トージ・コージ! 〜福禄寿酒造編〜

「発酵デザイナー」という肩書きを持つコージのプロフェッショナル、小倉ヒラクさんが、秋田の酒蔵を訪ね、酒造りのリーダーである「杜氏トージ」にお話を伺うこの連載「トージ!・コージ!」。
今回は、秋田市から車で北へ約40分、500年以上続く朝市があることでも知られる、五城目ごじょうめ町へ。この町にある「福禄寿ふくろくじゅ酒造」を訪ね、16代目蔵元の渡邉康衛こうえいさんにお話を伺います。この蔵の代表銘柄「一白水成いっぱくすいせい」が生まれるまでには、蔵の大きな変革があったようです。
写真:船橋陽馬

小倉ヒラクさん

発酵デザイナー。「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、東京農業大学の醸造学科研究生として発酵を学びつつ、全国各地の醸造家たちと商品開発や絵本・アニメの制作やワークショップをおこなっている。2017年に『発酵文化人類学』(木楽舎)を出版。

福禄寿酒造へ

小倉ヒラクさん

ヒラク
福禄寿さんの創業はいつごろなんですか?

渡邉康衛さん

渡邉
1688年、今年でちょうど330年。この地でずっと酒造りをしてきています。この蔵の建物は約230年前のものといわれていて、蔵の一部は文化財に指定されているんですよ。
ヒラク
へ〜!
渡邉
うちは、10月上旬に酒造りをスタートして、3月下旬に甑倒こしきたおし(仕込みを終えること)、仕込んだ酒を絞り終えるのが4月下旬。酒を保存するための「火入れ」が終わるのが5月中旬。そのあと、翌年用の田植えが始まって、稲刈りが9月下旬。そしてまた酒造りが始まる……そういうローテーションがここ3年くらい続いていています。せっかく北国にある蔵なので「寒づくり」っていう、寒いシーズンに酒造りをするスタイルでいきたいなと。
ヒラク
この蔵、かっこいいですね〜。
渡邉
うちには仕込み蔵が2つあって、ここと、もう一つは冷蔵庫の中で仕込めるようになっています。こちらで仕込むのはハイスペックな酒、冷蔵庫のほうでは普通酒や本醸造なんかを仕込んでいます。本来なら、ハイスペックなほうこそ冷蔵庫で管理してやったほうが良いように思えるんですが、うちはハイスペックな酒ほどその年の気候や変化を感じてもらう方が良いんじゃないか? と。そして、ロースペックなものほど冷蔵庫で造ってレベルを上げていこうと考えているんです。
ヒラク
なるほど。
渡邉
冷蔵庫のないほうは、11月〜1月2月になると寒くて逆に暖めないといけないくらいなんですよ。タンクにマットを巻いたり、電球を入れたり。
ヒラク
いまはどのくらいの量を造ってるんですか?
渡邉
1500こくですね。
ヒラク
1升瓶15万本くらい。
渡邉
秋田県内では小さいほうですよ。
ヒラク
秋田はみんな大きくなってきてますからね。
渡邉
蔵自体も30軒以上ありますから。
ヒラク
僕は山梨に住んでるんですけど、隣の長野だと500石くらいの蔵が超いっぱいあって。だから1500石っていうと「でけぇな!」って感じがしますよ。
渡邉
うちは、もともとは普通酒……大吟醸とか純米酒ではない一般酒をバンバン造ってる蔵でして、ピークが昭和47年で8000石、今の6倍も7倍も造っていたんですけど、どんどん下がってきて、いまは1500石というところに落ち着いているんです。
普通酒を造っていたころはもっと大きなタンクがありました。私が秋田に帰ってきたころも、まだここで普通酒を造っていたんですけれど、吟醸酒や純米酒の方向性に持って行くために小さなタンクに切り替えていきました。「大は小を兼ねる」とはいいますけど、発酵に関してはなかなかそうはいかなかったんですよね。

