秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード

文:成田美穂 写真:船橋陽馬

聞きしに勝る浸透力!
鹿角かづのホルモンというカルチャー

2018.12.19

秋田県鹿角かづの市の名物「鹿角ホルモン」。
「ホルモン」といえば、独特の臭みとゴムのような食感、そしていつまでも噛み切れず口の中に残ってしまう、あの……。実は、大の苦手です。

しかし、鹿角で親しまれているホルモンは、私たちがよく見る網や鉄板の上で焼かれているものとは似て非なるものらしく、「まず騙されたと思って食べてみて!」と自信たっぷりの編集部一同に押され、渋々しぶしぶ鹿角市へやって来ました。

鹿角では、ホルモンを味わえるお店がいくつかありますが、今回訪れたのは、白い外壁が印象的な「花千鳥はなちどり」。

ここで、本日のホルモン先生、山崎祐一やまざきゆういちさん(写真右)、坂本寿美子さかもとすみこさん(写真左)合流。鹿角市で生まれ育ち、子どもの頃から鹿角ホルモンを食べて育ってきた2人に楽しみ方を教わります。

まずは、鹿角ホルモンのお供に欠かせない生ビールで乾杯!

テーブルの上には、網でも鉄板でもなくカセットコンロが。そこへ、ホルモンとキャベツがどっさり乗った鉄鍋が登場。第一印象は、豪快なキャベツの山。
実はこれ、ジンギスカン鍋! よく見ると、キャベツの下に漬けダレをたっぷりまとったホルモンが。「ここに豆腐やもやしを入れる方もいます。でも、僕はホルモン&キャベツのみ!」と山崎さん。
コンロに火をつけ、鍋の様子をじっくり観察。最終的にどんな姿になるのか、まったく想像できない。
強火で煮ること数分。甘辛いタレのおいしそうな匂いが漂って……あっ! 溝から煮汁があふれそう!
ここで、最初に鍋とともにやってきたスプーンが登場。
「すくった汁をキャベツの上に繰り返しかけて、味を染み込ませていく「煮焼き」っていうスタイルが鹿角ホルモンの特徴。でも、こうやって小皿に取っておく人もいます」
煮汁との戦いを終えたら、キャベツをまわりの溝へ、ホルモンを真ん中の山へとポジションチェンジ。キャベツに味が染み渡り、肉にもほどよく火が通るそう。そして再び待つ……まだ食べちゃだめ?
キャベツがしんなりしてきたら、先ほどすくっておいた煮汁を一気に戻す! 鍋に煮汁が染み渡るジュワーっという音でご飯1杯いけそう。
ホルモンも山から溝に降ろし、煮焼きしながら待つ。鍋に火を入れてから約10分、ついに完成!

ここから各自ホルモンを楽しみ、食べ足りなければ具材を追加して煮焼く、を繰り返していくそう。
火を止めると鍋から湯気が立ち、より一層ツヤツヤと輝くホルモンとキャベツ。少しからそうな見た目ですが、一体どんなお味なのでしょう。

まずは主役のホルモンから。恐る恐る噛んでみると、甘辛い煮汁とホルモンの肉汁、そしてニンニクの香りが口いっぱいに広がります。いつもは苦手なプリプリ、コリコリとした食感さえも楽しく、噛めば噛むほどおいしさが増す不思議……!

お店によって違うけど、ハツやセンマイ、レバー、タン、主に豚のホルモンが入ってます。
いろいろな部位をミックスしたものを、ひと括りで「ホルモン」って言ってます。味付けは、韓国料理の影響が強いみたいですよ。

店員さん曰く、企業秘密という特製ダレ。確かに、新鮮なホルモンとうまみが凝縮されたこのタレのおかげか、独特の臭みがまったく気になりません。

そして、忘れてはいけないのがキャベツたち。これでもかと煮汁を吸い、大きさは最初の半分以下になってしまいましたが、甘みは2割……いえ、5割増し。

煮汁を戻すまではずーっと強火なので、キャベツに味が染み込んで最っ高なんです。
キャベツは本っ当に何周でもいける!

そして、熱々のご飯の上にホルモンとキャベツを乗せ、煮汁を少しかけたら贅沢な「ホルモン丼」の出来上がり。もう見ているだけで幸せ。

ご飯があると、ホルモンなんてあっという間になくなっちゃう。この2人前のホルモンも一瞬です(笑)
ご飯と卵入れで、煮汁をちょっと足して、〆のおじやもいいんですよ。
お店ではあんまりやらないですけど、自宅で食べる時は結構やりますね。
うんうん。うちもご飯派かな。あと、うどんで〆るのもおいしいんですよ。
山盛りのホルモンをあっという間に完食。

お腹が満たされたところで、鹿角ホルモンについていろいろと聞いてみましょう。そもそも、ジンギスカン鍋で焼くのは羊肉だけだと思っていましたが……

僕らは逆に羊肉を焼いたことがない。この鍋は、鹿角ホルモンをやるためだけに使います。だってまず、この形状が最高じゃないですか。焼けるし漬け込めるし。
言われてみると、これでホルモン以外はやったことないかも。
生まれてこのかたこの鍋しか知らなかったので、初めてすきやき鍋を見た時、意味がわからなかったんです。「鉄鍋なのになんで凹んでるんだろう?」って。
前に関東でホルモン食べた時、「え゛! 炭で食べるの?!」ってびっくりしました。網の隙間から落ちていくのが耐えられなかった(笑)。

