秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード
由利本荘市編

編集・文:竹内厚 写真:蜂屋雄士

ローカル線の終着駅には人生の大先輩が待っている。
由利高原鉄道(羽後本荘~矢島)

「ゆりてつ」「おばこ号」の愛称で親しまれる由利高原鉄道は、12の駅・23kmを約40分で結ぶ、第三セクターのローカル線。マンガとのコラボレーションや様々なイベント列車の運行などもあって、観光客にも知られる存在となっています。

今回は、ゆりてつで毎日1往復、アテンダントも同乗する「まごころ列車」に乗って、始発の羽後本荘駅から矢島駅へ。ガタゴトのんびりした列車の旅を満喫した後、矢島駅で出会ったのが「まつ子の部屋」でした。

矢島駅の改札を出てすぐ、駅構内にある売店兼観光案内所、その通称が「まつ子の部屋」。

「はい、お嬢さまがたどうぞ。はい、お兄ちゃんもどうぞ」と、ゆりてつで到着した私たちを含む乗客に向けて、桜茶をふるまってくれた佐藤まつ子さん。 鉄道の駅といえば、わりと無味乾燥といっては失礼ですが、公共性という名目のもと、控えめな場所という印象を持ってましたので、突然、まつ子さん宅にお呼ばれしたような、グイグイと迫ってくるまつ子さんのおもてなしにちょっと面食らいました。

それでは、まつ子さんとのお話を、ゆりてつの羽後本荘~矢島の鉄道旅写真にあわせてお届けします。ラジオに耳を傾けるように、まつ子さんのしゃべりをお楽しみください。

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羽後本荘駅からゆりてつに乗車。ホームには、かすりの着物姿のアテンダントが待っていた!
切符はいまやなつかしい硬券。

——いつも、ここでゆりてつのお客さんをお出迎えされてるんですか。

まつ子
お出迎えっていうか、私がただ遊んでるの。毎日を楽しみにここに来てる。

——朝からですか。

まつ子
だいたい朝9時から夕方5時まで。でも、帰らねぇお客さんがいたら夕方6時までもいるんだよ。お客さんがいるかぎりはいます。だって、今度いつ来るかわからない旅のお客さんがいればね、帰れねぇ。

——それはそうですね。

まつ子
私はさ、家さ帰ってまんま食って、寝ればいいんだから。
この日のまごころ列車のアテンダントはチーフアテンダントの佐々木さん。羽後本荘駅の出発から沿線をずっとガイドしてくれた。
車内空間を余すことなく使った車内装飾がにぎやか。大小のこいのぼりが50以上も使われていた。

——一応、駅の売店なんですね。

まつ子
売店と観光案内。観光案内の看板はいらないよって言ったんだけど、掛けとけって言われたから。別に掛けても掛けなくてもやってるんだからね、まあ、勝手にすればいいじゃない。

——好きにやってるよと。

まつ子
うん。そっちに矢島の地図も置いてます。その地図もね、私が考えたんだよ。お客さんにわかりやすくて、私が説明しやすい地図っていうのを、最初は町からお金もらってつくってね。もうお金がなくなったから、私が勝手に刷って、あげてる。

——町からの援助がなくなった。

まつ子
ないない、もうとっくにない。だから、私が勝手に刷って楽しんでるのさ。
あいにくの雨模様。車窓のほとんどは田畑、山、並走する国道、子吉川が続く。
乗りこんだのは、イベント仕様のテーブル付き車両(YR-2000形 2002号)だった。座ってるだけで自然と笑顔になる。

——まつ子さん、本も出してるんですね(『みちのく「ちいさなえき」まつ子の部屋』)。

まつ子
そう。本屋さんには素人の本は売れないって言われたんだけどね、売れました。

——売れましたか。

まつ子
あとは、そこに残ってる分でおしまい。まず買わなくてもいいのよ、腐らないから大丈夫だ。

——確かに(笑)。もともと何かに書いてたのをまとめたものですか。

まつ子
後半はブログをまとめたけど、前半はね、私のすさまじい人生をがんばって書きました。パソコンでやれって言われたけど、私、イヤなの。だから、鉛筆でみんな書き出して、原稿用紙にね、作家みたいに清書して直して、ってのを何回もやった。

