鹿角夜歩きのすすめ
2018.12.12
いつもと違う町の匂い、見知らぬ人々、馴染みのない店の名前。
昼間は新鮮で輝いて見えたものがまったく別のものに感じて、旅先での夜は少し不安になることが多い。
そんな時、店内から漏れる明かりに誘われて、思わず立ち寄ってしまうのが地元の居酒屋だ。その土地の旬の食材を使った料理や地酒を堪能しつつ、店のご主人に悩みを打ち明けたり、ローカルな裏話を聞いてみたり……。
まず向かった先は、鹿角花輪駅から徒歩5分ほどのところにある居酒屋「酒蔵」。今回の宿泊先「銭川温泉」の旦那さん行きつけのお店で、教えていただいた時「ちょうど一昨日も行ってきたところです」と照れくさそうに笑っていた。
聞くところによると、店のご主人がとても気さくな方で、気付けばお客さん同士を繋ぐ「仲人」のようなことをしている、とか……一体どういうこと?
夜7時半。人気のない路地裏の暗闇に、ぼんやりと浮かぶ「やきとり」と「おでん」の赤提灯を見つけた。引き戸を開けると、カウンター席の向こう側から「いらっしゃい」と声が響いた。優しげな笑みを浮かべた男性がこちらを向いている。この方が、噂の仲人さんだろうか。
外の寒さから逃げるように座敷へ上がり、飲み物を注文して、お通しの豆腐をひと口食べた瞬間、じゅわっと広がる旨味がたまらない。
——このお豆腐、とってもおいしいですね。
- ご主人
- ありがとうございます。おでんの出汁をたっぷり染み込ませているんですよ。季節に関係なく、20年以上ずっとお出ししてます。
——なるほど! この旨味はおでんの出汁だったんですね。
実は、今晩お世話になる銭川温泉さんでオススメのお店を聞いたら、真っ先にこちらをご紹介いただきまして。それであの……噂によると、ご主人は仲人さんをされているということですが、一体どういうことなんでしょうか?
- 畠山さん
- ははは! 仲人ってほどのものでもないですよ(笑)。
以前、うちにいらしたお客さんで、「実は僕、気になる女の子がいるんです」って言う人がいてね。悩んでるみたいだったから、「じゃあ、今度食事にでも誘って店に連れで来なさい」って言って、同じぐカウンター席で彼女の話もじっくり聞いたわけです。
そしたら、考え方もしっかりした良い子でね。「この子だげは絶対に逃しちゃいけないよ」って彼に伝えたら、結局お付き合いすることになって、ついには婚約まで。
婚約後、ご家族も一緒に店に来てくれました。そしたら、「2人を繋いでくれた人だがら」って、挙式で仲人をやってくれないかと頼まれたんです。最初は恐縮してしまってお断りしたんだけど、「せめで挙式だげでも」ってことで、ご招待いただいて出席したんです。
——素敵ですね。するとご主人は、お2人の恋のキューピッドなんですね!
- 畠山さん
- いえいえ、そんな大層なもんじゃないですよ(笑)。まあ、そういう感じでね、今まで3組くらい……。
——えっ、3組ですか!? それはすごい!
- 畠山さん
- お客さんたちのお話をよーぐ聞いてると、「なんとなぐこの2人は合うかもな」って思うことがあるんです。うぢには、若い子からご年配の方まで、いろんな世代のお客さんがいらっしゃいますから楽しいですよ。これもご縁ですねぇ。
——ご主人はずっとこちらでお店を?
- 畠山さん
- この店は今年で23年目かな。もともと、すぐ近ぐのホルモン屋さんの隣で19年間お店をやってだがら、鹿角に来てがらは40年近ぐになるねぇ。
——ということは、ご出身は鹿角ではないんですね。
- 畠山さん
- そう。実は私、生まれは秋田市なんですよ。
——それがまた、なぜ鹿角に?
- 畠山さん
- (左手の小指を立てながら)コレです、コレ……なんてね(笑)。
まぁ、紆余曲折あって、仙台(宮城県)にある「三吉」っていう有名なおでん屋さんで修行したあと、最終的に鹿角に来ました。スナックとか居酒屋とかいろいろな所で働きましたけど、やっぱりおでん屋さんで習ったことを生かしたくて、完全に切り替えたんです。今思えば、それが良がったのかなぁ。
——なるほど。さまざまなお仕事を経て、初心にかえったわけですね。
- 畠山さん
- やっぱり、人と人の仲を取り持つのが好きな質なんだけど、私自身は女房に先立たれたり、60歳のときに再婚したり。もうすぐ72歳になりますが、今が3回目の結婚なんです。
——そうでしたか! じゃあ、これまでの経験をもとに、お客さんに幸せのおすそ分けをされているんですね。
——メインはやっぱり、焼き鳥とおでんですか?
