秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード

編集・文:矢吹史子 写真:船橋陽馬

「代々初代」。銘菓「ル・デセール」の店、晩梅を訪ねて。

2020.01.22

北秋田市鷹ノ巣たかのすにある菓子店「晩梅ばんばい」。「ル・デセール」というチョコレート菓子が人気の店です。

なんも大学編集部も大好きなお菓子で、お土産などにもたびたび利用しています。
今回は、この晩梅を訪ねて、「ル・デセール」についての逸話や、この店の意外なルーツ、そして、携わる方々の思いを伺ってきました。

こちらが「ル・デセール」。どこか懐かしさの漂うデザインの紙パッケージ。この世界観に、まずは心奪われてしまいます。
開けると、金色の紙の包装が。中には楊枝ようじが添えられています。

さらに開けると、チョコレート菓子がお目見え。上面の名前が印字されたフィルムをがしていただきます。この、開けていく工程の一つ一つが、食べる人々をお菓子の世界にいざなってくれるんです。
ココア味のスポンジの上に、チョコレートのコーティング。添えられた楊枝でいただくのも、小さなお茶会に招かれたようでワクワク。
下には、クルミが敷かれており、パリっとしたチョコの後に、フワフワのスポンジ、そしてカリッとしたクルミ……様々な食感と風味を楽しむことができます。

美味しくいただいたところで、10代目で社長の髙橋伸幸のぶゆきさんと、息子で11代目にあたる良輔りょうすけさんにお話を伺っていきます。

——やっぱり美味しいですね!

伸幸さん
伸幸さん
軽い口当たりのスポンジなので、1個食べ終えても、思わず「もう1個」と手が伸びるんですよね。

——これは、いつ頃からある商品なんでしょう?

伸幸さん
伸幸さん
先代の今の会長(9代目)が作ったもので、50〜60年くらい前ですね。

新しいお菓子を考えようということで、東京で食べ歩きをしたらしいんですよ。そのときに似たようなお菓子に出会って、試行錯誤の末、今のような形になったそうです。
特別に、製造の現場を見せていただく。
大きな生地にチョココーティングをした後、小さくカットしていく。現在は1日約2000個を製造。年間では30万個を越えるという。

——「ル・デセール」というのは、どういう意味なんですか?

伸幸さん
伸幸さん
フランス語で「デザート」「おやつ」っていう意味なんですよ。当時のお客さんはとくに、英語もフランス語もわからないのでね。いまだに間違って覚えている人も多いですね。
金色の紙の包装は機械で行う。伸幸さんが子どものころはこの工程も手作業で、50個包むのに40分ほどかかっていたそう。
楊枝を入れて、外側の紙容器に包む工程は今でも手作業。ほんの数秒で包み終えてしまうベテランの技! 「忙しいときは戦争ですよ」と、ご担当の女性。

——ずいぶん手間がかかっていますね。1日2000個と大量生産が必要でも、パッケージを変えようということはなかったんですか?

良輔さん
良輔さん
あります。でも、包装を変えると安っぽくなってしまうということで、会長からNGが出て。「やっぱり、この色、この箱じゃないとダメだよね」ということになって。
伸幸さん
伸幸さん
じつは一度、楊枝が値上がりしたので、入れるのを止めたことがあったんですよ。そしたら、京都のお客様から電話がありましてね。「楊枝が入っていない!」と。それで、やっぱり入れることにしたんですよ。
伸幸さん
伸幸さん
このフィルムも、昔は透明だったので間違えて食べてしまう人も多くてね。なので、名前をプリントをしたんです。過剰包装と言われることもあるんですけどね(笑)。

——個人的にも、この開ける工程がワクワクするので、パッケージは変えないでほしいです! 味のほうも昔から変わらないのでしょうか?

伸幸さん
伸幸さん
デセールは、何年かに1度、味を変えているんです。みなさんの舌が肥えてきてますからね。全く昔と同じだと、何年か経ったときに「あれ?昔はもっと美味しかったのに」って思われてしまうんですよね。

なので、人が歳を取るのと同じように、お菓子も歳を重ねて行かなければ、と思っていますね。
良輔さん
良輔さん
最近は「大きいデセールを食べてみたい」という要望もあって、カットしない大きなものにデコレーションして提供することもあるんですよ。

——え〜〜!!夢がありますね!

良輔さん
良輔さん
誕生日、部活、子ども会なんかでも使ってもらってますし、最近は「講演に来てくださった方が好物だから」と注文をいただいたりしましたね。

——晩梅さんは、創業何年目になるのでしょうか?

良輔さん
良輔さん
江戸時代、1796年創業なので、220年以上になりますね。

——そんなに古い歴史があるんですね!「晩梅」というも、なんだかロマンティックな名前ですよね。これには、どういう意味があるんでしょう?

