秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード

編集・文:矢吹史子 写真:高橋希

「山菜採り用リュック」マルサンカバン店

2020.02.19

春の到来とともに、秋田の人々が心待ちにしているのが「山菜採り」。山選びに始まり、採り方や食べ方など、それぞれに大いなるこだわりがあるなか、見逃すことができないのが、その道具。

こだわりのアイテムがさまざまあるなかで、オリジナルの「山菜採り用リュックサック」を作っている店があるということで訪ねてみることに。

やってきたのは、湯沢市にある「マルサンカバン店」です。

入るなり、噂のリュックがずらり。店内にはこのほか、オリジナルの革製品や一般向けのカバンなども並ぶ。

今回はこの店の店主、佐藤じゅんさんにお話を伺います。

山菜採り用リュック!?

佐藤さん
佐藤さん
こちらが「大のかさ上げ」という、一番大きなサイズのものです。

大きさは、「小」「中」「中大」「大」「大のかさ上げ」の5つあって、このサイズは「大」をベースに、必要に応じて、内側から生地が立ち上がるようになっています。

生地の厚さは3種類あって、色はオレンジとオリーブグリーンの2種、さらに、ベースはオリーブグリーンでポケットだけをオレンジにしたりと、自分に合わせてカスタマイズすることもできるんですよ。
佐藤さん
佐藤さん
オリーブグリーンの色は使っていて馴染む色ですが、オレンジ色にも良い部分があって。

山菜採りをする人たちは、採っている間、ずっとリュックを背負っているわけではないんですよ。一箇所に基地を決めて、大きなリュックはそこに置いて、小さいリュックやコダシに山菜を集めて、それが満杯になったら大きなリュックに移すんですね。

そういうときに、オレンジだと夢中になって採っていて、少し離れてしまっても、「あそこだな」とわかる。機能的なんですよね。
こちらがコダシ。ストラップを斜めがけしたうえに、腰でも固定できるようになっており山道でも動きやすい。鎌やペットボトル、ラジオなどを入れられるようなポケットも付いているタイプもある。

——一番大きなサイズのものは、何kgくらい入るんでしょう?

佐藤さん
佐藤さん
例えば、タケノコ(笹ダケ)でいうと、きれいに揃えて入れたら50kgと言われています。プロの人は几帳面に入れるんですよね。ただ、ガサガサって入れちゃうと、30kgくらい。

——50kg!? 大人を一人背負うくらいですよ。

佐藤さん
佐藤さん
50kg入れたときに、背負って山を降りてこれるのかっていうところが問題ですよね。
50kg入れても壊れてしまわないように、背中の付け根を頑丈にはしていますが、胸の部分にも紐を付けたり、特注ベルトを付けたり……という方もいます。

採って販売する人にとっては、言わば、お金を背負っているようなものなんでね。よりたくさん入れられるように改良を重ねていっています。

マルサンカバン店

佐藤さん
佐藤さん
この店は、昭和42年ころ、うちの親父が脱サラして始めたんです。元々、この場所はうちがテナント貸ししていて、そこでカバン屋さんをやっていた方がいたんですが、高齢で辞めることになって。それを引き継ぐ形で商売を始めたと聞いています。

——それまでは、カバン屋の経験はなかった?

佐藤さん
佐藤さん
経験はないものの、親父は工業高校を出ているので、ものづくりは好きだったんだと思います。
元の店の名前が「マルサンカバン店」だったそうで、名前もそのまま引き継いで。なぜマルサンだったのかは、その方からも聞いていなくてわからないんですけれどね。
こちらが店舗のロゴマーク。数年前に作ったもので、オリジナル製品にはロゴが入った革のタグが付く。お父さん、佐藤さん、妻の加奈子さんの3人を意味する、3本の弧(丸)で「マルサン」、さらに「太陽(サン)」を表している。

——山菜リュックは、どういう経緯で始められたんですか?

佐藤さん
佐藤さん
親父が現役のころは、営林署というのがたくさんあったんですが、そこで山の仕事をする人たちに頼まれてリュックを作っていたんです。

杉の苗木を入れて背負ったり、植林するための道具として作って「ここをこういうふうに変えてほしい」と、特注のものも結構あったようですね。

私が子どものころは「明日までに何十個」と言って残業をしていたのを覚えています。

——佐藤さんはいつごろからこちらを継がれたんですか?

佐藤さん
佐藤さん
私は、高校を卒業してから2年間、県外に修業に出てから戻ってきて……。親父は3年前に亡くなったんですが、その前の25年くらいは一緒にやっていましたね。

——店を継ぐ意思が元々あった?