- 畠山さん
- 基本はそうですね。メニューはできるだけ増やさないようにしてます。
焼き鳥は、さっき食べていただいたモモ肉が目玉商品。食べ応えとジューシーさが出るようになるべく大きく切って、ニンニクが入った塩胡椒で味付けしてるんです。おかげさまで好評ですよ。
——おでんも、どの具材も出汁がたっぷり染み込んでいて感動しました。特に大根なんて、あんなにスーッとお箸が入るものかと……。
- 畠山さん
- ありがとうございます。いろいろありますから、ひとつずつお好きな具材を選んでも良いですし、おまかせでお出しすることもできますよ。
——ご主人は、鹿角のどういうところが好きですか?
- 畠山さん
- いちばん気に入ってるのは、温泉だね! 鹿角はね、どご見でも温泉があるんですよ。ここへ来て40年以上経づけど、自宅の湯船にはまだ浸かったごとないの。毎日温泉。温泉が好きで、鹿角に住み着いたような感じです。
——毎日温泉! ちなみにオススメはどこですか?
- 畠山さん
- いろいろあるけど、私が好ぎなのは「志張温泉元湯」。車1台通れるかどうかの道を行くと現れる、知る人ぞ知る名湯のような雰囲気です。そばに渓流があって、とっても良いところですよ。
あどは、大湯温泉かな。ただ、共同浴場はね、お湯の温度が高くて高くて……熱すぎで入られなくて水足そうどすると、地元のおじいちゃんたちから「ダメだダメだー! おめ、どっから来た?!」って怒られるんです(笑)。鹿角は温泉が飽ぎないほどあるねぇ。時間があったら、ぜひ行ってみてください。
わざわざ店の外まで出て見送ってくださるご主人。帰り際、店名の由来を聞くと、「父の名前“兼蔵”から一文字もらってつけたんです」と、はにかむ姿が印象的だった。
初雪の気配が漂う夜、心も体もすっかり温まって良い気分だ。時計を見ると、夜9時。いや、まだいける……と、歩くこと数分。相変わらず真っ暗な路地に、「酒」と書かれた提灯が揺れている。
店の名前は、「そらにほし」。紺色の暖簾が凛とした雰囲気をまとっている。誘われるように戸を引くと、店内には明るい笑い声が響いていて、さまざまな酒瓶が並ぶカウンターの向こう側では、店主らしき男性がてきぱきと手を動かしていた。
揚げ物、焼き物、サラダ、お刺身、甘味などがバランスよく並んだメニューの中で、個人的に大ヒットしたのが「柿マスカルポーネ」。
苦手だと思っていた柿が、こんなにおいしく食べられるなんて。しかも、この不思議なコクは一体何なのか……どうしても気になる! 最後のお客さんがいなくなったのを見計らい、思い切ってご主人に話しかけてみた。
——この「柿マスカルポーネ」、おいしくて2回も頼んじゃいました。コクがあってクセになりますね。隠し味に何か入ってるのでしょうか?
- 石田さん
- ありがとうございます。これは、柿をマスカルポーネチーズで和えて、最後にブラックペッパーを少々。あとは何も入れてないんですよ。
——そうでしたか! 素材のおいしさが生きた一品ですね。
——さっきいただいた飲み比べ3種、どれもおいしかったです。秋田以外のお酒もいろいろあるんですね。
- 石田さん
- 最近は、ネットの影響もあって日本酒に詳しい人はたくさんいるし、せっかくなら、秋田に限らず他の土地のお酒も楽しんでほしいと思ってます。
それと、僕自身お酒が好きでたまらなくて、いつも新しいの開けたくてしょうがないんですよね(笑)。でも、最終的に「やっぱり“千歳盛”が一番!」って言ってもらえると純粋にうれしいです。
——鹿角の地酒、“千歳盛”! 地元の皆さんが愛してやまないお酒だと聞きました。
- 石田さん
- 鹿角では最近、日本酒以外にワインやウィスキーも新しく出てきたし、これからもっと面白くなっていくんじゃないかな。
——もともと、鹿角ご出身なんですか?
