秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード

文・矢吹史子 写真・船橋陽馬

400年続くフリースタイルバトル、今年も開催

2018.10.03

みなさんは「フリースタイルラップバトル」というものをご存知ですか?
これは、DJが流すビートに合わせて1対1で即興でラップをして競い合うというもの。HIPHOPの世界の話なのですが、じつは、秋田県横手市にも、ビートに合わせて即興で競い合う大会があるんです。

それが「金澤八幡宮伝統掛唄大会かねざわはちまんぐうでんとうかけうたたいかい」。金澤八幡宮の祭礼の一つとして毎年9月14日に開催されるこの大会は、秋田民謡の「仙北荷方節せんぼくにかたぶし」に、即興で歌詞をつけて二人一組で掛け合うというもの。「金澤八幡宮伝統掛唄行事」として、秋田県の無形民俗文化財にも指定されています。

いったい、どんなものなのか?

まずは、この掛唄大会に常連出場の佐藤正太郎さん、ハツさんご夫婦による掛け合いをご覧ください。

(正太郎)70(歳)過ぎれば/トイレが近いよ/モタモタすれば/漏らしちゃう
(ハツ)漏らしちゃダメだよ/気をつけて/酒っこ握って/走って行け
(正太郎)いくら走っても/トイレは遠いよ/残してよかった/孫のおまる
(ハツ)焼酎、ビールを/も少しセーブして/70なったら/考えろ
(正太郎)考えなくても/わかっているよ/酒とオナゴは/2ゴウまで
(ハツ)酒の2合は/我慢するが/女の2号は/許されぬ

これは、本大会の前にデモンストレーションとして披露されたもの。このようにして世相や身近な話題を「七、七、七、五」の歌詞にして掛け合うのです。

今年はジュニア部門、一般部門含め24名が出場。勝敗は審査員によって決められ、トーナメント選で勝ち進んでいきます。

ジュニア部門には、地元小学生が出場。夏休みや、甲子園での金足農業高校の活躍などが題材に。

この大会がHIPHOPのフリースタイルと大きく違うのは、相手を攻撃するような内容にはならないこと。

初出場の女性と、ベテランの男性による掛け合いでもわかるとおり……。

掛け合い前、お互いにやかんの水を酌み交わしてスタート。

(初出場女性)今年初めて/一般部門/お手柔らかに/願います
(ベテラン男性)孫のような/学生と/掛けられる/じっちゃも心が弾むようだ
(初出場女性)名人後藤さんと/ここで共に/掛唄できて/幸せだ
(ベテラン男性)こんなじっちゃと/掛けて幸せと/学生に褒められ/涙が出る

こんな、優しさの応酬が繰り広げられるのです。
ほかにも、ビギナーが唄につまりそうになると、隣のベテラン出場者が小さく唄って援護射撃する場面も。
節回しもそれぞれに違っていて、歌詞はベテランになるほどに字余りを上手く活かしていて、楽しい。

1回戦終了後、出場者の中川原信一なかがわらしんいちさん、恵美子さんご夫妻にお話を伺います。先ほどの佐藤さんご夫妻同様、中川原さんご夫妻もデモンストレーションで掛け合いを披露されました。ご主人の信一さんは、この大会で17回もの優勝をされているとのこと。

信一さんは、日本を代表するあけび蔓細工職人さんでもある。
信一
私は17歳か18歳のころから出ています。2回くらい出なかったこともあるけど……50回以上は出てることになるかな?

——お二人の掛け合い、なかなかのおのろけぶりでしたが。

(恵美子)今日も一日/ごくろうさま/こころ尽くしで/晩酌よ
(信一)若い気持ちで/稼いでみても/思い通りに/働けぬ
(恵美子)つらいときでも/あなたの笑顔/心の支えに/なります
(信一)ともに仲良く/笑顔で暮らす/それが何より/宝物
(恵美子)二人三脚/これから先も/どうぞよろしく/願います
(信一)今日の会場に/美人はおるが/うちの母ちゃん/最高だ

恵美子
即興なんですよ。ここへ来て初めて「何唄う?」ってなって「バカとかなんとか唄えば?」って言ってたんだけどね。実際始めると、やりこめようという題材が思いつかないんですよ。

——あらら。さらにあてられちゃった(笑)。信一さん、ほれぼれするような艶やかな唄声でしたが、今日のために練習されてきたんじゃないですか?

信一
いやいや、ふだんは全然唄わないんですよ。いつ練習してるの?とか、声慣らししてるんでしょう?って言われるんですけど、ほんとに、唄うのはこのどぎだげ。

——えー!! 頭の回転が早くないとできなそうですね。

信一
いやいや、慣れですよ。とにかく出るごど。せっかぐだがら、あなたも今がら出でみれば?

——ひゃー!!今から??……もう5年くらい通ってから考えさせてください(笑)。

そしてなんと、この大会、9月14日の夜9時すぎに始まり、日をまたいで15日の明け方まで繰り広げられるんです。
ルーツは諸説あるようですが、400年以上の歴史があるとされ、その詳細は明確に記されてはいないそうです。なお、現在のような大会の形になったのは近年になってからとのこと。あくまで「庶民の楽しみ」として続いてきた証にも思えます。

また、この地域のほかに、8月には隣の美郷町みさとちょうでも「全国かけ唄大会」が開催されているそうです。

即興でこんなことができてしまうなんて、普段も掛唄で会話をしているんじゃないか?と疑ってしまうほどですが、対戦相手が、隣の家のお父さんでも、初めて会った大学生でも、自分の奥さんでも、即興で相手を思いながら掛け合うという、こんな幸せなフリースタイルバトルが400年もの間続いていることに、尊さを感じずにはいられません。

2回戦が始まりましたが、日が変わる頃になり、心地よい唄声にのせて私たちのまぶたもゆらゆら……残念ながら、見物していた私たちのほうが先にリタイア。

帰り道は、神社のある山じゅうに掛唄が響き渡っていました。
そして翌日、今年は中川原信一さんが18回目の優勝を果たしたとの知らせを受けました。

金澤八幡宮伝統掛唄大会
開催日:毎年9月14日午後9時頃~15日午前5時頃
場所:金澤八幡宮境内秋田県横手市金沢中野字安本館4番地