秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード

編集・文:矢吹史子 写真:高橋希

今を生きる。自粛期間を経て、わらび座が掴んだもの。

2020.07.08

「わらび座」は、仙北せんぼく市にある「あきた芸術村」という施設を拠点に活動する劇団。
芸術村内の「わらび劇場」での公演のほか、国内外、学校などでも公演を行い、年間公演数は約800回。動員数は、劇団四季、宝塚歌劇団に次ぐものといわれ、来年には創立70周年を迎えます。

そうしたなか、このたびの新型コロナウイルスの影響で、3月から、公演はおろか、稽古の自粛をも余儀なくされました。「観客を前に演じる」という、これまで当たり前だったことができなくなるという状況下で、役者たちはどのようなことを考え、過ごしてきたのでしょう?

今回、2人の役者に話を伺ってみると、彼らはこの期間を通して、わらび座の根幹といえるものを改めて掴み、動き出しているのがわかりました。

はじめにお話を伺ったのは、三重野葵みえのあおいさんです。

三重野葵さん、インタビュー

入座18年目の三重野さん。ご両親がわらび座の座員という「わらび座2世」。8月から始まるミュージカル「松浦武四郎」では主役を務める。

——公演ができない期間、三重野さんはどのように過ごされていましたか?

三重野さん
三重野さん
「会社を倒さないために、何ができるのか」を常に考えていましたね。
僕は、わらび座の役者の代表をやっていることもあって、役者からは鈴木裕樹ひろきと二人、この状況を乗り切るための会社の緊急対策会議に参加したんですよ。

——わらび座として「具体的にこうしていこう」と掲げたのはどんなことだったんでしょうか?

三重野さん
三重野さん
まずは、3月の公演が全部なくなってしまったので、その段階で支援金のお願いを始めたんです。自社製品を返礼品に、一口1万円で全国に募りました。
それから、自社製品として、田沢湖ビールや森林工芸館の製品があるんですが、これらをオンラインでどう売っていくかということを考えたりしました。
あきた芸術村内には、大小の劇場のほか、クラフトビール「田沢湖ビール」のブリュワリー、温泉施設、ホテル、食事処、農園、工芸館、コワーキングスペースなども設けられている。(写真提供:あきた芸術村)

——支援金のことは、メディアでもかなり話題になっていましたね。

三重野さん
三重野さん
おかげさまで、一億円以上、4千人近くもの方が支援してくださいました。

——すごい数ですね!

三重野さん
三重野さん
はい。本当にありがたかったですね。それでも、お金が集まっても公演ができる見込みはない。公演の目処が立たないので、稽古もストップ。雇用調整助成金を申請し、休業するという判断に至りました。

そして、その間「援農えんのう」といって、お世話になっている周辺の農家さんに、ボランティアで農業を手伝わせてもらいに行ったりもしました。
(わらび座 Facebookより)

——「稽古ができない」という状況は初めてだったのでは?

三重野さん
三重野さん
そうですね。「稽古に追われる」ということはありましたけど(笑)。でも、この期間で、個人的には、読みたかった本、観たかった映画、舞台作品、できなかった体づくり……と、日々できなかったことに集中することができました。同じように、ほかの役者たちもそれぞれに考えて動いていたようです。

—— そういう期間を経て、公演がスタートできた喜びは大きかったのでは?

三重野さん
三重野さん
僕自身はまだ舞台に立てていないのですが、上演中の「空!空!!空!!!」には、なぜか、今のこの状況にぴったりのセリフがあったりするんですよね。わらび座の舞台って、そういうことが多いんですよ。
6月から公演開始となった、ミュージカル「空!空!!空!!!」。(画像提供:わらび座)

——どのお話もそうですが、見る側のそのときの気持ちに不思議とフィットするシーンがありますよね。今回の舞台も見させていただきましたが、メッセージがしっかり込められていて、元気が出ました!

わらび座が生きていくために

——それにしても、役者さんが会社の運営についても考えるというのには驚きました。

三重野さん
三重野さん
これまでは「会社として稼ぐこと」と、「自分がやりたいこと」って、ちょっと離れている感じがあったんですけれど、もっと密接に考えなければいけないというのを感じて、今まで以上に「わらび座が生きていくためのこと」を考えるようになりました。
三重野さん
三重野さん
元々、この状況であってもなくても、「わらび座として、一つの舞台をどう届けよう」ということを、全員が考えてきたと思います。役者も、スタッフも、裏方さんも。

そして、わらび座の役割というのは、劇場から出てきたときに、来る前より、ほんのちょっとだけ元気になってもらえるような舞台を届けるということだと思っています。
一生懸命生きている人、苦しみながら生きている人、希望を探している人に対して、寄り添う舞台を目指しているんですね。
三重野さん
三重野さん
でも、会社がなくなってしまっては、その後押しができなくなるし、作りあげてきた僕らの舞台人生もなくなってしまうということですから。

だから、絶対にわらび座をなくしたくない。そのためなら、なんでもやろうと、これまで以上に危機感を持って考えるようになりましたね。
(わらび座 Facebookより)
三重野さん
三重野さん
援農で農家に伺ってみてもよくわかったんですが、農業という場でも、経営について真剣に考えてらっしゃる農家さんはやっぱり強い。

減反をしても、そこで季節ごとに違う作物を育てていたり、後継者問題も多いなか、若い働き手を募るためにアプリを活用しようとしたり。試行錯誤して、いろいろな方法で生き残ろうとしている。

届けたいもの

——後継者というところでは、わらび座は今、どういう状況ですか?

