秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード
潟上市編

編集・文:矢吹史子 写真:船橋陽馬

佃煮屋さんはピアニスト? 千田佐市商店に文化事業部がある理由

2021.03.24

かつて、日本で2番目に大きな湖であった八郎潟はちろうがた。そこで獲れるワカサギや白魚などを生かして、潟上かたがみ市では、古くから佃煮の生産が盛んに行われています。
市内には、以前、なんも大学でも取材に伺った「佐藤食品株式会社」をはじめ、いくつかの老舗佃煮店がありますが、そのなかに、ちょっと変わった事業を行う店があります。

千田佐市ちださいち商店。ここには、「アートオフィスサイチ」という文化事業部があり、コンサートや音楽祭を企画しているというのです。
佃煮店がコンサートを企画? 一見、不思議な取り合わせにも見えますが、そこには、ある共通する思いがありました。

千田佐市商店の千田浩太さんにお話を伺います。

文化事業部のある佃煮店

お話を伺った場所は潟上市にある「ブルーメッセあきた」。ここに、アートオフィスサイチの活動を象徴するものがあるとのこと。

——食品メーカーで、文化事業部を持っているというのは、珍しいですね。

千田さん
千田さん
そうですね。2年前くらいから「アートオフィスサイチ」として、コンサートを企画したり、朗読劇や音楽祭など、文化芸術のイベントを企画しています。

秋田では、文化芸術や芸能に触れる機会が少ないですよね。
でも、歴史あるもの、伝統のあるものは、続けていかないといけない。音楽や芸術、芸能の力で地元を復興させられるようなことをしたいと思っているんです。

というのも、もともと、私も兄もピアニストで、兄はプロの音楽家として活動していますし、私は家業を継ぐ前はパリに3年間、音楽留学していたんですね。

——ピアノを始められたのはいつ頃からなんですか?

千田さん
千田さん
ピアノは4歳から。自分がやりたいというよりは、兄がピアノを真剣に取り組んでいたので、「羨ましい」くらいのスタートだったと思うんですが、いつも兄の演奏を聴いていたり、気づいたら家にグランドピアノもあったりと、常に音楽を浴びるような環境にありました。

——その後、留学もされた?

千田さん
千田さん
はい。兄が音大に行ったので、親父からは「お前は音大には行かせない、お前が家を継ぐんだ」と言われて、大学では、音楽以外に興味のあった考古学を専攻しました。
お父さんはギター弾き、母方のお爺さんはピアノと指揮をしていたという、音楽一家。
千田さん
千田さん
それでもやっぱり諦めきれなくて、音楽の勉強を続けたり、音楽のサークルに入ったりしながら、演奏をする機会を増やしたりしていって、卒業してすぐに、パリの音楽院へ3年間留学したんです。

ピアノ科と作曲科を卒業しつつも、親父とは留学の期間は3年という約束をしていたので、帰ってきて、そこからは、佃煮屋を継ぎながら、今のような形で音楽に関わっています。

メトロでの衝撃

——音楽の勉強はできたとしても、将来的には決まったレールがある。その状況にどう折り合いをつけていかれたんでしょう?

千田さん
千田さん
そのことについては、パリでも毎日悩んでいたんですが、とある出会いがありまして。
あるとき、メトロを歩いていたら、歌声が聴こえてきたんですね。見てみると、自販機の前で、若い女性とおじいちゃんが抱き合っている。「何してるんだ?」と思ってよく見たら、そばにラジカセが置いてあって、モーツァルトのオペラを演じていたんです。

——メトロでオペラを?

千田さん
千田さん
はい。私は、オペラは劇場で観ることしかなかったので、ものすごく衝撃を受けました。周りには観客がいっぱいいて、内容も素晴らしかったんですが、何より「本物の芸術っていうのは、場所を選ばないんだ!」と思ったんですね。
千田さん
千田さん
そこから「秋田という土地で佃煮屋をやりながらも、それをメリットとして、何か芸術に昇華することもできるんじゃないか」「むしろ、佃煮屋をやりながらのほうが面白いことができるんじゃないか」と思うようになりました。

——そして、文化事業部での活動が始まった。

千田さん
千田さん
はい。最初にやったのは、自分のコンサートでしたね。私は、わかりにくいとされているフランス音楽をやりたかったんですが、ただやるのでは受け入れてもらえない。それで、画家としての活動もしていたうちの社員に、音楽に合わせて絵を描いてもらって、絵と一緒に聴いてもらうということをしたんです。

やってみたら、ほかにもいろいろと有名な曲もあったなかで、絵と一緒に聴いた難しい音楽が、とても好評だったんですよ。

——アイデアひとつで、音楽が受け入れられやすくなったんですね。

千田さん
千田さん
帰ってきてすぐに楽しむことができたし、しかも社員と一緒にやることができた。

——「ここでもできるんだ」という実感も湧いたのでは?

千田さん
千田さん
そうですね。私がやりたかったのは、大企業のような、どでかい花火を打ち上げることではなく、メトロで見たもののように、身近な人を感動させたいということなんですよね。
潟上市にある酒蔵でのチェロの演奏会、地元の寺での演奏会、ブルーメッセあきたではポインセチアタワーの前での演奏なども行ってきた。

——千田さんご自身にとっての音楽の魅力というのは、どんなところにあるのでしょう?

