

対照な二人、必然の宿。Bar & Stay Yuzaka
2020.09.16
ゲストハウス、ホテル、民宿、旅館、温泉宿……宿には様々な形があり、魅力もそれぞれに異なりますが、鹿角市大湯には、それらの魅力を兼ね備えたような宿があります。
昨年11月に本オープンしたゲストハウス「Bar & Stay Yuzaka」。
ここは、ゲストハウスの気軽さ、ホテルのホスピタリティ、民宿のアットホーム感、旅館の風情、さらには温泉までもが備わっている、至れり尽くせりな宿なんです。まずは、その内部をご紹介していきます。


















尚、10月以降、全て動物性食材不使用のベジタリアンメニューに変更する予定となっている。




このように、大充実の宿。こちらを営んでいるのが、諏訪芳明さん、英子さんご夫妻です。
お二人にお話を伺ったところ、この宿の素晴らしさの裏には、ご夫妻の奇跡ともいえる出会いがあることがわかりました。
偶然?必然? 大湯に導かれて

——お二人はご出身はどちらなんですか?
芳明さん- 私は神奈川県出身なんですが、父の代までが大湯なんですよ。おじいちゃんおばあちゃん家がこちらにあって、子どもの頃はよく来てました。
——英子さんは?
英子さん- 18歳までこっちにいたんですがその後は県外に出て、昨年の春までは神奈川県の逗子市に暮らしていました。
——となると、お二人は神奈川で知り合ったんですか?
芳明さん- いえ、知り合ったのは、ここ、大湯です。私が独身でこっちにきて。ここはもともと、使われていなかった古い旅館で、それをゲストハウスにするために、構想段階から1年半くらいかけて改装をしたんですが、壁を壊している時にちょうどこちらに帰省していた彼女と知り合って。

英子さん- 私は逗子でカフェをやっていたんですが、うちの母と、彼の亡くなったおばあちゃんが知り合いだったというのもあって、帰省したタイミングで「何か自分の活動にも繋がる情報をシェアできるかもしれないし、面白いかもよ」って、母に言われていたんですが、たまたまランチの席で一緒になってお話ししたのがきっかけでした。
——すごい偶然ですね!

英子さん- 当時、私は鹿角に帰ってくるつもりはこれっぽっちもなかったんですけど、やっぱり向こうで続けていく大変さもあって。すごく良いタイミングの出会いでしたね。
——芳明さんは、英子さんに出会うまでは、お一人でやっていこうと思っていたんですか?
芳明さん- いずれは「女将募集」って、どこかに広告でも打とうかなって思ってはいましたけど(笑)。
まずは自分で移住をすることを決めました。今、この宿のすぐそばでワイン屋さんもやっているんですが、そこが祖父母の家だったんです。そこを売ってしまおうかという話が出ていたんですね。古い屋敷なんですけど、諏訪家代々が住んでいた家なので、もったいないし、なんだか呼ばれてる感じがして。

芳明さん- この宿の建物は遠い親戚の家なんですけれど、親父がこの宿の建物も譲ってもらえるように話をつけてくれて。ここなら温泉もあるし、周辺には外国人が泊まりやすい宿も少ないので「ゲストハウスをやろう」ということで、構想を練っていきました。
二人のバランス

——今回、一泊させていただきましたが、ここは「ゲストハウス」の域を越えているように感じました。提供されている食材だけでなく、アメニティまでもオーガニックにこだわられて、さらには温泉まである。
芳明さん- 食事やアメニティについては、完全に妻のこだわりです。採算度外視で(笑)。
英子さん- 私は「田舎のおばあちゃんの家に来た時のようにくつろいでほしい」と思っていて、皆さんにストレスなしで帰ってもらいたいなって。
自然の力をいかした原料で出来るだけ、リラックスして帰って欲しいという気持ちがあるんですよね。ゆくゆくは、この土地の植物で手作りの物など作れたらいいなと思っています。

——そういうコンセプトはお二人で決めてきたんですか?
芳明さん- 私は設備や造りにこだわっていて。というのも、大湯って、決して明るくはない、むしろ寂しさすら感じる場所という印象を持ってました。老舗の旅館を営んでいた遠い親戚の宿も廃業となってしまいましたし。
だから、半端な宿を作っても誰も来ないなっていうのを感じていたんです。ここを目指してきてもらえるような施設にしたいなっていう思いが根本にあるんですよ。いまだに、お金ができたら天井直したりしてますし、これからは温泉を活かして床暖にもしたいですし。