三重野さん
三重野さん
若い役者には女性が多いですね。それは素晴らしいことなんですが、男手がもっと欲しいですよね。

——入座する人たちというのは、どういうところに憧れて来るんでしょう?

三重野さん
三重野さん
「実際に舞台を見て」という人がほとんどなんですけれど、「なんでか知らないけれど、舞台中、ずっと涙が止まらなかった」とか「自分も向こう側(ステージ)に立ちたい」と思った、とかは聞きますね。それは、我々が届けたいものが届いた、ということなんだと思うんです。

——三重野さんの「届けたいもの」とは、どんなことですか?

三重野さん
三重野さん
みんなが関わって、そこで共存している。それは、人間だけじゃなく、自然、大きくいうと地球との関わりだったりもする。
それって、楽しいじゃないか、素敵じゃないか、忘れちゃいけないことなんじゃないか……そういうことが伝わる舞台を作りたいと思っていますね。

——「役者を仕事にして秋田で生きる」というのが、なかなかイメージしづらいようにも感じます。

三重野さん
三重野さん
わらび座は、まずはみんな演劇が好き。そして、もう一つ大事な魅力として、「演劇をしながらお給料がもらえる」ということがあります。

そういう環境は、じつは劇団四季と、宝塚と、わらび座ぐらいなんですよ。

——日本三大劇団の一つですからね!

三重野さん
三重野さん
劇団四季や、宝塚には大きな親会社がついていますが、わらび座には何もないんですけど(笑)。

でも、裏を返すと、今回支援してくれた4千人の人たちをはじめ、ファンのみなさんに支えられているということなんですよね。そして、先輩たちがいかにお客様に寄り添ってきたかという証だと思っています。

わらび座の芯

——「寄り添う」という意味では、舞台もそうですが、修学旅行生などを受け入れて、演劇や民族芸能の体験を行っていますよね。そうやってリアルに体感できる場こそがわらび座の魅力だと思いますが、これからは制限も多くなってきそうですね。

三重野さん
三重野さん
「お互いの鼓動が伝わらない」というのは、厳しいところです。

でも、最近は歌舞伎でもzoomを使ったり、三谷幸喜さんの舞台ではソーシャルディスタンスを図れるような方法を取り入れたりしています。

そうやって、今だからこそできる方法を、我々も、考えていかないと。
修学旅行生たちの踊り体験の様子(写真提供:わらび座)

——形は変えなければならないなかで、変えることができない「わらび座の芯」というのは何だと思いますか?

三重野さん
三重野さん
「今と生きていく」ということでしょうか。

ただ、現代に生きている人に作品を届けるには、一緒に進んでいくのではなく、我々は、ちょっとだけ前を進んで行かないといけないと思うんです。進みすぎると前衛的になってしまうから、ちょっとだけ前に。

そのためにできることを考えていこうと思っています。まだまだ現在進行形で、日々、必死です。

続いてお会いしたのが、入座15年目の鈴木裕樹さん。
6月から公演がスタートした「空!空!!空!!!」にも出演中ですが、午前の公演を終えたばかりのなか、お話を伺うために案内された場所は、芸術村敷地内にある庭。

鈴木さんは、ここで日々、薪割りをしているとのこと。

鈴木裕樹さん、インタビュー

——自粛期間はどうされていたんですか?

鈴木さん
鈴木さん
僕は、休みの期間中は、一切台本を開かなかったんです。

——え?! それはどうして?

鈴木さん
鈴木さん
一回、気持ちを切り離したかったんですよ。

公演自粛になったのは、「空!空!!空!!!」の身内向けの公演が済んで、4月11 日からの公演開始を控えていた時期でした。

当然、自分のなかで「これでいい」ということはなかったんですけれど、いつ再開できるかわからない中で、ずっと気持ちを繋げていくというのはしんどいように思えて、一旦離れてみました。
鈴木さん出演中のミュージカル「空!空!!空!!!」より。(写真提供:わらび座)

農業から学んだ、美しさ

——では、その期間、どう過ごしていたんですか?

鈴木さん
鈴木さん
僕は地元が隣の大仙だいせん市で、実家や親戚が農家をやっていて。
でも、昔から手伝うような子どもでもなくて、そのまま農業を経験せずにわらび座に入って。

そうすると農繁期の4月、5月というのは、まず、手伝えないスケジュールなんですよね。
でも今回、そこへバイトという形で働きに行ったんです。
鈴木さん
鈴木さん
これまでは、家族や親戚のなかでの僕の立ち位置は「農家から離れた人間」だったんです。でも今回、結構しっかりがんばったんですよ。

そうしたら、「なんだ、裕樹もやるようになったねが!」って思ってもらえたようで、疎遠になっていた親戚とも、徐々に徐々に心の距離感が縮まっていって、お互いにとっていい時間を過ごすことができたんですよね。
鈴木さん
鈴木さん
そして、そこで「家族で仕事をする」ということの美しさに、魅力を感じたんです。
家族で仕事をしていると、お互いが次に何をしてほしいのか、会話を交わさなくてもコミュニケーションが取れているのが、すごく美しくて。

——演劇にも通じるところがあったのでは?