福禄寿の危機

ヒラク
こちらに帰ってきたっていうのは、いつぐらいなんですか?
渡邉
大学卒業した2001年くらいからなんで、今から17年ほど前ですね。
ヒラク
大学卒業してすぐに?
渡邉
はい。蔵が大変で。
ヒラク
呼び戻されたっていうかんじ?
渡邉
「お前、手伝え。よそへ行ってる暇はない」って。東京農大の醸造科に行ってたんですけど。
ヒラク
じゃあ僕の先輩だ!
渡邉
帰ってきた当時はいまの倍の石数で、9割5分が普通酒。
ヒラク
あ〜。
渡邉
当時はほとんど機械で造っていたので、毎日のように機械に振り回されて。酒造りしてる感覚じゃないですよね。でも、そのなかでも品評会の出品酒だけは、丁寧に麹を作って。「金賞を取ればどこかから声がかかるんだろうな〜」くらいしか考えてなかった。けど、金賞が取れない。だからどんどん石数も落ちて行く。一番キツかったのは、帰ってきて3〜4年くらいの時の仕込みですね。1ヵ月で終わりましたから。
ヒラク
え?
渡邉
仕込みが必要な本数がタンク30本だけで、日仕舞ひじまい(1日にタンク1本ずつ酒を仕込んでいくこと)だったので、30日で終わってしまうんですよ。11月に仕込み始めて、正月休みを挟んで、1月の下旬には全てできあがってしまった。
ヒラク
ある意味すごく効率的なんだけど、それが売れていて「でもここには未来がないから次の展開へ」っていうんじゃなくて、「造っても売れなくて、ここからどうしよう……」っていうのは、ものすごい恐怖ですよね。
渡邉
はい。それからです。たまたま出会う人に出会って、「一白水成」という酒ができて、徐々に増えていった。
ヒラク
その決断、難しかったんじゃないですか?
渡邉
めっちゃ大変でしたよ。いまじゃ地元の農家さんも一緒に米作りしてくれてるけど、当時は一切振り向いてくれなかったし。そういう時代を経て、一白水成ができて10年くらい経ちますけど、いまの日本酒ブームと言われているものが本当なのか?という不安というか、疑いというか……。だって、10年前なんて、まさに焼酎ブームで「日本酒なんか」って言われていて「秋田の日本酒なんかもっといらない」ってかんじだったから、いまでも半信半疑。「いずれはみなさん日本酒から離れるでしょう」と思ってますよ。
ヒラク
うんうん。
渡邉
だから、いまのうちに蔵としてやれることをやっておかないと。ブームが落ち着いたときに蔵としてどういう形があるかっていうほうが大事で、「この地になぜうちの酒があるのか?」っていうことを追求していくほうが面白いのかな、と。

福禄寿の米

ヒラク
お酒を造るお米って「酒米」って言って、基本的に食用米じゃなくて、お酒にチューンアップされたものを使うことが多いんですよね。
渡邉
うちの蔵の9割くらいは、この、秋田県五城目町の米を使っています。平成20年に「五城目町酒米研究会」というのを発足して、地元の農家さん10人と契約栽培をさせてもらっています。
ヒラク
日本酒って、お米の表面を削って造るんですね。標準で3割。それで、「吟醸酒」っていう高級酒を作る場合は、半分か半分以上削るものもある。全国的には「山田錦やまだにしき」とか「五百万石ごひゃくまんごく」とか、3〜4品種くらいのお米が使われることが多いんだけど、秋田はローカルな米を使う蔵が増えてきてますよね。
渡邉
うちで主に使っている米は「秋田酒こまち」「美山錦みやまにしき」「美郷錦みさとにしき」「吟の精ぎんのせい」の4種類です。なかでも美山錦が多いんですよ。昔から使っていて、人によっては、美山錦の苦みとかえぐみって好き嫌いがあるようなんですけれど、うち的には発酵過程がやりやすくて合ってるのかなって思いますね。
ヒラク
山田錦で造ったお酒が一番美味しいかって言ったらそうもならないのがお酒造りの面白いところ。
渡邉
結局、人ですよ。だって隣同士の田んぼだって全然違うんだから。
ヒラク
人の美意識がいろんな基準点を変えちゃうんですよね。