千田さん
千田さん
「表現」でしょうかね。クラシック音楽には、元々しっかりした楽譜がある。そのなかで、「ここはこういうふうに弾いたらいいんじゃないかな」ということを読み解きながら演奏する。そういう部分が「自分の表現」だと思うんですね。

——型があって、そのなかで、自分ができることはなんだろうかと考える。

千田さん
千田さん
そうですね。やっぱり、自由というのは、束縛のなかでできるものだと思うんです。

——その精神は、「潟上という地域や佃煮屋である、という状況のなかでどうチャレンジするか」という考えにも通じているのかもしれませんね。

未来へ繋ぐピアノ

千田さん
千田さん
最近は、コンサートや音楽祭のほかにも、個人的に「未来へ繋ぐピアノ」という事業も行っています。
これは、潟上市の助成金を活用しながらやっているんですが、家に眠っているピアノ、使われなくなったピアノを公共の場に寄付しているんです。

——たしかに、眠っているピアノ、ありますよね。

千田さん
千田さん
新聞でピアノを募集したところ、たくさんの電話がかかってきたんですよ。十数軒見に行って、そのうち、すごくいい状態のものをお預かりしたり、自分の家のピアノや知り合いの作曲家からいただいたものもあるんですが、ブルーメッセあきたや、潟上市内のカフェ、スーパー、運動施設など、現在5箇所に配置しています。
ブルーメッセあきたでは、売り場のなかに、ピアノが設置されている。

——このピアノは、ストリートピアノのような形で、その場でどなたでも弾けるとういうものなんでしょうか?

千田さん
千田さん
そうですね。まずは生のピアノを触ってもらいたいんです。
いまはYouTubeなどでも演奏に触れられるようになっていて、動画サイトならではの良さがあるとは思うんですが、電子音では倍音がカットされてしまう。すると、緊張感や高揚感というものも味わいづらい。それでは、人間らしさが損失してくように思えてしまうんですよね。
千田さん
千田さん
それに、「町に音が増えていく」というのは嬉しいですよね。パリでは、アコーディオンの音やピアノの音、教会の鐘の音……と、町じゅうに音が聴こえているのが当たり前だったので、帰ってきてからそういうことが少なくなってしまったのが寂しいところもありました。
千田さん
千田さん
これからは、これらのピアノがある場所のマップを用意して、その場所のご紹介もしながら、スタンプラリーなんかもできるようにしていこうと思っています。
そして、最終的には、潟上市だけでなく、秋田県内に広げていけたらと考えています。

佃煮と音楽の共通点

——佃煮屋というご商売については、どんなことを大事にされているのでしょうか?

千田さん
千田さん
音楽家としてやりたいことがたくさんあったので、もともとは家業を継ぐことは嫌だったんですが、一方で、伝統を潰すということには嫌悪感もありました。
というのも、自分は、新しいほうへ向かうばかりの動きが嫌な人間で。だから考古学をやってきたのもあります。
千田さん
千田さん
佃煮って、なぜ今も残っているんだろうって調べてみると、歴史との関わりが大きくて、それが味にも凝縮されている。
例えば、元々は塩だけで味付けしていたものが、醤油というものが流通されるようになって味が変わったり、使っている水飴も、戦争の歴史から生まれた食材だったり。
千田さん
千田さん
それって、ある意味、クラシック音楽でやりたいことと似ているなって思うんですよ。自分としては、クラシックの入り口をたくさん用意して、いろいろな人に聴いてもらって、より深く入ってもらう、ということをやっていきたい。

佃煮についても、同じように考えていて、ファストフードだけじゃなくて、もっと「食を味わう」ということに引き戻せるようなことをしていけたらと思っています。

——潟上という土地については、どう感じられていますか?

千田さん
千田さん
面白い土地だと思うんですよね。豊川油田は、日本のアスファルト発祥の地とも言われている。それを思うだけでもワクワクしますし、石川理紀之助という、農業の神様と呼ばれる人、種苗交換会を始めた人の出身地でもある。地元の小学生や高校生たちが作り上げた石川理紀之助の劇の音楽を作らせてもらったりもしたんですよ。
千田さん
千田さん
東湖八坂神社の祭りや、「新関ささら」という郷土芸能などは、その内容も、歴史も面白い。そして何より、踊りの際の音楽のリズムが面白い。

——音楽においても、佃煮や文化においても、昔からあるものをとても大事にされているんですね。

千田さん
千田さん
そうですね。あらゆるものが飽和している時代のなかで、物事の答えは昔のものにあるように思うんです。これまで繋がってきたことを元に、新しい表現ができないかを考えていきたいと思っています。

【千田佐市商店】
〈住所〉潟上市昭和大久保字片田千刈田428-3
〈TEL〉018-877-3208
〈HP〉http://www.chida.co.jp/

【アートオフィスサイチ】
〈HP〉https://www.artofficesaichi.com/

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