その方向を極めていけば、すべて無人ストアやネットショップへと行き着くことになりかねません。
個人のサイズでことを動かしたり、始めたりするためには、そこに住まうこと、家で始めてしまうことが新たな可能性を開くように思います。それは小売や飲食業だけでなく、映画館のような公共性の高い場所だったとしても同じこと。
これからのクラウドファンディングと御成座の行方はまだわかりませんが、住まいと映画館を両立した場所として、そのあり方を長く保ち続けてほしいと願わずにはいられません。
御成座で家のチカラを教わったような気がします。

【御成座】
〈住所〉大館市御成町1-11-22
〈TEL〉0186-59-4974
〈開館時間〉基本 9:00〜18:00(映画上映やイベント時は異なるため要確認)
〈休館日〉水曜日
〈HP〉http://onariza.oodate.or.jp/
〈Twitter〉https://twitter.com/OdateOnariza