- 石田さん
- そうです。僕が大湯で、嫁さんは八幡平。でも、僕はずっとこの田舎が嫌で……早くここから出たいと思ってたので、高校卒業してからは札幌で15年過ごしました。音楽もファッションもアメリカの方ばっかり向いて生きてきて、その頃は海外の方が絶対に面白いと思ってたんです。
ところが、札幌で海外の方々と接していると、秋田の食材(キノコや山菜)の話をされることが多くて。ただ、もともと興味ない地元のことだったから、「こういうのあるよね」って言われても全然共感できなかった。変な話、当時はきりたんぽ鍋の作り方も知らなかったんですよ(笑)。
——えっ、でも鹿角は「きりたんぽ発祥の地」って言われてますよね……?
- 石田さん
- そうなんです(笑)。20代の頃は、それくらい食に関心がなかった。
でも、海外の方々からいろいろ聞かれるうちに、だんだんと地元や日本食について興味を持つようになってきました。それに、自分の中でなんとなく「海外で和食は食べたくない」って感覚があって。
——確かに、海外でわざわざお寿司やお蕎麦は食べたくないかも。逆も然りですよね。
- 石田さん
- 実は、嫁さんのお父さんが鹿角でずっと居酒屋をやっていたんです。だから、嫁さんも料理の知識があって、いろいろ教えてもらいながらひたすら勉強しました。それで2年前に帰ってきて、半年後に2人で店をオープン。
——じゃあ今は、お店を始めてから1年半くらいなんですね。土地を知らずに出て戻ってくるって、抵抗はなかったですか?
- 石田さん
- なかったといえば嘘になるけど……でも正直、札幌で同じスタイルでやっても埋もれちゃってたと思うんですよ。日本酒メインのお店って鹿角ではあまりないし、実際埋もれずにやれてるので、やっぱり戻ってきて良かったと思います。
それに、文化や歴史を見ると本州にも面白いものがたくさんあるし、何よりこっちが自分のルーツなわけで。だから、「独立するなら帰ろう。今は地元の方が面白い」って単純にそう思いました。
- 石田さん
- 僕ら自身も食べるのが大好きで。ここからだと、秋田市まで行くより弘前(青森県)や盛岡(岩手県)に出る方が断然近いから、オススメのお店とかいろいろ聞けて面白いですよ。
——そう考えると、北東北3県に接している、ってユニークな土地ですよね。ふだんの生活はいかがですか?
- 石田さん
- こっちの冬は、まだ慣れないですね。札幌の冬は空気がキーンと冷えて、顔に当たる雪も痛いくらいだったけど、こっちの雪は少し温度感があるというか、踏むとキュッキュッて鳴るじゃないですか。あれが楽しいですよね。
あ、でも、鹿角はやっぱり温泉ですよ! 意外と混浴も多くて、小さい頃はいつもおばあちゃんに連れられて入ってました。「昔はモテたのよ〜」なんて、武勇伝とか聞かせてもらいながら(笑)。
——大湯の共同浴場も然り、「手がつけられていない良さ」みたいなものがある気がします。
- 石田さん
- 僕、「何もない」って良いことだと思うんですよ。観光客向けに新しいものを作ろうとする親切心もわかるけど、変にカッコつけたりしなくていいんじゃないかな。地元の人が通う温泉とか、うまい飯と酒とか、町全体が盛り上がる祭りとか。鹿角だって、今のこの「あるがまま」の風景がいちばん良いと思います。
「また来てくださいね」と笑顔で見送ってくれた2人。店名は、鹿角に戻ってきた日の夜、満天の星を見上げた時に決めたそうだ。
「久々に鹿角の星空を見て、この美しさは絶対に忘れたくないと思いました。いつも当たり前のように見ているからこそ、大事にしたい景色です。だから、僕らも初心を忘れずにいこう、っていう思いを込めて」
鹿角の夜に、旅先で感じるいつもの不安はなく、晴れ晴れとした気分で帰路につく。時計の針は間もなく、真夜中にさしかかろうとしていた。
【居酒屋「酒蔵」】
〈住所〉鹿角市花輪字堰向11
〈時間〉18:00〜24:00
〈定休日〉日曜・祝日
〈TEL〉0186-22-2536
【そらにほし】
〈住所〉鹿角市花輪字堰向29
〈時間〉17:30〜24:00(23:00 L.O.)
〈定休日〉水曜日
〈TEL〉0186-27-9233