秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード
男鹿市編

編集・文:矢吹史子 写真:高橋希

TOMOSU CAFEから広がる、豊かな波紋

2021.01.20

2020年5月、男鹿おが市に「TOMOSU CAFEトモスカフェ」がオープンしました。
これは、精肉店「グルメストアフクシマ」を営む福島智哉さん、「こおひい工房 珈音かのん」を営む佐藤毅さん、服飾ブランド「Own GArment productsオウンガーメントプロダクツ」を営む船木一人かずとさんの3人が始めた店。

職種の異なる3人が一つの店を始めるのには、どんな思いがあったのでしょうか? そして今、この店を基軸に、男鹿には、小さいながらも豊かな波紋が広がりつつあります。

この店のオーナーである、船木一人さんにお話を伺っていきます。

「生き死に」から得たもの

——はじめに、船木さんご自身のことを伺いたいのですが、ご出身は男鹿なんですか?

船木さん
船木さん
はい。高校を卒業してから、東京へ出たんですが、東日本大震災をきっかけに秋田に戻ってきました。
僕の人生は「生きる」というのがテーマなんですが、そうなったのは、震災を経験して、生き死にを感じたことが大きいんです。

——「生き死に」というのは……?

船木さん
船木さん
震災のあった日、僕は出張で山梨にいて、妻は東京で働いていたんですが、第一子の出産予定日が2カ月後に迫っていた頃だったんです。ちょうど、3月12日に、一緒に検診に行こうと言っていたなかでの震災だったんですね。

山梨からは電話も繋がらなくて連絡が取れない。その時に「もしかして、このまま会えずに死んでしまうのかな」と思ってしまって。
船木さん
船木さん
そこからですね、「生きるってなんだろう」とか「自分の人生ってなんだろう」ということを考えるようになったんです。

会いたい人に会えないまま死ぬとか、何かを犠牲にしないと経済が成り立たないとか、震災直後から普通にスーツ着て仕事に行くこととか……それが社会人だって言われても、なんだか全然納得できなくなってしまったんです。

「じゃあ、社会人じゃなくていいや」とすら思えてしまって。
船木さん
船木さん
それに僕は、子どもの成長を見ていくことを大事にしたかったし、仕事も、もっと自分の好きなことをしてみたいっていうのもありました。

そういうこともあって、男鹿に帰ろうか迷っていたんですが、同時に、妻からも男鹿に帰りたいと言われたんです。妻は岩手県出身なんですが、地元は原発の事故の影響がありそうな地域だったので。でも男鹿はその可能性がかなり低い。

「男鹿でだったら生命を維持できるんじゃないか? 海もあるし、山もある。社会人としては生きていけないかもしれないけど、人間としては生きていけるかもしれない」と思って、帰ることにしました。

——震災を機に、生活も考え方も変わっていったんですね。

船木さん
船木さん
はい。「生きる」ということをテーマにしてからは、生きていられるんだったら楽しくしたいよね。楽しくしたいんだったら子どもたちの未来も楽しいことを想像したいよね。そして、僕らが当たり前に生きてこられた場所を当たり前に残して、次の世代に渡していくというのは、大人の役目だよなって思うようになって。

そうしたら、すごく生きやすくなっていったんですよね。そして、そんなふうにして暮らしていくなかで、佐藤さんや、福島さんに出会ったんです。

それぞれの、大事なもの

「グルメストアフクシマ」の福島智哉さん。この店はコロッケが看板商品。なんも大学記事「101年目のコロッケがつくる、オーガニックな繫がり?」でもご紹介しています。
船木さん
船木さん
福島さんに最初に会ったときに、居酒屋で「智哉くんは、最終的に何をしたいの?」って聞いたら「世界平和です」って言ったんです。

——世界平和!?

