

横手の人間交差店、歩空
2018.10.17
数年前、横手の知人におすすめを聞いた際に、ある店を紹介してもらった。店の名前は、「歩空」。知人によると、こんな店だという。
・横手市の羽州街道と国道13号の交差点の近くにあって、ちょっと変わったたたずまい。
・ネパール人そっくりのマスターが出す紅茶やカレーが美味しい。
・音楽好きが集まる店だが、客そっちのけで勝手にマスターの歌が始まる。
・ウォッカ一気飲みに近い濃さの店。
聞いただけでも胃もたれしそうななか、ハッと気がついた。「あの店か?!」私は秋田市に暮らしていますが、横手に行くたびにその前を通り過ぎていた。でも、いつも見て見ぬフリをしていた。だって、こんな店構えなんだもの!

直視してはいけないようなこの雰囲気。完全にガラクタ屋と思っていたが、飲食店であると判明。それでも、いくら信用できる知人の紹介でも、実際に行く勇気は湧かずに数年が過ぎていた。しかし今回、この「なんも大学」の旅の勢いに任せ、挑んでみることに。取材班3人もいるんだから恐くない!……きっと。
ということで、店に到着。




あらためて間近で見ても、やっぱり濃い。店の中はさらにカオスなんだろうな……。取材班3名、「やっぱりやめとこうか?」「せっかくだから行こう」を繰り返した末、勇気を出してドアを開けてみる。


あれ?中は、外観ほど混沌としていない。音楽好きが集まるというだけあって、無数の楽器やレコードが飾られていて、むしろ楽しい。

そして、「どうぞ〜」と迎えてくれた男性。このかたが、ネパール人にそっくりというマスターか。なるほど。

席につき、メニューを見る。トムヤムラーメン、タイカレー、バンコク焼きそば……エスニックなメニューが並ぶなか、気になる一品が。

——この「もじゃね焼き」っていうのは?
マスター- これはね、タイの「カノンクロック」っていう食べ物をマネして作ったの。本場のは白い生地だげのおやつなんだけど、その生地にキャベツどチーズを入れでうちのオリジナルで出してるんだ。
——「もじゃね」って何ですか?
マスター- このへんでは、子どもが眠ぐなって聞ぎ分げねぐなったりするごどを「もじゃねぐなった」って言うの。あとは散らがしたりしてるど「もじゃねぐして」どが。まあ、「もんじゃ焼き」掛げだのよ。
それならばと、もじゃね焼きを注文。焼きながらマスターがいろいろ話してくれた。


——外のインパクトがすごいんですけど、これはどういうことなんですか?
マスター- 誰でも彼でも来ないように。あえて何屋かわからないようにしてるの。
——防御の姿だったんですね……。音楽好きなお客さんが集まると聞きましたが。
マスター- 毎週土曜日にここで音楽のイベントをやっていて、20年ずっと続いてるんだ。お客さんは秋田市や県外からもたくさんくる。今週はアコースティックのビートルズナイト。プラス、昔のディスコタイム。ピンクレディーの「UFO」とか、レコードかげでね。


——どんなきっかけで始めたんですか?
マスター- こごを始めで26年になる。その前は他の人がジャズ喫茶をやってだんだけど、経営者が引き継ぎ手を探していで。私はよぐインドなんかに行ってだごどもあったがら、チャイ屋でもやらないか?って声が掛がったの。このあだりでチャイやタイ料理を出したのはうぢが初めでじゃないがな?元々自分は家業が自転車屋だったがら、はじめはそれをやりながらだったけど、途中がらこっち一本に。
「ポカラ」というネパールの地名を当て字で「歩空」としてね。けど、もうそろそろ引退よ。もう66歳だもの。


そうして運ばれてきた、もじゃね焼き。見た目はまるでお好み焼き。食べてみると、お好み焼きよりとろとろした食感ですごく美味しい。珈琲や紅茶も上質で、入店前の不安はすっかり消えてしまった。
すると、一組のお客さんが入ってきた。

マスター- おお!ちょうどいいどごろさ来た。この方の娘さんは、こごでいろんな人の旅の話を聞いで感化されで、オーストラリアさ行ったわげ。そしたら、その旅先でスイス人と出会ってそのまま結婚してしまったんだよ。
同じようにして、オーストラリアの人と結婚した人もいる。この席は代々「旅立ちの席」って言われでるの。こごはそういう場所なんだ。

お母さん- 私も娘が来てたっていうから来てみたの。最初は「ここ、店なの?」って思いましたよ(笑)。一人で入るには勇気がいるけど、娘を信じて入ってみたの。マスター、私にももじゃね焼き焼いて!

マスター- この、もじゃね焼きもな、食べでくれだ人さ、一枚一枚賞状を渡して「あなたが一万枚目!」どがってやったりしたいんだけどな。そういう、やりたいごどはいっぱいあるけど、自分じゃあ、ながながでぎなくてな。

お母さん- マスターはね、自分のごどはでぎないのよ。みんな、人のため、市のためって一生懸命なの。

話によるとマスターは、地元のイベントに参加したり、お客さんの書いた詩を音楽仲間と一緒にCD化したり、42.195曲歌うというフォークマラソンを開催したり……とにかくアイデアでいっぱいの人なのだそう。



店の裏にある「かき氷ハウス」では、夏にはかき氷も提供している。こちらにもたくさんのレコードコレクション。さらには、遠方から来た音楽仲間が泊まっていくという部屋を見せていただいたのですが……

マスター、いつの間にかバンダナを巻いて、ギターを抱えている!!
マスター- 私たちは、地産地消ならぬ「地産地唱」。自分たちで歌を作って自分たちで歌うんだ。それでは1曲。私の旅を凝縮した「メナムの流れ」という曲です。



じつに4番までの熱唱!!!これが知人の話にあった「勝手にマスターの歌が始まる」というやつか!!そして、歌の披露のあと、マスターはこんな話をしてくれた。

マスター- 横手には新幹線が通っていない。アクセスが悪い。ここへ来るには金も時間もかかるんだ。でもそれが最高!そのぶん、大事なものがしっかり守られている。今はインターネットがあれば発信はできる時代だもの。場所は関係ないんだ。英語だってそのうち同時通訳が普通にできるようになる。そうなったどぎ、秋田の守られでいるものが生きてくるんだ。

外観に違わぬ、なんとも濃厚な時間。こんなふうにマスターの世界に引き込まれながら、たくさんの人の人生が混ざり合っては、それぞれがあたらしい方向に進んでいく。歩空は、そんな交差点のような店だった。
歩空
住所:秋田県横手市安田ブンナ沢80-47
電話:0182-32-5025
営業時間:外の回転灯が灯っている間はオープン
(2018年11月19日〜30日までは海外出張中のため休業)