福禄寿の水

渡邉
ここは米洗いなんかをする場所ですね。うちの水は硬水。大学では軟水を基準に勉強するので、先生からは「お前のとこの水で金賞なんか獲れねぇぞ」って言われてましたね。
ヒラク
へ〜。
渡邉
だから、最初の3〜4年はほとんどを軟水に切り替えて、水道水を使ったり、他から水をもらってきたりして。でも「なんでこの地で酒造りをするのか」って考えたとき、ワインだと「フィールド」、良いブドウができるための土壌っていうのが大事とされているんですよね。日本酒ではそれは「お米」と思われそうですが、その前に「水」なんですよ。
ヒラク
うん。
渡邉
「330年前、初代の彦兵衛がここでこの水に出会ったから始めたんだよな」って信じ込んで、今はこの水で造ってます。一白水成のコクや甘みは、この水からきてるんじゃないかって思いますね。最初はこの水をコントロールするのも難儀で、麹歩合だったり、麹のでき具合だったりを変えて……。
ヒラク
全部水に合わせていった。
渡邉
そうですね。それに、硬水のほうが栄養分が豊富なようで、微生物もそれに反応して元気になるみたいなんですよ。うちは、1本だけ軟水で造っているタンクがあるんですが、硬水のものと並べると、発酵している表面のかんじが違うんですよ、ぶくぶく感が。造り手からすると、硬水で造る酒は元気すぎるので発酵を抑えて造るイメージ、軟水のほうは発酵を促しながら造るイメージ、その違いがあるように思います。

福禄寿の麹

渡邉
ここが「麹室こうじむろ」です。ここ3年で中をきれいにしたんです。1年目は床、2年目は側、3年目は天井……という感じに。ここで使っているのは、全て五城目の秋田杉。五城目は木の町なので、先輩がやっている工場にお願いして、乾燥に強くて臭いの出ない木に張り替えてもらいました。
ヒラク
ここで麹を作るのは気合い入りますね〜。麹室は酒造りをするときに一番大事な部屋。蒸したお米に菌をつけて、だんだん育てていく。その手入れを毎日していくんですけど、この麹によって酒の上限値が決まってしまう。これをしくじってしまったら、もう取り返せないんですよね。
渡邉
今はステンレスで衛生管理を徹底するっていう蔵もありますけれど、ここは蔵人が結構な時間いる場所なんですよ。だから、木に囲まれることでストレスを和らげたいっていうのもあるし、何より木が水分を吸ってくれますからね。
ヒラク
ここだけ場所を独立させて他からの汚染がないようにする。これは歴史的にみても日本の超独特のもので、他のアジアの国や台湾、沖縄に行くと野外で作っていたりとか(笑)。こうやって囲って、職人が一生懸命麹を見張って作るっていう、その繊細さが、日本酒や日本の調味料のクオリティを上げている。すごく大事だなって思いますね。
渡邉
じつは麹を使わなくても日本酒ってできるんですよ。でも、麹を使ってこの発酵文化を守っていかなきゃいけないっていうのも一つの目的だし、その蔵の味、日本酒の甘さはこの麹の甘さだって思ってもらっても良いくらい。昔から、「一麹、二もと(酒母)、三造り」って言われるくらいなんで、そのくらい麹は大事なんだよ、と。昔よりタンクが小さくなったのも、麹があのタンク分しかできないからなんですよね。麹のほうに合わせているんですよ。
ヒラク
この麹作りに、その酒蔵の考えがものすごい反映されてる。「どういうお酒を造りたいか」っていうのが、どういう麹を作るかっていうことに反映される。麹作りに正解はないから、どんどん哲学的になっていくんですよね。
渡邉
さらに、そこの米だったり、そこの蔵の水だったりの良さをしっかり発揮できるようにするっていうことも大事なので、難しいんですよね。
ヒラク
実際、普通酒が9割5分だった時代とは、造り方は変わったんですか?
渡邉
全然違います。いま思えば、酒ってあれでも造れるんだなって(笑)。酒を造るのとアルコールを出すっていうのは全然違うことで、昔やっていたのはアルコールを出すほうだった。
ヒラク
いまってお米作りが変わってきて、若い人たちって、有機栽培とかもともとそこにあるお米でやりたいとかになってきていて、お米のパワーがだんだん上がってきているんですよね。
渡邉
はい。
ヒラク
そうすると、いままでと同じような麹の作り方をしてもお米が溶けないんですよ。そうすると微生物のほうも変えてあげないといけないから、いままで僕たちの先生たちが言ってたやり方を踏み外さなきゃいけない。僕もこの世界に入って、いろいろ見て自分でもやってみているけど、植物と生物がせめぎ合う場所っていうのは本当に不思議なんですよ。
渡邉
蔵のご案内はここまでですが、向かいにある「HIKOBE」もご覧ください。

