

「ただいま」と会いに行く宿。—小安峡温泉・元湯くらぶを訪ねて—
2020.02.12
また会いに行きたくなる。大切なあの人を連れて行きたくなる。
そんな気持ちが自然と込み上げてきた取材の帰り際。
訪ねたのは湯沢市・小安峡温泉にある「湯の宿 元湯くらぶ」。

宿の周辺には、以前なんも大学でご紹介した「小安峡大噴湯」があり、紅葉の名所である渓谷沿いに温泉宿が軒を連ねる。
きっとそれは、私だけではなく、訪れた人々それぞれの中にも芽生え、連鎖していき、人が人を呼ぶ。多くの常連さんに愛されつづける「元湯くらぶ」の魅力は随所に光ります。
今回、案内してくださったのは、女将である佐藤 美佐子さんです。



客室は全12室あり、各タイプごとに造りや内装が異なります。
この部屋にも、あの部屋にも泊まってみたい!扉を開けるたびに、心惹かれる空間が広がります。







——それぞれのお部屋に魅力があり、来るたびに違う空間に泊まるのも楽しいですね!
佐藤さん- そうですね。一度他の部屋に変えてみたけど、「やっぱりこっちがいい!」と、同じ部屋に泊まられる方もいらっしゃいますね。

佐藤さん- こちらの「どうたん」のお部屋は毎年、大晦日に必ず同じご家族が泊まりに来てくださっていて。娘さんが幼稚園の頃からなので、もう二十数年になるのかな。
来る度に来年の予約を取って帰られます。



佐藤さん- 「もしも娘が結婚して来れなくなってしまったとしても、私たち二人だけでも来るからね」とご両親は言ってくれているんですが。これから家族が増えたとしても、お二人が下に寝て、娘さん家族が上に寝るみたいにして、みんなで来てくれたら良いなぁと思っていて。
——「これからもずっと」と思ってくださる気持ちが何よりも嬉しいですね。






佐藤さん- うちの貸切風呂はね、一回ごとに新しいお湯を入れ替えられるようになっているんですよ。お客様にお風呂の栓をしてもらって、内線で電話をもらえれば、3分ほどでお湯が溜まります。
「いつでもあなたが一番風呂よ」という感じで。
——贅沢!なかなか他では見ないサービスですよね。
佐藤さん- おそらくこの辺りの宿では、うちだけかなぁと思いますね。
乗り越えながら、辿りついた今

ここからは佐藤さんに「元湯くらぶ」の創業時から現在に至るまでのお話を伺いました。
佐藤さん- この宿は最初、客室3つの民宿のような形から始めたんです。
その頃は景気が良い時代で、この辺りも土日になれば、観光客がぞろぞろ歩くぐらい賑わっていました。ここへもお客様が途切れることなく来てくれて。
部屋3つだけではもったいないなぁと思って、前足し後ろ足しで、今の形になっていきました。

佐藤さん- その後、岩手・宮城内陸地震、東日本大震災とたて続けに大きな震災が起きてしまって。それまで岩手や宮城から来てくださる方々も多かったし、震災後3〜4年は状況的にもなかなかお客様がいらっしゃらず、ほんとうに大変でした。
当時、この辺りで大きかった旅館もどんどん潰れてしまって。うちは家族経営だったのと、仕事で利用してくださるお客様もいたので、なんとか凌いでいましたね。

——かつての賑わっていた時代から、震災が続いた大変な時期も経て、少しずつ状況も変わってきていると思いますが、いかがですか?
佐藤さん- ここ2、3年ですね、かつての岩手や宮城からのお客様が来ていただけるようになったのは。今は有り難いことにご予約もたくさんいただいて、土日はお断りをしなければいけないこともありますね。

佐藤さん- 日本の人口も減ってきているので、この辺りが元の大賑わいに戻ることは難しいかなと思っていて。だからこそ、お客様一人一人をより大事にしたいですね。
——現在は娘さんたちも宿の運営をサポートされているとお聞きしました。
佐藤さん- 次女が事務処理やインターネット業務、三女が調理を手伝ってくれています。
昔は、私一人でやらなければならないことがほとんどだったから、娘たちに「私は今のあなたたちの3人分は働いていたよ」って言うと、「お母さんみたいな人は今の世の中にはいない!」と返されてしまうんですけど(笑)。

佐藤さん- でも、「あれしなさい、これしなさい」って言わなくても、自分で見て、覚えて、やってくれているので、すごく楽になりましたね。
——今は家族で支え合いながらやられているんですね。
佐藤さん- 「支え合う」より「補い合う」かなぁ。それぞれできないことを指摘するんじゃなくて、足りないところをやっていくという感じで。
ゆくゆくは二人に任せて、お互いができるところを、力を合わせてやっていってほしいなぁと思っています。
磨きつづけ、ここで光るもの。

佐藤さん- 私は昔から旅館の仕事をやっているので、新しく宿を始められる方々にアドバイスを求められることも多くて。
その時は「人の真似しなくていいから“私はこれが得意だよ”っていうものを磨いてね」と伝えています。
お出しするお菓子一つでも良いと思うんです。「あそこの宿に行けば、あれが食べられるから」って、お客様が求めて会いにきてくれる。

佐藤さん- そして、「とにかく自分を磨きなさい」とも言っていますね。「あのお母さんと話すのが楽しみだ」と思ってもらえるだけでもいいと思うんです。
——佐藤さんとお話ししていても、どこか、実家に帰ってきて、お母さんに出迎えられているような、そんな安心感があります。
佐藤さん- お客様にそう言ってもらえることもありますね。「おかえりなさい」なんて出迎えたりして(笑)。

——そういうなかで、佐藤さんご自身が磨きつづけてきた「元湯くらぶにしかない魅力」とはどんなことでしょうか?
佐藤さん- 「お料理」かなぁ。やっぱりここに来たら、ここでしか食べられない料理でなきゃいけないなぁと。






佐藤さん- すべて手作りだと手間はかかるけれど、それが一番必要だと思っていて。でも、それぞれの作り方は誰でも簡単にできるようなものが多いんですよ。お客様にレシピを渡したりすると、すごく喜んでくれます。
ここの料理を楽しみに2カ月おきに予約してくれる方もいて、「また来るね」って言ってもらえるのが一番嬉しいですね。次は、何を食べてもらおうかなぁ。

「元湯くらぶ」が磨きつづけてきた光に今日も人は集まり、その温もりにまた触れに来たくなる。今度また、私も会いに行きます。

【小安峡温泉 湯の宿 元湯くらぶ】
〈住所〉秋田県湯沢市皆瀬字湯元100-1
〈TEL〉0183-47-5151
〈HP〉http://www.motoyukurabu.jp/