秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード

編集・文:菅原真美 写真:高橋希

男鹿海洋高校で受け継がれる さば缶学
-SABAKANGAKU-

2019.09.25

栄養価が高く、料理のアレンジも幅広い、そしてお値段もお手頃。「さば缶」の有能ぶりに注目が集まっている昨今。秋田でも、ある「さば缶」が話題を呼んでいます。50年前から代々受け継がれてきたその味は、イベントでの販売を重ねるごとに口コミで広がり、今では即完売してしまうほど大人気に。地元の人々をトリコにする美味しさを生み出しているのは……なんと男鹿の高校生!

男鹿海洋高校。秋田県で唯一、水産系の科目が学べる高校です。学科のひとつである「食品科学科」の実習にて、生徒たちの手で作られているという噂の「さば缶」。今回、その実習現場にお邪魔しました。

校内には、亀やアザラシなど、海の生き物の剥製がたくさん!

お話を伺ったのは、食品科学科主任である大高英俊おおたか ひでとし先生です。

食品科学科に赴任して今年で21年目。数々の生徒のサバ缶実習を担当してきた。

——今日はよろしくお願いします!食品科学科の皆さんが作る「さば缶」がとても美味しいと話題になっていますね。

大高先生
大高先生
元々、学校祭を中心に販売をしていて、外部のイベントにはあまり出していなかったんです。学校として本格的にイベントに参加し始めて、出店の依頼も増えるようになって認知されるようになってきました。リピーターも多いですね。

——9月上旬に秋田で開催された「全国豊かな海づくり大会」の関連イベントでも販売されたんですよね。

大高先生
大高先生
はい。整理券を配布して、午前・午後で400缶ずつ販売したんですが、15分程で完売しました。

——15分で完売!ものすごい人気ですね!

こちらが食品実習室。この日は食品科学科2年生の実習日。
今回作るのは「さば水煮缶」。ノルウェー産のさば220kgを使用し、朝から6時間かけて、およそ870個の缶詰を完成させる。

——食品科学科はこういった実習をメインに授業が組まれているんですか?

大高先生
大高先生
1年生の時は海での体験学習や食品製造の基礎を学び、2年生から製造、保存、流通、衛生管理など食品の専門分野を学びながら、本格的な実習に入っていきます。

男鹿海洋流・さば缶の作り方

この日は、夏休み明けの久しぶりのさば缶実習。夏休み前の実習で身についた感覚を思い出しながら、みんなで大量のさばを仕込んでいきます。

まずは、ひれを除去。
次に頭部、尾部、内臓を綺麗に除去していく。
ノルウェー産のさばは、生きた状態で急速冷凍され、そのまま日本へ。解凍後でも新鮮さがキープされている。
ふくこうを水でよく洗い、血合肉ちあいにくを綺麗に除去していく。
缶の高さに収まるように、切断用のマスに入れて切っていく。
切ったさばは、氷を入れた食塩水につけて血抜きをする。
塩水漬けしたさばを180gになるように量り、缶に詰めていく。
一つのかたまりになるように、胴部と尾部を組み合わせる。綺麗な組み合わせを見極めるのが、なかなか難しい。
肉詰めした缶に、水を注入する。
作業と同時進行で、道具や床、側溝など隅々まで掃除していく。
巻締機まきじめきで缶にふたをし、その後、水でよく洗う。
中心温度121℃の機械で加熱しながら、40分間殺菌する。殺菌終了後は十分に冷却する。
最後にラベルを貼って完成!さば缶は水煮、味噌煮、油漬の3種類。

さば水煮缶の気になるお味は……身がふっくら!新鮮なさばの旨味が凝縮されて美味い!各工程の丁寧さとチームワークの良さが美味しさの秘訣になっているようです。

生徒の二人にもお話を伺いました

食品科学科2年生 村山美紗むらやま みささん。
【学科に入るきっかけ】魚釣りが趣味のお父さんがいろんな種類の魚をさばく姿を見て、自分もできるようになりたいと思った。
食品科学科2年生 高桑莉沙たかくわ りささん。
【学科に入るきっかけ】中学3年生の頃に男鹿海洋高校の缶詰巻締め体験に参加したことがきっかけで、食品科学科に興味を持った。

——2年生から本格的な実習が始まったとのことでしたが、実際にさば缶作りを体験してみてどうですか?

村山さん
村山さん
大変だけど、最初の頃よりは慣れてきて、段々とスムーズに作業ができるようになってきました。
高桑さん
高桑さん
私は魚をさばいたり、缶に詰めたり、実際に作業したものが、開けたらこんな風になっているんだと、すごく感動しました。
秋田の各地域で開催される多数のイベントで商品を販売。(写真提供:男鹿海洋高校)

——イベントでの販売でお客さんと対面する機会も多いかと思いますが、直接感想をもらえたりもしますか?

高桑さん
高桑さん
はい。イベントで立ち寄ってくださるお客さんもどんどん増えていって、「買いに来たよ」「美味しかったよ」と言ってもらえると、とても嬉しくて。頑張って作った甲斐があるなぁと思います。

好奇心が道を開いていく

——先生から見て、このような実践型の授業だと生徒たちの成長は色濃く現れるものですか?