英子さん- 考え方の入り口が違うんですよね。こっち(芳明さん)はハード面にお金をかけて、私はソフト面にお金をかける。
芳明さん- まあ、バランスが取れているとは思いますよ。彼女は、環境とかライフスタイルとか、生活の面でのサスティナブルを追い求めていて、私は経営とか社会としてのサスティナブルがないと意味がないなと思っていますしね。
——よくぞ出会いましたよね。考え方は違えど、目指すところは一緒なんですよね。お二人の考え方が一つになって提供されるからこそ、泊まる側にとっては最高の宿になっているんですね。
アジアに学ぶ未来

——でも、ご縁はあるものの、よく知らない土地でやっていくことに不安はなかったんでしょうか?
芳明さん- もともと、都会では暮らせないなっていうのは若いときから感じていて、早いタイミングで田舎暮らしをしたいと思っていたんですよ。
——都会のどういうところが難しかったんですか?
芳明さん- 通学の時のあの電車の混み具合とか、長いエスカレーターで、みんなが左側に寄って、空いている右側を歩いていく人がいる。自分のなかでは、あれがあり得なくて。
横浜で生まれ育ちましたけど、小学生のころは父の転勤で北海道や秋田市にも暮らしたことがあるんですよ。そこで、田舎の楽しさっていうのを知っていたから、というのはあるかもしれませんね。

——それでも、宿を経営するというのは、なかなかハードルが高かったのでは?
芳明さん- 最初は、小水力発電とかもやりたいなって思っていたんですけれど。
環境や自分自身にも負荷をかけず、悠々自適に暮らせることって何かなっていうのが基本にあるんですよ。
——宿というのは、かえって負荷のかかる仕事のように感じますが(笑)。泊まる側が快適に過ごせている分、お二人はかなりストイックに仕事をされているように思えました。
芳明さん- そこは割り切っていて、建物は自社物件ですし、今の所、常用の従業員もいない。今は毎週3日休んで週末営業に近い形を取っているんですよ。昨年の冬は5週間休んだし、今年も2ヵ月近く休もうかと思っています。
英子さん- 休暇中には、アジアのサスティナブルをテーマにした宿を見に行って勉強してきたんです。「世界ってすごいな」って感じてきました。
——どんな違いがありましたか?

英子さん- マレーシアのペナン島はリサイクルや海洋プラスチック問題など環境のことをすごく考えていて、ゴミを分別したり、ゴミを出さないようにしたりすることを、暮らす人たちが当たり前に取り組んでましたね。
タイにあるスアン・サンプラーンのホテルも素晴らしくて、オーガニックファームやビオマルシェがあったり、エコファーマーを育てていたり、フェアトレードを大切にしたり、お互いに向上出来るシステム作りをして、全てがよく循環してるんですよ。
旅のなかで「鹿角でもこういうふうにやっていったら面白いね」っていうビジョンが生まれるんですよね。
永続地帯という必然

——鹿角市は「永続地帯(再生可能エネルギーで住み続けるためのエネルギーを自給できる地域)」でもあるんですよね。そういった土地で、元々エネルギーや環境への意識を持ったお二人が出会って活動されるというのは、すごい偶然というか……。
英子さん- 必然だよね。
芳明さん- これからは、宿としてエネルギーや環境のこともアピールして、海外の方にもわかってもらえるものにしていきたいんですよね。

英子さん- 環境のことを考えている人が、気兼ねなく、ストレスなく旅ができるようにしたくて、うちは電力は自然エネルギー100%(太陽光を主に、水力、地熱)に変えたんですよ。
芳明さん- 環境のことを考えている人は、食事もオーガニックやビーガンだったりする方が多いということに、欧米のお客さんが来ると実感しますし。
——ここは、さらにコアな考え方を持った場所になっていきそうですね。
英子さん- 私は、次のテーマは「愛の循環」だと思っています。人と人って、ずっと繋がっていくので、利益だけの関係じゃなく、そこに見えない愛や思いやりっていうものがあれば、世の中や社会がよくなるんじゃないかなって。食べることも、考えも、仕事も人間関係も。それをうまく表現できる宿になればいいんですが。

芳明さん- う〜ん。わからなくもないけど(笑)。行き着くところはそこなんだという理解はあります。でも、そこまでの繋ぎというか、ちゃんと税金を払って、宿としての収益を上げていかないといけないから。この辺りに空き家が多いのはそういうことが一因だとも思いますし。私の役割はそこかなと。
——ふふふ。やっぱり、お二人は最高のバランスですね!!

【Bar & Stay Yuzaka】
〈住所〉鹿角市十和田大湯下ノ湯19
〈TEL〉0186-22-4825
〈HP〉https://www.yuzaka.info/