秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード

編集・文:矢吹史子 写真:高橋希

長く、白く、みずみずしく。三関せりの根っ子にあるもの。

2020.02.05

湯沢市の伝統野菜「三関みつせきせり」。白くて長い根と、大きな葉が特徴で、秋田名物「きりたんぽ鍋」の具材としても欠かせない食材です。最近では「仙台セリ鍋」のブームも手伝って、三関のセリにも注目が高まってきています。

1月。この、三関せりを栽培をしている農家「加敬かけい農園」を訪ねました。収穫のピークは毎年12月で、少し落ち着いている時期とのこと。

迎えてくださったのは、加藤智子さん。お父さんの敬悦けいえつさん、お母さんの光子さんとともに、加敬農園を営んでいます。

三関は、さくらんぼの産地としても有名で、加敬農園では、さくらんぼとせりを中心に、米やりんごも栽培しているとのこと。

早速、せりを育てているビニールハウスへ案内していただきます。

超過酷!三関せりの収穫現場へ

——うわ〜!せりがぎっしり!! 三関のせりが大好物なので、現場を見られて感激です!

智子さん
智子さん
ありがとうございます! 葉っぱが大きかったり、香りが良かったりという今のせりの特徴は、先祖から受け継がれてきたものなんですよ。

父の話によると、昔、川のへりにおがっていた(育っていた)せりを、三関の人たちが採ってきて、そこから良いものを選別して繁殖させていって……というのを繰り返して、今に至るようなんです。
智子さん
智子さん
お客さんからも「よそのせりとは香りが違うし、よそのはこんなに根っ子も長くない」って言っていただけて、嬉しいんですけどね〜……。

——大変なこともある?

智子さん
智子さん
そうですね。摘むのが本当に大変なんですよ。とにかく冷たい。今年はまだマシなんですが、例年だと雪解け水が入ってきて、手足が凍るように痛くなるんですよ。水が凍っているときもありますからね。

——さっき、少し手を入れてみただけでも冷たくて、何分も入れてられませんでした。

智子さん
智子さん
感覚がなくなるような感じで……。摘み取りの作業は、長くて2時間が限界です。

今年は雪が少ないので本当にラクなんですが、このあたりは一晩で1メートルくらい積もってしまう地域なので、例年は除雪をしてから摘み作業をしているので、それだけで疲れてしまうんですよ。

それに、摘む体勢もきつくて、腰が痛くなってしまうんですよね。

——ずっとかがんでやってますもんね。

智子さん
智子さん
ほら、父を見てください。(きつくて)ハアハアいってますよ。

——腰にきそうですね。

敬悦さん
敬悦さん
そうですね。本当にきついですよ。

——このあたりでは、何年くらい前からせり作りをしていらっしゃるんですか?

敬悦さん
敬悦さん
江戸時代からやっています。私の親父の婆さまの時代からやっているっていうので……。

当時は長靴なんてなかったから、稲ので編んだ履物を履いてやっていたんだ。手袋なんかもなかったから、火鉢で手を温めて素手でやっていたんだそうです。

——え〜〜〜〜!! それは拷問のようですね……。

敬悦さん
敬悦さん
もう、寒いなんてもんじゃないですよ。
だから、昔は「三関には嫁は出せない」って言われていたんですよ。

——そんな三関に、光子さんは嫁がれたんですね。

光子さん
光子さん
隣の横手市の平鹿ひらかから嫁に来たの。実家には反対されたんだけどね。騙されて来てしまった(笑)。
智子さん
智子さん
知らなかった!
光子さん
光子さん
ダイヤモンドの指輪をくれるっていうから。いまだにもらってないけどね。ははは〜!

比べてわかる!三関せりの美味しさ

敬悦さん
敬悦さん
でも、昔はこのせりがあったから正月を越すことができたみたいですよ。

——昔から、せりは高級品として食べられていたんでしょうか?

敬悦さん
敬悦さん
このあたりは、正月に必ず使うものだったんですよ。

——七草粥などに?

敬悦さん
敬悦さん
いや、お供えするものとして使っていたみたいです。このあたりの地域だけのようですけどね。

——この土地は水がきれいだから、美味しいせりが採れてきたんでしょうか?