大高先生
大高先生
そうですね。最初は一から教えなければならないけれど、段々とすべての作業が自分の中に入ってきて、自然に動けるようになっていきますね。3年生になるとある程度、自分たちだけでやれるようになってきます。
大高先生
大高先生
この実践を通して身につけてほしいことは、「自分でできるようになる」ということなんですよね。

——自ら学びに行く姿勢で、楽しい気づきがたくさん生まれるといいですよね。

大高先生
大高先生
今の学習指導要領は「主体的・対話的で深い学び」というのがポイントになっていて。それじゃ、「深い学び」って何だろうと考えた時に、私は「好奇心」かなと思っていて。好奇心を持って、何でこんな風になっているのかを疑問に思ったり、これを勉強しようとか、次へ進もうという気持ちを、自分の中に持ってくれれば嬉しいですね。

ネジ1本から商品化まで、すべてを自分たちで。

——先生から見て、男鹿海洋高校の面白さってどんなところにありますか?

大高先生
大高先生
他の学科とも協力し合いながらやっているところですかね。海洋科という学科では、生徒が「航海分野」と「機関分野」に分かれて授業を受けます。
「航海分野」では船舶の操縦や漁獲方法を中心に学んでいく。写真は刺し網漁の様子。(写真提供:男鹿海洋高校)
「機関分野」では船舶機関(エンジン)の運転と保守を中心に学んでいく。(写真提供:男鹿海洋高校)
大高先生
大高先生
「航海分野」の生徒が漁に出て獲ってきた魚を食品科学科に回してもらい、それを加工し、販売をします。機械のメンテナンスで必要な部品が出てきた際は、「機関分野」に発注すると、ネジ一つから作ってくれます。最近だと燻製機を作ってもらったりもしているんですよ。

——すごい!ものづくりに必要なことが、この学校の中に全て揃っているんですね!

かまぼこをイカの中に入れて、煮付けた「イカまぼこ」は、イカの漁獲、企画、製造、包装までの一連をほぼすべて生徒たちで行った。(写真提供:男鹿海洋高校)
大高先生
大高先生
何か困ったら他の学科が手伝ってくれるので、自分たちで何でもできるのが魅力ですね。たとえば新しいアイディアを形にしたい時、今の世の中にある技術を調べてうまく活用して、そこに自分たちオリジナルの技術を取り入れることで、実現へと向かっていく。社会に出て、ものを作る側の立場になった時に、ここで身についた力が活きてくると思っています。

失敗は一番の学び

大高先生
大高先生
2年生の実習での経験を活かして、3年生ではグループに分かれてオリジナル商品を開発する「課題研究」があります。

——生徒さんたちも楽しみにしていると話してくれました。そこで開発された商品で製品化されたものはあるんですか?

大高先生
大高先生
過去に製品化されたものですと、プリンの缶詰や、(ぶりカレーの缶詰などがあります。
左上:比内地鶏の卵を使用した「ぱっか〜んぷりん」。右上:男鹿産ブリを使用した「鰤カレー」。 (写真提供:男鹿海洋高校)
大高先生
大高先生
とんでもないアイディアを出す子も結構いるんですよ。中華系のレトルトパウチはあるけど、中華系の缶詰がないって言い出して。でも、それは失敗するのはこちらではわかっているんですよね。酸が缶を溶かしてしまうから。だけど一回、作らせてみる。すると長期間置くと缶に穴が開いてしまう。最後に答えを見せてから「中華系の食品は缶詰には向いてない。だから包装がレトルトパウチが一般的になってるんだよ」って伝えます。
大高先生
大高先生
最初からこんなんできないよと否定しちゃうと、やらなくなっちゃうので。失敗するのはわかっていても、「やってみろ」と言うんです。

——一度ダメって言われたら、もう諦めるしかないみたいに感じてしまう子も多そうですよね。

大高先生
大高先生
失敗するということは、考えるということ。何が悪かったのかを知ることが大切なんです。教える側は経験上うまくいかないってわかっているけれど、ちょっと放置して、最後にアイディアのヒントを与える。中華系の缶詰の場合、酸を足す前までの味つけにしておいて、食べる人が開封した時に自分で酸を足すようにすればいい、という考え方に行き着きました。

——失敗したけど、じゃあ次はこっちの方法で試してみようと、自分たちで新しい選択肢を作って、どんどん広がっていくといいですよね。

さば缶作りを通して身に付く、ものづくりの視点やチームワーク。そして自分たちで作り上げたものが人々の笑顔になる経験。普通高校では味わえない、実践型の生きた学びがここにはたくさんあります。学びの途中でまだまだ知らない世界が多いからこそ、時に大人をあっと言わせる驚きのアイディアを生み出せるかもしれない。次はどんなオリジナル商品が誕生するのか楽しみでなりません。

【秋田県立男鹿海洋高等学校】
〈住所〉男鹿市船川港南平沢字大畑台42
〈TEL〉0185-23-2321