船木さん
船木さん
「こいつ、何言ってんの?」って思うじゃないですか。でも、続けて「例えば、世界の首相が集まるような場所で、空気がピリピリしていたとする。でもそこに、おにぎりとうちのコロッケを出して、それを食べたらみんな『あれ?これ美味しくない?』となって緊張がほぐれる。そんなふうに空気を変えることが理想なんだ」って、ためらいなく言うんです。
船木さん
船木さん
そして、それを聞いたときに僕は「そんなこと絶対無理だ」っていうことは全く思わなかったんですよね。
そこから、福島さんに食品の裏側や、添加物のこと、農薬のこと、体や土に対しての意識なんかを教えてもらって、さらに、子どもたちの世代のことも含めて一緒に考えていくことに繋がっていったんです。
船木さん
船木さん
珈音の佐藤さんは、最近食パンを作って販売してるのですが、いずれは薪窯でパンを焼きたいと言ってるんです。そこまでは、普通のパン屋さんと変わらないかもしれない。
「こおひい工房 珈音」の佐藤毅さんによるオリジナルの「灯すブレンド」。店内で焙煎したての味を楽しむことはもちろん、豆の販売も行っている。
船木さん
船木さん
でも、佐藤さんはそれだけじゃなく、山の木を薪にして間引いて、土に光を入れることで微生物が活発になる。すると、水がきれいになって、その水が自分たちの里山の田畑に流れていく。すると、そこの生態系が蘇って蛍が舞い戻ってきたら、自分たちが子どものころ見てきた男鹿の原風景を子どもたちに残せるんじゃないかっていう、壮大なことを考えているんですよ。

——そのうえでの、パンづくり。

船木さん
船木さん
そうなんです。美味しいパンを焼いて、いくらで売って、いくらの利益を得て……っていうものとは全く違う視点で動いているんですよね。

町にとろけてる場所

——みなさん、スタートは違うけれど、行き着く先の考えはどこか共通していますよね。

船木さん
船木さん
そうなんですよ。すごく共感し合える。そういうこともあって、僕たち3人は、以前から、男鹿で「ひのめ市」というマルシェイベントを一緒にやってきたんですよ。
船木さん
船木さん
そこから店を作ることになったのは、県の事業の「動き出す商店街プロジェクト」というものに参加したのがきっかけで、3人で「合同会社船川家守舎ふなかわやもりしゃ」を立ち上げました。始めは本当にやりたいことを小さくできればそれでいいと思っていたんですが、やっていくうちに、こんなに大規模になってしまいました(笑)。

——やりたいことというのは、どんなことだったんでしょう?

船木さん
船木さん
この場所でやりたかったのは、本当に美味しい珈琲を飲めて、本当に美味しい、かつ安心で丁寧なご飯が食べたいっていうことが基本なんですが、僕たちがやりたいのは、それをさらに「日常化」させていくことなんですね。
この日いただいたのは、人気メニューの「鶏肉飯ジーローハン」と「ソースカツ丼」。いずれも、グルメストアフクシマの肉を使用している。
船木さん
船木さん
男鹿は、ナマハゲを代表とした観光の町という印象が強いかもしれませんが、僕らが目指したのは、当たり前にずっとそこにある地元のカフェ。
外から人をガンガン呼び込むというよりは、気張らず、当たり前のように、地元の人たちも外から来る人たちも混じり合う場所。
船木さん
船木さん
そういうのを、僕らは「町にとろけてる」と言っているんですが、福島さんのコロッケはまさにそれで。地元の人たちが当たり前に食べていて、ソウルフードのようになっているんですよね。

それは、地元の人には見えづらいかもしれませんが、じつは、ものすごく価値のあること。そういう場所を目指したいんですよね。
船木さん
船木さん
ただ正直、3人とも経営者としては全く失格なんですよね。儲けようと思ってやってない。儲けることが良いとか悪いとかは置いておいて、その前にもっと大事なことがある、というところでやっているんですよね。

——それは、例えばどんなことでしょう?

船木さん
船木さん
3人とも、多少の不利益をこうむっても「やりたくない」ということは共有で持っていて、例えば、店では化学的な原材料の洗剤は使わないようにしていたり、フードロスがないように食数を限定したり。

提供するものは基本、手作りで、野菜もなるべくその時手に入る自然なものを使用して、食事もドリンクも不自然なものは一切使っていません。
ショコラテリーヌは、スタッフでもある、船木さんの妹さんのお手製。珈音さんの珈琲とよく合う。

——それぞれ、ふだんの職種は違うけれど、ここがあることで日々の考えを実践できるんですね。

船木さん
船木さん
これからは、子どもが2階で遊べるようにしたり、事務所が入れるようにも準備しているんですよ。

理想としては、子どもが遊んでいる間に、お母さんたちが息抜きをできる場所にしていきたいんですよね。あとは、ものづくりをしているお母さんたちが、ちょっとした隙をみて、作って売ることのできるようなコワーキングスペースを作っていったり。
船木さん
船木さん
あとは、時間貸しや間貸しというのは少しずつ始めていて、今も「ちょうちんフライデー」といって、月に2〜3回、居酒屋の赤ちょうちんのようにして、夜の時間を使った企画もやっています。

こんなふうに、いろんな人に使ってもらって、変化に身を委ねるようにしながらやっていきたいと思っています。

9人もいる!?