佐藤さん
佐藤さん
長男というのは、後を継ぐものって思っていたんですよね。何の疑いもなく「家を守っていくんだ」と、刷り込まれて刷り込まれて。
今月で50歳になりますが、18歳から32年。その道一筋ですね。

お母さんのリュック

佐藤さん
佐藤さん
うちでは「親父がリュックを作って、母親がそれを背負って山菜を採ってくる」というかんじで、母は、時期になると、週4回くらい行ってました。なので、母親のリュックはかなり傷みが激しかったですね。
こちらがお母さんが愛用していたリュック。新品と比べると、生地も柔らかくなり、ずいぶんと味わいが出ている。縫い足した形跡もあり、お母さんが使いやすいよう、お父さんが試行錯誤してきたのがわかる。
佐藤さん
佐藤さん
私たちは、タケノコとかワラビとか、採ってきたものの処理を手伝わされてね。そして、うちの場合、採ってきたものは売るんじゃなくて、近所や友だちにあげるんですよね。

——秋田の人たちの山菜への愛はどこから湧くものなんでしょう?

佐藤さん
佐藤さん
湯沢の冬は、雪との戦いなんですよね。なので、春になって山菜を採って食べたときにやっと「ああ、湯沢に住んでいてよかったな」って、しみじみ思えるんですよね。

——山菜は、厳しい冬を乗り越えて春を迎えられたという、喜びその象徴なのかもしれませんね。
今年は暖冬なので、そろそろ山菜採りの準備をし始める人もいるのでは?

佐藤さん
佐藤さん
毎年1〜2月くらいになると、みなさん、山菜採りに向けて道具を見に来ていますね。最近は若いお客さんも増えてきていて、ネットとかSNSで見てここまで来る方も多いですね。

秋田の暮らしの実用品

——日々、作っているなかで、どんなことを心がけていますか?

佐藤さん
佐藤さん
やっぱり「壊れないように」っていうことですね。見た目やコストを重視してチープに作るんじゃなくて、機能やクオリティを上げていくようにしています。
佐藤さん
佐藤さん
ぱっと見だけじゃわからないかもしれませんが、負荷がかかる部分はミシンを多めにかけたり、裏側にも生地を当てたり。そういうことが信頼に繫がると思うんですよね。
現在、縫製作業は妻の加奈子さんが担当。嫁いでしばらくは、子育てに専念していたが、お父さんが作業できなくなったのと、子どもが大きくなってきたことから、数年前から戦力に加わる。
「縫い物も好きで、力持ちで、インターネットも私が担当ですからね。こんな良い嫁いないですよ〜」と笑う、加奈子さん。
佐藤さん
佐藤さん
うちは、他店で購入されたカバンも、ブランドバッグも修理しているので、お客さんには安心して使っていただける。そういうのが、うちの店のファンになってもらう秘訣なのかなって思いますね。
この店で購入し愛用していたキーホルダーの部品の調子が悪くなったという方が来店。その場でスプレーを吹いたらすぐに元通り。気軽に相談できるのが嬉しい。
佐藤さん
佐藤さん
秋田にはものづくりをしている人がたくさんいて、良いものを作っているのに、みなさんなかなか商売ベースに乗せられないんですよね。
そして、売れないと簡単に値段を下げて、食えなくなってやめていく……。

実際、うちも、山菜リュックを作ってはいますけれど、それが毎日売れるかっていったらそうではない。だから、山菜リュックだけでなく、革製品も作っていますし、テントを扱ったりもしています。
秋田の伝統工芸「樺細工」の樺を使用した、革の名刺入れやスマホケースも人気。
革製品の愛好家が多いバイク乗りの集まりにもたびたび足を運び、リサーチしながら制作している。
佐藤さん
佐藤さん
テントというのは、店舗の軒先に使うテントやトラックの幌、イベント用のテントのレンタルなどですね。それらの設置や撤去もやっていますし、冬に備えて、工場の防寒用に間仕切りのカーテンを用意したりもしています。

そうやって、いろんな種を撒いておくことでやっていけているんですよね。
佐藤さん
佐藤さん
最近思うのは、うちのお客さんって「安いから買う」じゃなくて、「必要だから買う」という方が多いんですよね。

仕事柄テントがなければいけないという人、リュックがなければいけない人がまだまだ多い。
こちらは「ケラ」という雨具。農作業や除雪の際の動きに合わせて、雨や雪の当たる部分だけを守るようなデザインになっているため、激しく動いても蒸れない。

——秋田はとくに、自然が隣り合わせにありますからね。カバンというと、ファッションの要素も強いなか、この店の商品は、あくまで実用が第一。

佐藤さん
佐藤さん
それでも、時代に合わせて必要な道具も変わってきています。

山菜リュックのような、これまで生活に必要とされてきた商品はもちろん継続していきますが、カラーバリエーションを増やしていったり、コダシをトートバックにアレンジしたり、これからの暮らしに合わせた新商品を考えていきたいと思っています。

【マルサンカバン店】
〈住所〉湯沢市柳町1-3-7
〈TEL〉 0183-73-3717
〈HP〉http://www.yutopia.or.jp/~marusan/