秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード
北秋田市編

編集・文:矢吹史子 写真:船橋陽馬

秋田八丈がくれた「贅沢」。

2020.10.14

あわい色調の格子柄。モダンで、英国のチェック柄にも通じる品格を感じさせるこちら、じつは、秋田に200年以上続く「秋田八丈はちじょう」という絹織物なんです。

八丈島で生まれた絹織物が全国に伝わり、秋田では、地元産の植物を使った染料で染める技術が確立し「秋田八丈」として評判となりました。
長きにわたり秋田市の「滑川機業場なめかわきぎょうじょう」で製造されてきましたが、平成15年に工場が廃止となります。それを、従業員であった奈良田登志子ならたとしこさんが、地元北秋田市に工房を移しつつ継承。「ことむ工房」を構え、現在、唯一の秋田八丈の工房として稼働中です。

工房を訪ねてみると、風格ある木製の機械がガシャンガシャンと音を立てて生地を作り出していました。

糸と色が織りなす世界

奈良田さん
奈良田さん
この織機は、私が40数年前から使っているの。秋田市で働いていたときからこの機械で、先代から譲り受けたの。今日は調子がいいね。織っているときに横糸が挟まって動かなくなることもあるのよ。

——ずいぶんと細い糸なんですね。

奈良田さん
奈良田さん
こっちが、染める前の糸。

——さらに細い!

奈良田さん
奈良田さん
1本はこのくらい細いの。うちは全部、国産の絹で織っていて、3〜4本でよりをかけて合わさったものを1本として織っていくのね。昔はよりをかけるところからやっていたんだけど、今はよりのかかった状態のものを山形から取り寄せています。

——まずは、この糸を染めていく?

奈良田さん
奈良田さん
そうですね。草木染めで。秋田八丈は3種類の色が基本としてあるんですよ。「黄八きはち」「鳶八とびはち」「黒八くろはち」って呼ばれていて、「黄八」はいろいろな植物が混ざっているんだけれど、主にカリヤスとヤマツツジを使った黄色。「鳶八」はハマナスの根っこからとった茶色、「黒八」はハマナスやヘマチンという外国の植物なんかを合わせた黒。
左の黄色が「黄八」右の茶色が「鳶八」
こちらの黒色が「黒八」

——染めたものを織機で織っていく。

奈良田さん
奈良田さん
縦糸には 1800本の糸が使われていて、染めた糸を一本一本機械に通すところから手作業でやっていくの。縦糸のデザインを基本に、横糸を色で構成して織っていくという感じでね。

——1800本!?ものすごく細かい作業!気が遠くなりますね。

奈良田さん
奈良田さん
まあ、よく考えるとそうだね。私たちはそれが普通で、順番どおりにやるしかないと思っているからね。

——一反(約13メートル)織るのにどのくらいかかるのでしょうか?

奈良田さん
奈良田さん
今はだいたい1週間〜10日くらい。秋田市で作っていた頃は、一日中、脇目もふらずやってきたからもっと早かったけど、今は無理。そこまでの体力はないわ。
「音で織ってるの。音が変だと、糸が切れたな?とか、わかる。目を閉じても織れるけど、耳に蓋しちゃうと織れないのよ」と奈良田さん。

——この細い糸をどう組み合わせるか?という、デザインのところからやられているんですよね?

奈良田さん
奈良田さん
そうだね。でも私も、どうなるかやってみないとわからないの。縦糸に合わせて、横糸を黒にしたらどうなる、白にしたらどうなるっていうのはわからない。「こんな感じになるんじゃないかな?」って考えながらやってます。
奈良田さん
奈良田さん
出来上がった生地は、光の感じでいろんな色に見えるのよ。奥に飾っていたときは深い茶に見えたものも、光に当ててみたら華やかな茶に見えるのよ。不思議よね。

昨日の続き

——奈良田さんは、この仕事をどのくらいされているんですか?

奈良田さん
奈良田さん
30歳より前に始めて、私は今70歳だから、40年以上になるね。

——こういう職人さんに憧れていた?

奈良田さん
奈良田さん
全然!「八丈って何?」って感じで。仕事しなくちゃいけないから、しょうがなく始めたのよ。

——でも、いまもこうして続けられているということは、何か思いがあるのでは?

奈良田さん
奈良田さん
「昨日の続き」だよね。昨日の続きが、30年40年続いただけ。今まで毎日続けてきたことをやめるっていうことはできないじゃない。秋田市にいた頃に、こんなに苦労して覚えてきた、3日を、1カ月を、3年を無駄にしたくないじゃない。まだその延長。だから別に、たいしたことじゃないのよ。

——この機械は秋田市の工場で使っていたものを譲り受けたとおっしゃっていましたね。

奈良田さん
奈良田さん
秋田市の工場を平成15年に閉めたんですよ。それで、この機械を全部もらったの。染めの道具から、材料から、全部。
そして、実家の田んぼだったところに、姉がこの工房を建ててくれたの。もらってきた機械の組み立ても、うちの兄と旦那とで手探りでやってくれてね。

——譲り受けたというのは、奈良田さんに継いでほしいという、先代の期待もあったのでは?