HIKOBEへ

渡邉
ここは「下タ町醸し室したまちかもしむろ HIKOBEひこべえ」といって、今年5月にオープンしたばかりのスペースなんですが、酒の飲み比べや販売はもちろん、ここの水で淹れた珈琲が飲めたり、ワークショップもできるようなスペースになっています。「発酵文化と五城目の文化の継承」というテーマを掲げているんですよ。
詳しくは、こちらの記事へ
ヒラク
へえ〜!
渡邉
日本酒だけでなく、それぞれの地域にある漬物だったり酒粕料理だったりを、若い人たちに継承していけたらいいなと。昔からそういう気持ちがあったので。
ヒラク
この写真は福禄寿さんで作った麹ですか?
渡邉
そうです。
ヒラク
やっぱり結構モサモサしてる! いや僕、本当に麹が大好きなんですけど、オーソドックスなものってこんなにモコモコしてないんですよ。毛が生えてない。内側に食い込んでパウダースノーみたいになってる麹がメインなんですけど、福禄寿さんのは花が咲いてる。それはやっぱり、麹を作るときに「野放しに」じゃないけど、とにかくパワーを解放してよく育つようにしてるんだと思う。多分それが、ここで作ってるお米とスタイルが合ってるというか、ぴったりくるんでしょうね。
ヒラク
うまい酒だなあ。旨味もあるし、すごく香り高くて。これは吟醸?
渡邉
浦城うらじょう」純米吟醸です。美郷錦を50%まで磨いてます。
ヒラク
大吟醸クラスだ! 大吟醸クラスなのにしっかり旨味があるってすごいですよね。
渡邉
そこらへんは、やっぱり麹ですよね。綺麗な旨味を出すには、麹が関わってくるので。
ヒラク
うん。甘みが厚い。福禄寿さんのお酒って余韻が長いですよね。それも麹に由来してると思うんですけど、僕が最初に秋田のお酒を知った時の印象って、キレが良いというか、飲み口も華やかというか。でも「一白水成」飲んだ時に、「あ、違う!」って思ったんです。結構膨らみがあって、味の余韻が長いし旨味がある。でも全体としては、東北のお酒なんですよね。
渡邉
ありがとうございます。こっちはまたちょっと違うでしょ? ここ下タ町醸し室HIKOBE限定の「一白水成」です。
ヒラク
わ! これは「日本酒に興味あるけど何飲んだらいいかわからない」っていう女の子をデートに誘う時に最強。
渡邉
ははは!
ヒラク
長く続くね、喉の奥で。立ち去らないで留まっているっていうか。これはチートな味してる! 日本酒ビギナーの人は、飲み口の前半戦の爽やかさとか甘さが好きだし、お酒好きな人は後半戦の感じが好きだと思う。どっちにも惚れられる。味の要素が多いから好みによってフォーカスポイントがいくつかあるね。僕はぬる燗にして飲みたいなあ。いや〜、日本酒って本当にうまいなあ。「旨味」のうまい。
渡邉
ありがとうございます。

