秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード

編集・文:矢吹史子 写真:高橋希

タザワコサウナで、地方も「ととのう」?!

2021.09.15

サウナで「ととのう」という体験、したことはありますか?
サウナ、水風呂、休憩(外気浴)を繰り返すことで起こる温冷刺激によって、一種の陶酔感を得ることをサウナ愛好家たちの間では「ととのう」と表現し、この感覚を求め、サウナを楽しむ人が急増。ここ数年で全国各地にサウナ施設が誕生しています。

2020年8月、仙北市にもサウナ施設がオープンしました。その名は「タザワコサウナ」。
田沢湖といえば、日本一の深さを誇る湖であり、秋田県有数の観光地。この地に生まれたタザワコサウナは、まさにその湖畔にテントを建て、薪ストーブを焚いてサウナにし、温まったら湖水浴をしてクールダウンできるというものなんです。この、秋田の自然を生かしたタザワコサウナを訪ねてみました。

テントを訪ねると、オーナーの八嶋誠やしままことさんがお待ちかね。早速、ご案内いただきます。

こちらが室内。テントは1枠2時間の貸切で12000円。6名まで利用可能。中には薪ストーブが組み込まれており、最大120℃まで上昇。体感は140℃にもなるという。
今回サウナを体験するのは、仙北市に暮らす、けんすけさん、はるなさんの二人。けんすけさんはサウナは大好きなもののテントサウナは初体験。はるなさんはサウナの熱さがあまり得意ではない様子。
八嶋さん
八嶋さん
テントサウナに10分、湖水浴を10分、砂浜での外気浴を10分の計30分を目安に、2時間で4セットくらいをこなしていく方が多いんですが、基本は貸切なので自由に過ごしてください。
テント内では、二人のようにTシャツや水着着用で過ごすことができる。高温になるため、スマホやコンタクトレンズはNG。二人が被っているのは「シラカミサウナハット」。藤里町の羊の毛で地元のお母さんたちが手作りしたもので、のぼせや髪の痛み防止となる。
薪ストーブの上のサウナストーンに水をかける「ロウリュ」をすると、体感温度と湿度を高めることができる。
白樺の枝葉を束ねた「ヴィヒタ」で室内で扇ぐと、香りが漂いリラックス効果がアップ。
テントサウナの向かいにある「湖畔の杜レストランORAE」では地ビールやソーセージを購入することも。ソーセージ用のホルダーで焼きながらサウナを楽しむのは、本場フィンランド式。

二人がサウナ体験をしている間、八嶋さんにお話を伺っていきます。

サウナが秋田の健康を支える?

——この事業を始める前は県外にいらしたんですか?

八嶋さん
八嶋さん
はい。僕は仙北市出身で、大学進学を機に東京へ出て、不動産や広告代理店で働いていたんですが、2年前に戻ってきました。

——八嶋さんとサウナとの出会いはどんなものだったのでしょう?

八嶋さん
八嶋さん
勤めていた広告代理店は、仕事が終わるのが夜遅い職場でした。心身ともに疲れてしまって、体を癒そうと近所の銭湯に行っていたんですが、そこで熱いお風呂と水風呂の交互浴をしていたら気持ちよくて。それを友だちに話したら「それ、サウナだよ」と。
そこからいろいろなサウナに行っては、より「ととのう」ように、水温やサウナの温度、外気浴の仕方なんかを自分なりに研究していきました。

——そこからサウナを事業として始めるまでに至ったのには、どんなきっかけがあったんでしょう?

八嶋さん
八嶋さん
帰省するたびに田沢湖に遊びに来ていたんですが、サウナが好きになって以来、「田沢湖が水風呂だったら気持ちいいだろうな」って思うようになって。 というのも、サウナの本場のフィンランドでは、湖畔にサウナ小屋が佇んでいて、体を温めた後に湖にダイブするという習慣があるんです。それを日本で、しかも田沢湖で再現したら気持ちいいだろうなっていう、完全に私欲からのスタートです(笑)。
八嶋さん
八嶋さん
それと、親父が他界したのは大きいのですね。秋田県民は高血圧からくる疾患になる方が特に多いといわれていて、実際、父も高血圧でした。

サウナは高血圧罹患率を下げやすくするとされています。そのことを啓蒙していけば、予備軍ともいえる自分たち世代も意識的にサウナに入って予防することができるんじゃないかと。

そんないくつかの思いを持つなかで、秋田県の「秋田若者チャレンジ応援事業」に採択いただいたことを機に、本格的に事業化していきました。
10分ほど経過し、汗びっしょりの二人。
湖水浴に向かった二人。この日の水温は20℃以上と入りやすい温度でしたが、初心者の二人は「冷たくて浸かれない〜!」ということで、急遽、水遊びに。湖は遠浅になっており、50メートルほど進むと胸まで浸かることができる。
砂浜で外気浴。ちなみに、本場フィンランドのサウナでは湖などがあれば入るものの、あえて水風呂を用意することなく、サウナと外気浴を楽しむのが基本とのこと。

サウナを通して見えたもの

——スタートして1年、反響はいかがですか?

八嶋さん
八嶋さん
じつは、今年の6月からずっと満席なんですよ。今年に入ってメディア露出も増えて、今は7〜8割が秋田県内の方ですが、全国のサウナ好きにも広がってきているように思えます。

——素晴らしいですね! みなさん、どんな楽しみ方をされているんでしょう?