「大阪では一家に1台たこ焼き器がある」、って言われてるみたいに、鹿角の各家庭にひとつはあるんでないがな。
関東で食べるホルモンは、カルチャーショックですね(笑)。
鍋は金物屋さんでも売ってるし、鹿角だとホルモン屋さんで直接買えるんです。サイズにもよるけど、だいたい1000円台から。
我が家には2つあるんだけど、それこそこの間やろうと思って引っ張り出してきたら、メンテナンスが悪かったんですね。錆びてました……。
あー……。大変ですよね。メンテナンス。終わった後に焦げを取るのが大変なんですけど、そこをしっかりやらないと後々響く。

自宅にジンギスカン鍋がある、ということは、必ずしもホルモン=外食ではないんですね。

鹿角でホルモンっていえば、「ホルモン幸楽」、「花千鳥」、「平和軒」っていくつかお店がありますけど、味付けもそれぞれ違うし、お客さんもそれぞれお気に入りの店があって。
だいたい「外派」と「家派」にわかれるんです。ホルモンは、お店で食べるだけじゃなくて持ち帰りもできるので、「ホルモンは家でしかやらない」って人もいます。
ホルモンって、ひとりでじっくり食べてもいいし、家族や友達みんなでわいわい食べるのもいい。あとは、外で食べると言ってもお店じゃない時もあるしね。

天気がいい日は、近所の公園でやったり。うちは、カセットコンロと鍋を自転車のカゴに入れて、キャベツはあらかじめちぎってビニール袋に入れで(笑)。

人それぞれ、各家庭で楽しみ方やこだわりがあるようです。お2人とも毎日食べているくらいの勢いを感じますが、ふだんはどれくらいのペースで食べるのでしょうか?

僕は、人が集まる機会があれば、気付いたらホルモン食べてるな。特別な日に食べるっていうよりは……。
うちは「ラクしたいな」って時に食べる。
あぁ、そうかも! 他の鍋料理って、材料切ったりダシ汁作ったり、いろいろと仕込みが大変じゃないですか。でも、ホルモン鍋は食べるタイミングさえ覚えておけば問題ない!
あどは、シーズンになると隙あらば食べたりとか。
ビールがおいしいシーズンとか?
そうそうそう! 夏の「花輪ばやし」のシーズンとか! お盆や年末年始に人が帰ってくるシーズンもだし、ちょっと疲れてきたシーズンにも……。結局いつでもウェルカムです(笑)。
「花輪ばやし」の時なんかは、ある程度お祭り準備が終わったら、みんなで買い出しに行ってやりますよね。夜通しやるお祭りだから、スタミナつけなきゃ!
徐々に火が通ってきた鍋の様子を伺いつつ、ホルモンとキャベツのポジションチェンジに挑戦。

もうひとつ気になるのが、ホルモン屋さんの営業時間。
例えば、今回お邪魔した花千鳥さんの開店時間は朝10時。ということは、その時間からホルモンを食べたいお客さんがいるってことですか?

そういうことです!
特に、農家さんたちは朝のうちに仕事を終えで、10時ぐらいから酒っこやりながらホルモンつまんだりしてますよ。
幸楽さんは朝9時台から開いているので、うちもよくホルモンを買いに行きます。食べるのはさすがに午後ですけど(笑)。
だいたい夜に食べるお家が多いかな。でも、朝ホル、昼ホル、夜ホル、全部いいですよね。
他の地域では、こういう食べ方はあまりされないんですかね?
地元消費がすごいもんなぁ。小さい時から食べてますもんね。
私も東京に住んでた時、わざわざ鹿角からホルモンと鍋を取り寄せて家でやってました。
うちも姉が千葉にいるので、贈答用として送ってます。花千鳥さんと幸楽さんのホルモンを、1000円ずつ買って。
なるほど! 食べ比べセット、いいですね。
一度鍋が焦げつくと味が侵食されるので、火力調節は念入りに。しかし、若干煮汁が少ない気が……。
すると突然、ホルモンに生ビールを飲ませるという衝撃の光景! 「後半戦はすぐ水分がなくなるので、ビールを足します。お肉も柔らかくなっていいんですよ」

大胆かつワイルドな「鹿角ホルモン」という食文化。秋田県内の他の地域にはない、独特な空気をまとっていますが、この地に根付くきっかけは何だったのでしょう?

諸説ありますが、鉱山文化の影響が強いみたいです。
昔、鹿角にあった「尾去沢おさりざわ鉱山」では、馬とか牛が労働力として使われていました。それらを処分する時に内蔵も手に入るんで、どうせ捨てるんだったら食べちゃおう、と。
岐阜県にも昔、鉱山で栄えた地域があって、そこでもホルモン料理が根付いているそうです。がっつり濃い味でスタミナ満点のホルモンは、鉱山で働く人たちにも人気だったんでしょうね。
鉱山で働くために全国から労働者が集まった時代だから、外の文化と鹿角の文化が融合しながら定着していったんじゃないかな。
ホルモンって、一口ひとくちが新鮮に感じません?
口に入れるたび「おいしい!」みたいな。
んだ! いちいちおいしいんだよなぁ。
熱々なのもいいし、冷めてきても歯ごたえが出て、それもまたいい。
止まらないですよね。スタミナもつくしお酒にも合うし、ホルモンは主食であり最強のつまみです。
ホルモンの話をする時、とても楽しそうな2人につられてどんどん箸が進みます。もしかして、ホルモン克服したかも……?

単なる名物の枠を超え、文化として人々の暮らしに浸透し、もはや切り離すことができない鹿角とホルモン。作り方にひと手間あるのもまたよし。「鹿角ホルモン」は、鹿角という町だからこそ生まれた、唯一無二のカルチャーでした。

【花千鳥】
〈住所〉鹿角市花輪堰向10
〈時間〉10:00〜23:00
〈定休日〉月曜日・1、5、8月は不定休