鈴木さん
鈴木さん
そうなんです。わらび座では、民族芸能の舞台もやってきましたけれども、今まで自分がやってきたことは、ちょっと違ったなって思えて。

舞台を通して本当に伝えたいのは、ずっとこうやって暮らしてきた人の繋がりの美しさなんだなっていうことを、農家での経験を通して知りました。
派手なことをしていなくても、連携、コミュニケーション……あれは、表現として通用するものだなって思いましたね。

一番近くにいる人が、一番遠い

鈴木さん
鈴木さん
それと同時に感じていることがあって。
例年、ゴールデンウィークにわらび劇場の周辺地域では側溝の泥上げをするんです。でも、みなさんが泥上げをしている一方で、賑やかにやっているわらび座をどう見ていたんだろうって思うんですよね。

——「自分たちには関係ないもの」と一線を引いているかもしれませんね。

鈴木さん
鈴木さん
一番近くにいる人たちが、一番遠いんですよね。そんなふうに、今まで考えられなかったことも思うようになったし、これからは、近くに暮らす人たちともっと繋がっていかなくちゃいけないなって。

わらび座としても、援農をしましたけれど、これを今年だけのイベントにせず、これからの日常にしていかなきゃならない。

——どれだけ本当に土地の仲間になっていくかは、大きな課題ですね。

鈴木さん
鈴木さん
もう一歩踏み込んでいかなくちゃいけないなって思います。

ぶち当たった、役者の本質

——今回の農業での経験も大きなものだったと思いますが、鈴木さんがはじめにわらび座の芯の部分を感じたのは、どういうタイミングだったんでしょう?

鈴木さん
鈴木さん
僕は元々、歌ったり、踊ったり、人前に立つことが好きだったんですよ。それが仕事になるならと思ってわらび座に入りました。だから、入ったころは、目立ちたい、モテたいっていうのが一番でした。
鈴木さん
鈴木さん
23歳で入って、28歳のときに「アトム」という舞台で、全国公演、初主役を務めたんです。その初日の会場は広島でした。
その舞台のなかで、親友を殺されて「復讐だっ」て向かっていく周りの友だちを止めるシーンがあったんですよ。

その公演が終わったあと、お客さんからクシャクシャになったアンケート用紙をもらったんです。そこには「本当に大事な人を奪われた人の悲しみ、喪失はあんなもんじゃない、この舞台ではなんの救いにもならない」と書かれていたんです。
鈴木さん
鈴木さん
舞台というのはフィクションではあるけれど、似た体験をした人がいたりもする。そういう人に、前を向く力を届けるのが、舞台の仕事であり、本質である、ということを、初日にしてぶつけられたんですよ。

——すんなり受け入れられたんですか?

鈴木さん
鈴木さん
当時は受け止め切れませんでしたよね。「俺だって一生懸命やってるんだよ」って。
でも、いま、もし同じような状況になったら、逃げの言葉を発するような姿勢にはならない自信はあります。

——でも、そう言ってもらえたことは幸せですね。

鈴木さん
鈴木さん
そうなんです。初公演の初主役の初日。そのタイミングで、伝えていただけたのは、ありがたさしかないですよ。

——舞台というのは、そうやって、観客と一緒に作っていくものなのかもしれませんね。

鈴木さん
鈴木さん
自粛明けで、観客を劇場に入れられるようになって「心が生き返りました」というようなアンケートをいただけると、自分たちが思っている以上に、お客さんは舞台に力をもらっているんだなってわかりますね。
鈴木さん
鈴木さん
薪割りを始めて4年くらいになるんですが。やっていると五感が刺激されるんですよね、風とか、花の匂いとか。でも、舞台上っていうのは、自分の中で想像しなくちゃいけない。

——農業といい、薪割りといい、肌で感じられる部分を大事にしていくと、演じ方も変わってきそうですね。

鈴木さん
鈴木さん
「空!空!!空!!!」も、庭で仕事してから初日を迎えて。もはや精神安定剤です。
これからは、こういうところに片足を突っ込みながら演じていきたいと思っています。

【わらび座(あきた芸術村)】
〈住所〉仙北市田沢湖卒田字早稲田430
〈HP〉https://www.warabi.or.jp/
公演中の「空!空!!空!!!」ほか、各種情報はHPよりご確認ください。

<三重野葵さん出演ミュージカル「松浦武四郎~カイ・大地との約束~」 が仙北市で公演決定!>
日時:8月14日(金)14:00開演
   8月15日(土)10:30開演
会場:仙北市民会館
主催:わらび座 共催:仙北市
お申し込み・お問い合わせ:あきた芸術村予約センター
(tel : 0187-44-3939  E-mail: gekijyo1@warabi.or.jp