僕らは僕らだ

ヒラク
戻ってきて数年間は割と大変で先が見えなかったってことですけど、光が差した瞬間っていつだったんですか?
渡邉
自分のなかで「十四代(山形県)みたいになりたい」とか「田酒でんしゅ(青森県)みたいになりたい」とか、目標とした酒が全部東北のものだったんです。自分に重ね合わせたりして。全然何の自信もないんだけど……できるんじゃないかっていう。
ヒラク
先輩方に追いつきたい、追い越したいという。
渡邉
最初はそれしかなかったです。当時は「地酒」っていう世界もよくわかっていなくて、ようやく「一白水成」を出してみて初めて十四代や先輩方の凄さを改めて感じました。今でこそ、いいお付き合いをさせていただいてます。
ヒラク
「十四代」は、本当に日本酒の歴史を変えた蔵ですね。新潟県の「上善如水じょうぜんみずのごとし」、「八海山はっかいさん」とかの淡麗辛口の流れの、さらに次の美意識を示したすごい蔵なんです。でも正直僕、「一白水成」はそれに匹敵すると思います。
渡邉
いやいや……でも、酒造りをやればやるほど、他とは違うものを造っていかなきゃいけない、目指したいとは感じてますね。
ヒラク
そういうポイントって最近は見えてるものですか?
渡邉
はい。やっぱり味云々の前に、秋田の五城目町という地をどう表現していくかが一番狙っているところですね。「僕らは僕らだ」って最終的に気付かなきゃいけないし、いつまでも「十四代」の二番手じゃいられない。
ヒラク
「十四代」を超える美意識を作ろうじゃなくて、その土地の水とか土とかにもう一回戻っていくタイミングがあって、そこに真摯に向き合ってたら、結果的に新しい美意識が生まれてるっていう。一回自分の主体性をわきに置いて、その土地、水、微生物に委ねるっていうところでイノベーションが起こるっていうのが、発酵の独特の面白さ。本当イノベーション起こしてる人って、みんなだいたい一回捨ててるんですよね。
渡邉
最近やっと「五城目で酒造りできててよかったな」って思えるようになりました。「NEXT5(*)」であると「自分の蔵の個性って何だろう?」ってすごく感じます。インタビューとかで「それぞれの蔵の個性を一言でお話してください」って言われたりするし(笑)。

*NEXT5…秋田県内の5つの蔵元が、技術交流、情報交換などを目的に結成したグループ。共同醸造を行うなど、従来の酒造りからは一線を画す動きで注目を集めている。
ヒラク
ははは!
渡邉
それで最初は無理して探そうとしてましたし、個性がなきゃダメだって思ってましたけど、だんだん疲れてきちゃって。まずはありのままでいようってことで、徐々に地元に回帰していった感じがあります。
ヒラク
例えば、さっきいただいたお酒でも、美山錦っていうお米にかなり吸水させて、麹を元気なまま若く仕上げて、硬水を使って、この仕上がり……造りとしてはかなり個性的ですよね。でもそれは個性的にしようと思ってやった訳ではなくて、この土地の水や米とどう向き合うかってところから生まれてきてる。そういうのが一番自然体で伝わる価値なのかなって思う。ただ、この組み合わせとかコンビネーションって普通なかなか出てこないから、絶対試行錯誤はあったと思うんだけど。
渡邉
地元を使うことによってクオリティは下げたくない。クオリティ上げるために地元のものを使いたいって農家さんとも話してます。「これ以上レベル下がったら県外米にします」ってガンと言ってるし。
ヒラク
「330年前、ご先祖さまはここは良い水が出るから酒造りを始めようと思ったに違いない」っていう話は本質をついてる気がします。