奈良田さん
奈良田さん
誰もやれる人がいなかったのよ。秋田市でやっていた時も2〜3人の少人数でやっていたんだけど、社長直々の染めの技術は、私しか教わらなかったの。機械が壊れても、私が全部直していたしね。
奈良田さん
奈良田さん
社長には、毎日のように何かしら叱られてたけどね。「仕事に対しては真剣に、魂を込めてやる」っていうことを叩き込まれて。本当に厳しかった。でも、食事に連れていってもらうと、どこに行っても一番いいものを食べさせてくれたね。

——「飴と鞭」なんですね。

奈良田さん
奈良田さん
私の子どもたちにもよくしてくれて。肉屋に行くと「子どもたちに」って、いい肉を買ってくれたりね。そのかわり、仕事に対しては厳しい人だったね。

伝統とは? 贅沢とは?

——作っているなかでの楽しい部分というのは、どういうところですか?

奈良田さん
奈良田さん
横に織ったときの、色のあがりかな。

——縦と横がかけ合わさったときの変化?

奈良田さん
奈良田さん
そうそう。この間織ったのが、紫に上がったの。縦を赤、横をグレーで織ったら、紫になって。でも八丈の色じゃないし、着物には派手すぎたね。

——八丈の生地は、着物にすることがほとんどですよね?着物を着る方も減ってきている時代。これからに向けて何か違うものに応用できたらいいですよね。スカートとか、ブラウスとか……。

奈良田さん
奈良田さん
小物はいくつかあるんだけどね。洋服にすると裁断されるでしょ。うちのお客さんは「切り刻みたくない」っていう方が多いんです。中には「ただ反物で持っていたい」っていう方までいるんですよ。
着物以外にもネクタイ、財布、名刺入れなどの製品にもなっている。

——着物にもせずに?

奈良田さん
奈良田さん
そう。不思議なものでね。宝石感覚なのかもしれないね。着物の生地のなかでは、そこまで高いものではないんだけど。小物も、使わないで大事にしまっちゃっている人も多いみたいなんですよ。

——なんだか作り手の気持ちとしては複雑ですよね。

奈良田さん
奈良田さん
でも、着物をたくさん持っている人にも、最後は秋田八丈の鳶色で締めてほしいって思うんですよね。いろんな着物を試して、最後にここに落ち着く。これが私の願いだわ。行き着く先のこの色。
そう言っておきながら、実は私は着物が似合わなくて。だから、自分が織ったもので作った着物は持っていないの。
奈良田さん
奈良田さん
今購入してくださる方は、秋田八丈に「伝統」を求めてるのよね。でも、伝統のなかでは、色も用途も限られてしまう。これからは、その伝統のところから広げて、求められてこなかったところにも向かっていかないと難しい。でも、広げすぎると今度は伝統がなくなってしまう。
10年ほど前から、甥子さんが工房に加わり、共に制作している。

——伝統を続けていくには少しずつ変化もしないといけなそうですよね。

奈良田さん
奈良田さん
でも、伝統で伝わってきたものは飽きないんだけど、そこから外れてしまうと飽きられてしまったりもする。はぁ……どうする?

——「ことむ工房」という名前には、どんな意味があるんですか?

奈良田さん
奈良田さん
姉の名前が「好子よしこ」といって、「好」の字を「こう」と読んで、その頭の「こ」と、私の名前の登志子の「と」、その二人の「夢」の「む」っていうことなの。夢なんて見てる場合じゃなかったけどね(笑)。

——こうしてお話していると、「続き」として作りながらも、充実されているようにも見受けられます。

奈良田さん
奈良田さん
生まれ方も親も選べないし、死に方も選べないじゃない。それがどうだろうと、言い訳にしないで、自分がちゃんと生きればいいと思うのよ。
私は本当は板前に憧れてたんだけどね。いろいろ事情があって、今こうしていて。自分がやりたい人生というよりは、決められた人生に乗ってきているように思う。でも、贅沢だよね。

——贅沢?

奈良田さん
奈良田さん
私はなんの貯金もない。でも、まわりの人が私の作ったもので喜んでくれたり、言葉をかけてくれたりする。それが私にとっての贅沢よ。お金じゃないんだよね。

——八丈があるからこそ得られる喜びや、人との出会いがあるんですね。それが、奈良田さんが八丈を長く続けてこられた理由なのかもしれませんね。

【秋田八丈 ことむ工房】
〈住所〉北秋田市綴子字戸草沢29
〈TEL〉0186-62-0118

秋田八丈は、あきた県産品プラザ(秋田市アトリオン)、秋田空港、道の駅 たかのす大太鼓の里などで購入できます。

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