——スタッフも充実している印象です。

船木さん
船木さん
今、全部で9人いるんですよ。

——お店の規模にしては多いですよね?

船木さん
船木さん
はい。うちは、2時間くらいの勤務の人もいれば、夕方だけの勤務の人もいるし、赤ちゃんをおぶって働いている人もいたりするんです。
この日は、赤ちゃん連れで働くスタッフが出勤。スタッフみんなで我が子のように可愛がる姿が印象的。
船木さん
船木さん
子どもがいるから働けないっていうのも、短い時間では働けないっていうのもなんか違うなって思うんです。今までの働き方というのに縛られず、限られた時間でもその仕事にグッと向き合えるなら一緒にやっていきましょう、という考えでやっています。

そして、みんな週休2日はとってもらうようにしているんですよ。その時間で、ほかのカフェに行ったりいろいろな経験して、それをこの店や自分の人生に生かしてくれたらいいなと思うんですね。

——とても理想的ですね。

船木さん
船木さん
実際、けっこう人件費はかかるんですが、我ながらいい職場だなと思うんですよ。
僕は、ここで働く人たちが、この店をどこまで自分事として捉えていけるかっていうことがすごく大事だと思うんですね。
僕が言わないとやらないっていう状態だと、なかなか細かいところに行き届かない。
船木さん
船木さん
なので、僕はイメージだけを投げておくようにしているんです。

するとみんなが、「オーナーの言っていたことってどういう意味だろう?」「こういうふうに対応したらお客さんが喜んでくれるかな、リピーターが増えるかな」と自発的に考えるようになるんですね。なので、僕は店にはあまり深くは入っていないんですよ。

——目はかけてるけど手は出さない、というやり方なんですね。

船木さん
船木さん
僕なんかより、みなさんのほうが優れたところがたくさんあるんです。そして、上に立つ人間が僕みたいにグラグラだと、みんなしっかりしてくれるんですよね(笑)。

広がる、豊かな波紋

——ここができたことで、男鹿に新しい流れができたと思うのですが、男鹿や秋田全体を変えていきたいというような思いはあるのでしょうか?

船木さん
船木さん
正直、そこに関してはないですね。それよりも、自分の手の届く範囲の人を豊かにしていく方が優先すべきことだと思っています。
船木さん
船木さん
結局、自分の周りすら豊かにできていないのに、それ以外のところを豊かにするなんてできないと思っていて、自分の家族、子ども、友だちを豊かにするのがまずは一番大事なことです。
でも、そうしていくことで、今度はその友だちがほかの友だちを豊かにして……というのが波紋のように広がっていって、最終的にみんなが豊かになっていく。

トップダウンで大きく流れを変えるより、草の根運動的に波紋が重なり合うところが多くなっていくことのほうが、優先すべきことじゃないかと思っています。

——無理のない形でありながらも、深く循環するように広がっていく。とても理想的に思えます。

船木さん
船木さん
今、店に来てくれる学生さんたちも男鹿に移住したいと言ってくれていたり、「男鹿で何かをしてみたい」っていう人たちが増えてきたんです。僕の住んでいた田舎を、そういうふうに思ってくれるなんてね。

でもそうやって、若い人たちが「自分のしたいことがどこでだってできる」という環境になってくると、一極集中化がなくなってくると思うし、生きたい人生を生きられるっていうことがわかったら、もっともっと楽しくなっていく。

——船木さんが、その体現をされているんですね。

船木さん
船木さん
ハードルを下げるということは意識していますね。「あいつができるなら誰でもできる。気負うもんじゃない」っていうのを見せていけたらと思っています。

そして、誰がフロントマンでもいいと思うんです。各々が活躍できて、豊かであることがすごく大事だと思っていて、でも、誰かがぽっと前に出たら、それを、ガッとみんなで囲んで手伝えるような、各々の豊かさと幸せをフォローしあえるような、そういうチームでいられたらいいですよね。

【TOMOSU CAFE】
〈住所〉男鹿市船川港船川栄町89−3
〈TEL〉0185-47-6040
〈Facebook〉https://www.facebook.com/Tomosu-cafe-105780674484901/

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