飲み手のクオリティ

ヒラク
日本酒業界には、どんどん支持してくれる若いオーディエンスが生まれてるから恵まれてますよね。
渡邉
そうなんですよ。
ヒラク
日本酒を飲む人たちのクオリティがめっちゃ上がっていて、むしろ造り手を煽ってくるじゃないですか。こんな飲み方するんだ! みたいな。あれがやっぱり素晴らしい。
渡邉
その現場、行きたくない!
ヒラク
ははは! 昔、フランスに住んでた時に感じたのは、ワイン文化の成熟度が素晴らしいなって。造り手がすごいのは当然なんだけど、その周りがすごくて。
ワインって、この年に採れましたっていう「ヴィンテージ」っていうのがあって、例えば、アタリ年とハズレ年があったとして、同じ銘柄でも10年物は3万円するのに、翌年の11年物は雨が多くてハズレだったから4000円、みたいな。もし、これが日本だったら、高いお金出しても3万円の方を買うじゃないですか。でも、フランス人って、あえて4000円の方を買ってカラフェに移す時にすっごい振りながら入れるの。そこで高速酸化させることで、時間を5年分くらい巻いて飲むの。
渡邉
えー!
ヒラク
そうやって、飲むには知識が必要なの。どこで振るのを止めるか、どのくらいで飲むかっていう。つまり、知識があればその2万6000円の差って埋められるの!
渡邉
へ〜!!
ヒラク
こいつらリテラシー高ぇ! みたいな。で、やっぱりここまで育たないと、日本酒はワインに匹敵するほどの酒文化にはなれないなって思ってたんだけど、最近、日本酒の世界でも同じように楽しんでるやつがいっぱいいる。だから、10年、20年しないうちにワインに匹敵する文化になると思う。いま、新しい造り手たちは、新しい飲み手の熱量にインスパイアされて飲み方とかおいしさを発信してるから、それがまた造り手に伝わる。その相互関係ができてきてるのがすごくいいなって。やっぱり飲み手がすごく大事なんですよ。
渡邉
日本酒業界って10年前とかはほとんどおじさんばかりだったもんね。
ヒラク
ですよね。いまの若い子たちって本当に味のセンス良くないですか?
渡邉
そうそう。それで、「私、一白水成好きなんです」とか言われると、自分のこと言ってくれてるみたいな気分になっちゃって(笑)。
ヒラク
それと、横繋がりで仲良くしてるのってバンドみたいで萌えるみたいで、NEXT5も一緒に旅行行って撮った写真をInstagramに上げたりしてるじゃないですか。そういうのは、HIP HOPのユニットみたいで女子からすると結構いいらしくて(笑)
渡邉
へぇ〜! CD出そうかな(笑)。
ヒラク
特に男子はピンでいるより群れたほうがかわいらしい。選べるし。あとはいま、面白い日本酒を追いかけるのは、バンドギャル的な喜びがあるんですよ。「毎年追っていくのが楽しい!」みたいな。
渡邉
なるほどね。「そんなにメジャーにならないで!」みたいな。
ヒラク
そうそう(笑)。「ついに武道館行くのね」っていう。
渡邉
よく言われるのが「最初の一白水成の方が好きだったな」って。
ヒラク
「最初の頃の一白水成を私は知ってる」っていうことを言いたいんだよね。
渡邉
毎年飲んでくれてるってことだから、ありがたいですよ。あと、よく言われるのは「私が日本酒にハマったきっかけは一白水成です」とか。
ヒラク
「ミスチルから音楽に目覚めていろいろ聞いたけど、もう一回ミスチルに帰ってきたらやっぱりよかった」みたいな。
渡邉
ははは!
ヒラク
日本酒の会とか利き酒の会を年に何回かやるんだけど、本当に若い人の応募が多くて。20代の子とかは「日本酒以外にもクラフトビールとか音楽やアートも好きで」みたいな。そういう子たちが日本酒飲んで楽しそうにしてるのがすごくいい。なんか謎に日本酒業界の未来をいっぱい照らしてるっていうか。ここで安住しちゃいけないとは思うんだけど、でも「こうだったらいいな」っていう原型がだんだん出来てきてる感じだよね。日本酒の現場行くと気持ちが明るくなる。

ブームのそのあと

ヒラク
このあいだ、焼酎・泡盛業界の方から連絡がきて、「日本酒業界はこんなにいい感じなのに、うちは……」って。10年くらい前に一瞬盛り上がったけどそのあとは停滞していて、一体何がおかしいのかわからないから一緒に考えてほしいと。
渡邉
そうか〜。でも、盛り上がっていたことのほうが異常だと思わないといけないかも。日本酒のブームだって、待っていればやって来たかといえばそうではないと思うんですよね。日本酒業界みんなで頑張ったし、NEXT5とか若手の会とかを立ち上げたことがあったからかなあって思いますけどね。「なるべくしてなるようにしていった」というか(笑)。
ヒラク
焼酎って、ブームのおかげで作り手のレベルが異常に上がったんですよ。もともと二束三文で売られてしまってたけど、付加価値がつけられることがわかって、ちゃんと値段をつけられるってこともわかった。いまの30〜40代が作る焼酎って本当にうまいんです。ただ問題は、そのうまいものをうまいまま味わう飲み方が確立されてない。だから、作り手じゃなくて飲み手側のレベルを上げないと解決しない問題なんですよ。
渡邉
なるほど〜。
ヒラク
こうして発酵業界にいて感じるのは、新しい世代、いま最先端でやってる人たちのものづくりのレベルがすげぇ高い。めちゃくちゃこだわってるし。そうなると、僕たち食べる側や使う側の責任も問われるようになってくる。そういう意味で、さっき話たように、日本酒の飲み手はクオリティが高い。だから、日本酒業界って、これからのお手本になっていくんじゃないかな。
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