伸幸さん
伸幸さん
「晩梅」という名前の由来は、「おばあちゃんが店番をしているお店」ということらしいんですよ。

——え??

伸幸さん
伸幸さん
昔はもっとこじんまりとした店で、おばあちゃんが店番しているから、お客さんたちは「ババ」って呼んでいたんですよね。それで、「ババへ行こう」「バンバへ行こう」っていうのから、「バンバイ」に。「晩梅」という漢字は当て字だそうです。

——え〜〜〜!?

伸幸さん
伸幸さん
じつは、昔一度、名前を変えたんですけれど……。
伸幸さん
伸幸さん
これは、鷹ノ巣町の地図で、大正6年のものを数年前に復刻したんですけど、ここですね。「高橋秋月堂」という名前になっているんですよ。この名前に変えたんですけど、誰も呼んでくれなくて(笑)。
伸幸さん
伸幸さん
それで、元に戻して漢字の「晩梅」にしたそうなんです。場所も今の場所ではなくて、羽州街道の道沿いにあったそうです。
良輔さん
良輔さん
昭和になってから会長ががんばって、今のように全県に展開できるような店になったらしいです。

——会長さんの代から大きく変わっていった。会長さんから学んだことも多いのでは?

良輔さん
良輔さん
ありすぎて、挙げられないくらいですが……。1代でデセールを作って、ほかにも「大太鼓サブレ」だとか「笑内おかしない」だとか……発想がもう、エジソンのような……。
北秋田市に伝わる「綴子大太鼓祭り」にちなんだ、「大太鼓サブレ」。
秋田内陸線「笑内駅」にちなんだチーズ饅頭「笑内」。

——発明のレベル?

良輔さん
良輔さん
そうですね。追いつけないんですよね。こちらの「笹結び」という商品も、お正月のお菓子として作っているんですが、試作段階では緑色だったんです。
良輔さん
良輔さん
でも、会長に見せたら、「ほかのお菓子に緑が多いから、笹結びは紫にしよう」って言うんです。紫色で笹を表現してしまうなんて、自分にはない発想で。
良輔さん
良輔さん
会長からは「学ぼうとするな」って言われますね。「自分が初代だと思え」と。「誰かをまねるんじゃなくて、自分で作れ」と。そういう意味で、うちでは「代々初代」という言葉を大事にしているんです。

——「代々初代」。良い言葉ですね! その言葉がある上で、ご自身が心がけているのは、どんなことでしょう?

良輔さん
良輔さん
美味しいことは当たり前なんですよね。僕自身は「やるんだったら楽しくやろう」と思っています。作っている人が楽しんでいないと、できるものってつまらないものになってしまいますよね。
良輔さん
良輔さん
和菓子はとくにそうですが、色や形が多少いびつでも、それは一人の個性だと思うんです。

それから、社長とも製造や経営に関する講習会にも頻繁に行くようにして、先生たちとも気ままに話して。自分自身をあまり縛らないようにしています。

——社長さんとしての「代々初代」としての思いは、どういうものでしょうか?

伸幸さん
伸幸さん
私がここで働くようになったのは、30歳くらいからなんですが、それまでは仙台のかまぼこ屋で働いていたんですよ。私はお菓子の職人ではなくて、売り方のほうの仕事をやっていて。

仙台のかまぼこというのは、当時からお土産品として定着していて、結婚式にもお葬式にも使われていてました。こちらに戻って来てからは、それがお菓子に変わったんですね。

——老舗のかまぼこ屋さんの売り方のノウハウを、お菓子屋さんでも活かしてこられたんですね。

伸幸さん
伸幸さん
それでも、今は、世の中もそうですけれど、お菓子屋も過渡期を迎えています。どんどん店がなくなっていっているんですよね。
伸幸さん
伸幸さん
そして、秋田はすごい勢いで人口が減っていっている。人口が減るということは、食べる口の数が減っていくということです。

今日も、葬式用にお菓子を配達してきましたけれど、葬式も多くて。葬式がある=お客さんを一人なくした、ということですからね……。

なので、今までとは違うスタイルで、新しいお菓子屋さんの形を……と模索しながらやっていますね。

そして、次の世代にどうバトンタッチしていくか。長く人気の商品はあれども、とても難しいところではありますね。

「代々初代」。先人が積み重ねてきたことに固執せず、甘んじず、「今、自分には何ができるのか?」と考えることは、お菓子の世界に限らず、これからの時代にとても大切なことになってきます。

この言葉を聞いてからいただくル・デセールは、ひと味違うものに感じられるようになりました。

【晩梅】
〈住所〉北秋田市住吉町8−1
〈TEL〉0186-62-1066
〈HP〉http://www.banbai.com/