敬悦さん
敬悦さん
そうですね。東鳥海山のことを「権現様ごんげんさま」って呼んでるんですけれど、そこから流れてくる水でこのせりができている。

——良い水と、代々続けてきた栽培と努力で、今、この美味しいせりが食べられているんですね。

敬悦さん
敬悦さん
私もよそのせりを食べてみたことがあるんだけど、違うんだよね。

たぶんみなさん、米でもなんでも、自分のところの味を当たり前と思っているじゃないですか。
私も小さいころから自分のところのせりしか食べたことがなかったんだけれど、よそのを食べてみて、比べるとよくわかるんですよね。うちのは、根っ子も長いし香りもいい。
敬悦さん
敬悦さん
せりっていうのは、寒いほどに根っ子が長くなるです。長い根は、三関の寒さがあるからこそなんですよね。
そして、根っ子と茎の間のところに一番栄養があるんですよ。それがよくわかるのが、ネズミがここを食べちゃうんですね。
光子さん
光子さん
「カモ殺し」っても言うのよ。カモが好んで食べるから。せりの根っ子を天ぷらにするとね、柔らかくてすごく美味しいのよ。
敬悦さん
敬悦さん
酒も進むよ(笑)。間違いない! あとはお浸しも最高だよ。
敬悦さんオススメのお浸しは、食感を楽しめるよう茹で時間は30秒ほどに。シャキシャキした歯ごたえと香り高い風味が際立って、いくらでも食べられる。

——なんも大学編集部もせりが大好きで、生のまま、オリーブオイルと塩だけであえて食べていますね。三関のせりは、えぐみも少ないので、火を通さなくても美味しいんですよね。

智子さん
智子さん
え〜! それも美味しそうですね!

農家の仕事は面白い?

——智子さんは、ご両親と一緒に働くようになったのはいつ頃からなんですか?

智子さん
智子さん
20歳ころからかな。いつのまにか15年以上経っていますね。「継ぐ、継がない」というよりも、農家って面白いんですよね。

——どんなところが面白いのでしょう?

智子さん
智子さん
やっぱり、育っていくところかな。苗から見てますからね。親心、というか(笑)。
敬悦さん
敬悦さん
いやいや、一番面白いのは、消費者が喜んでくれてお金が入ってくることですよ。若い人なんて、お金が入ってこなければやらないでしょう。

——稼げるという夢を持ちたいですよね。

智子さん
智子さん
母なんか、せりを一束採っては「これでいくら分だ」って、勘定しながら作業してますからね(笑)。
敬悦さん
敬悦さん
自分の腕次第で、それなりのお金が入ってくるし、人との付き合いも広がってくる。
いろんなところから注文がくるし、一度購入してくれた人がまた買ってくれるんですよ。それも嬉しいね。

——それは、美味しいからこそですよね。

智子さん
智子さん
さくらんぼを買ってくださるのは、ほぼリピーターの方で、その方の紹介でまた増えていく……。

——芋づる式ならぬ、せりの根式に!?

敬悦さん
敬悦さん
ははは。お客さんが離れずついてきてくれるのが一番。お金を先に考えてしまうとダメなんだ。先にお客さん。
加敬農園への注文は、電話かFAXのみ。「お客さんのとのやりとりをできるだけ密にしたいから」とのこと。
敬悦さん
敬悦さん
この農園は、10年くらい前に立ち上げたんですよ。独立して2年くらいは、お客さんを見つけるのに大変でしたけど、自分で動いたり、視察に来てもらうようにして、リピーターを増やしていったんですよ。

——ご苦労もあったでしょうね。

敬悦さん
敬悦さん
苦労しないと良いものなんてできない。人間、必ず苦労はするから。まあ、ちょっと厳しかったけどね。

——そういう中で支えになったのは?

敬悦さん
敬悦さん
(家族を指差す)それに、良いものを作っている自信もあったしね。

美味しくするための、最後の仕上げ

午前中に収穫を終え、午後からは小屋へ移動して出荷の準備をしていきます。

智子さん
智子さん
収穫したものを機械で洗ってから、選別をして束ねていきます。
黄色っぽくなった葉を一つひとつ手で取り除きながら束ねていく。この日の出荷は120束ほど。秋田県内を中心に全国へ地方発送もしている。
智子さん
智子さん
選別して束ねたものを、仕上げに井戸水で洗います。
敬悦さん
敬悦さん
こうすると、締まって、しっかり硬くなるんですよ。こうやって持っても、くたっとへたらない。
敬悦さん
敬悦さん
ほら。まっすぐ立つんですよ。こういうのを目指して作っているんですよ。

——シャキシャキ食感のひみつは、ここにも隠されていたんですね! それにしても、ずいぶん手間がかかっていますね。

敬悦さん
敬悦さん
手間がかからないように工夫はしているんだけどね。農家は経験ですよ。作るのは1年に1回しかできないから。だから、毎年「去年はこうだったから今年はこうしよう」って考えながらやっていますね。
智子さん
智子さん
せりの収穫は2月の中頃で終わりで、そのあとはさくらんぼの作業が始まります。

いずれは、さくらんぼの摘み取り体験とか、作った農産物を食べていただけるようなカフェなんかもやってみたいと思うんですけれど、育てるだけでもまだまだ奥が深くて、わからないこともたくさんあるので、今は作る方を、勉強しながら続けていきたいですね。

【加敬農園】
〈住所〉湯沢市関口字関口63
〈TEL〉0183-73-6893
〈HP〉http://www.kakeifarm.com/