八嶋さん
八嶋さん
元々サウナ好きだった方は2時間で6セットこなしたり、2枠(4時間)体験されたり。女性一人で来られることもあります。

先日は、おじいちゃんおばあちゃん、娘と婿、孫という家族3世代で来て、交代でテントに入っていたんですけど、おじいちゃんとお婿さんが一緒に入ってちょっとぎこちなそうにしていたり、おじいちゃんとおばあちゃんが喧嘩していたり(笑)。サウナの中でいろんなコミュニケーションがなされるわけですよ。そういうのがおもしろくてね。

——サウナを介して人間模様が見えてくるんですね!

八嶋さん
八嶋さん
この事業の立ち上げの際にも「コロナ禍で家にいることが多い中、自然とともにサウナを楽しみながら、会話も生まれて笑顔になっていく……」という場所を目指していたんですが、実際そうなってきていますね。

——季節的にはいつがおすすめでしょう?

八嶋さん
八嶋さん
サウナ好きの方だったら、湖の水温が15度前後になる秋の後半や春の始めがいいと思います。ファミリーや初心者ならば、水温が高いので夏が入りやすい。ガチな方は冬がおすすめですね! 雪にダイブするんですが、痺れますよ〜。湖に入らずとも外気浴で十分です。

——さすがに冬は恐ろしいですね……。でも、「この景色を見ながら」というのが、何より最高ですね。

八嶋さん
八嶋さん
そうなんです。夕焼けの時間もいいし、朝は静かでプライベートビーチのようにもなります。サウナが目的で来た方も、湖のほうのファンになってしまうんですよね。

——田沢湖って、観光で来てボートに乗るということはあっても、湖に入るというイメージはなかったように思えます。

八嶋さん
八嶋さん
僕もそうでした。でも、サウナというフィルターを通すだけで、田沢湖が新しく映りますよね。季節によって温度も違うし、風も日によって違う。そういう魅力を知ってか、4割近くがリピーターなんですよ。

——そんなに!

八嶋さん
八嶋さん
一度来た人が仲間を連れてもう一度来て、その仲間がまた別の仲間を連れて……となっていくんですよ。

サウナを入口にして

——それでも、サウナだけで生計を立てるのは大変なのでは?

八嶋さん
八嶋さん
じつは、サウナのほかにSNSのマーケティング事業をやっていて、どちらかというとそちらが本業なんです。自治体や県内企業に向けて、主にインスタグラムまわりの運用サポートをしています。

——広告代理店時代に培ってきたものを生かして?

八嶋さん
八嶋さん
そうですね。場所を問わない仕事なので、ここで薪をくべながらパソコン作業をして、疲れたら湖でクールダウン、みたいなこともできるんですよね。東京にいた頃と比べると、生活の質ががらっと変わりましたね。

地方はデジタルを促進しないと厳しいところもあります。実際、最近は田沢湖周辺の企業も代替わりをしていて、その知識や技術を求めているところも多いんですよね。

サウナを始めたのも、この場所でSNSを使って集客することができれば、それが一つの事例になる。そうなればSNSの仕事をアピールする場にもなると思ったんです。
利用者にオプションとして提供される珈琲。じつは八嶋さんは「曇坂くもりざか珈琲」という屋号で珈琲の焙煎もしている。サウナ後は味覚も敏感になって、より美味しく感じるという。飲み物はこのほか、ハーブティーも選べる。

——サウナ、SNSの運用、珈琲……ご自身のこれまでの経験や興味を、サウナという場でアウトプットしているんですね。

八嶋さん
八嶋さん
自分がこの町に欲しいもの、必要なものを自分で作っているという感じですね。
これから、町にカフェのような場所も作って、地元民と関われる場、外部から移住したり起業したりする人たちのハブになる場にしていきたいと思っています。

——何足ものワラジを持つと、仲間も必要になってきますね。

八嶋さん
八嶋さん
そうですね。僕のやり方に魅力を感じてくれる若い人も増えているように感じます。お客さんとして来ていた方が、企業に勤めながらも毎週末手伝いに来てくれたり、SNSで繋がった10代の子がプロモーション用の動画や写真を撮影してくれたり。湖の清掃にも仲間を連れてきてくれたりするんですよ。でも、もっと仲間がほしいです。

——八嶋さんがされているさまざまなことを入口にしてまだまだ繋がっていきそうですね。お!スタートから約2時間。お二人が体験を終えたようですね。いかがでしたか?

はるなさん
はるなさん
もともと、サウナ自体は苦手だったんですけど、景色を見ながら過ごせるのが気持ちよかったですね。ふだんは二人でサウナや温泉に行っても別々になってしまうけど、一緒に過ごせるのも嬉しかったです。
けんすけさん
けんすけさん
こういう楽しみ方ができるなんて、新鮮でしたね。普段のサウナとは全く別物でした。涼しくなった秋も気持ち良さそうで、また来てみたいです!

——八嶋さんの、これから目指すところは?

八嶋さん
八嶋さん
今テントを設営している場所は仙北市が管轄するエリアで、「仙北ニューネイチャー・ツーリズム」という、新しいアクティビティの提案をする事業の一環で実験的に貸してもらっている状況なんです。 近い将来、場所を変えて、フィンランドのように湖畔に小屋を作って、より楽しめるような場を作るのが目標ですね。

【タザワコサウナHP】
https://tazawakosauna.com/