——それは大変だ。

まつ子
でも、楽しかったね。売れてもなんも儲けねぇけどよ。第一ここの店も、朝からやってなんぼ売れてると思う? ばあちゃんが買いに来て、まだ1000円ちょっとしか売れてないよ。
鮎川駅そばの旧鮎川小学校は7月には「おもちゃ美術館」として再整備される予定。そのためのクラウドファンディングは目標をはるかに超える500万円達成。
ゆりてつと子吉川は並走したり渡ったりのドラマを繰り返す。
まつ子
私、しゃべるのキライな人だったんです。昔はこんなでなかった。

——いまのご様子からはちょっと信じられません。

まつ子
信じられないと思う(笑)。あんまりしゃべりたくなかった。でも、鏡とおんなじ、自分から出したら相手も出す。ニコッとすればニコッとされる、こっちからしゃべんねば、しゃべってもらえないんだってわかったから(「あらジュンちゃん、久しぶり」と通りがかった人に声をかける。)。

——まつ子さんと向き合って座れる席がありますね。

まつ子
まっすぐにこの椅子目指してきて、座って帰らない人もいるんだよ。いろいろしゃべりはじめてさ、結局、人生相談みたいになって。それで、この席にグリーン席のシールを貼っていったお兄さんがいたの。だから、ここはグリーン席です(笑)。

——ほんとだ、机にグリーン車のシールが貼ってありますね。

まつ子
タダだけどね。ここさ座ってけばね、次から次に食べさせるもんも出るよ、タダであるものはね(「ありがとう、お兄さん、500億円ね。サンキューベルマッチ」と売店の商品を販売)。
黒沢駅はサクラとイチョウが名物。
吉沢駅はとても小さな白い小屋の駅舎。青い屋根に、雪を模した白いデザインがかわいい。

まつ子さんは青森県大間おおまのご出身。大間に先生として赴任してきた夫の大輔さんと出会って結婚。ふたりの娘をもうけるも、不慮の事故で夫を亡くして、1985年に夫の実家がある矢島へ移ってきた。矢島駅に当時あった旅行代理店で働いてたが、その代理店が撤退した後も駅にのこって、2002年からは個人で売店兼観光案内人を務めている。

まつ子
人生のこともいまは全部感謝(と言ってダブルピース)。勉強だったと思ってるから。

——まつ子さんを前にすると悩みを打ち明けてみたくなりますね。

まつ子
そうなの。若い人がしゃべってもあまり効き目がないけど、私はこの歳になるまで人生経験してるからね。だから、ここにいて、いろんな人としゃべってればいいと思ってるの。来るもの拒まず。そうでしょ。

——まさに鏡ですね。

まつ子
そうそう。世の中こういう風にすれば、もっとみんななかよく暮らせるんでないかなって思うことがあるから、ちょっとずつ書いてるのもあってね(手書きのことばがたくさん詰まったクリアファイルを取り出す。)。

——すごい。たくさんのメモですね。

まつ子
メモでなくて、これは、私が亡くなった後に、子どもたちが見ればいいかなって思って、気づいたことを書いて、整理してる。

——ファイルに付けられたインデックスも気になります。「生き方」「老後」……。

まつ子
これをまとめてね、本の第2弾にしてみたいって希望もある。やるかやらないかわからないけど、一応、希望は。

——まつ子さんならやれそうです。

まつ子
いけるいける。目標をもって挑戦することだっていつも思ってるから。
ゆりてつ唯一のトンネルを抜けると、矢島駅はもうすぐ。
矢島は鳥海山への登山口にして、江戸時代からの小さな城下町。
矢島駅を降りると、そこには……。
まつ子さんが待っている。どんなことでもずばっと助言いただける、まさに人生の大先輩。
矢島の観光スポットも教わって、駅の外まで見送ってくれた。

「また会いましょうーバイバイ!」と最後まで元気いっぱいだったまつ子さん、71歳。この日は昼から短歌会へ行くそうです。 旅行客はもちろん、駅を利用する地元の人たちにも次々と声をかけるまつ子さんの姿に、こんな駅がもっと増えればいいと素直に思いました。

矢島の駅と町を望む矢島神社からの眺め。
雨模様の境内に満開の桜が散りつつあった。別れ際にまつ子さんが詠みあげてくれた和歌を思い出す。ひさかたの光のどけき春の日に静心(しづごころ)なく花の散るらむ―紀友則

【由利高原鉄道】
〈住所〉由利本荘市矢島町七日町字羽坂21-2
〈ホームページ〉http://www.obako5.com/
〈お問い合わせ時間〉9:00〜17:00(平日のみ)
〈TEL〉0184-56-2736


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