秋田のいいとこ 旅で出会った、ローカルスタンダード

編集、文:矢吹史子 写真:鄭伽倻

ここまで手造り?!「シバタ焼肉のたれ」が育んだもの。

2021.05.26

朱色で書かれた「焼肉のたれ」の文字。
無骨なパッケージを開けて、ひと舐めすると、パッケージに負けない力強い第一印象! でもそのあとに、辛さ、酸っぱさ、香ばしさ、まろやかさ……さまざまな印象が繊細に口の中を駆け巡り、最後には優しい甘さが残ります。

「一度食べたら離れられない!」という人も少なくないこのたれ。造っているのは横手市十文字にある「シバタ食品加工」。

今回、この工場を訪ねたところ、この美味しさの背景には、創業者の柴田勝治しばたかつじさんが大切にしてきた、驚くほど丁寧な製造工程と、人との繋がりがあることがわかりました。

工場に着くと、外までたれの甘辛い香りが漂っていました。出迎えてくださったのは、創業者の次女で現代表の地主知加子じぬしちかこさん。
この日はたれを瓶に詰める作業をしているとのこと。早速、見学させてもらいます。

ここまで手造り?!

——え? たれを瓶に入れる作業も人力でやっているんですか?

地主さん
地主さん
んだんす。充填機どが使ってるど思ったすべ? 瓶への充填は昔から手作業です。
うぢで機械化してるのはこの打栓機だげ。一気に35本を打栓する機械を今年導入したんです。
瓶にキャップを乗せて打栓機にかければ、数秒で打栓完了!
地主さん
地主さん
今年の4月にパッケージを変えだばかりで、使い切りやすいように内容量をこれまでの1割減にして、蓋も以前よりも開げやすいものにしました。
左が新パッケージ。右の旧パッケージはスクリューキャップのため、硬くて開けづらいという声も多かった。旧パッケージからイメージが離れないよう配慮しつつサイズダウンさせたとのこと。

——打栓機を入れるまでは、蓋を閉めるのも手作業だったんですか?

地主さん
地主さん
んだすね。打栓機を入れだごどで、1日450〜500本詰められるようになりました。手で閉めるのだど、どんなにがんばっても400本が限界だったがら。

——改良した今でさえ、かなりの手作業ですよ……。

地主さん
地主さん
機械化するにも置ぐ所がないし、費用もかがるがらね。鍋を温める機械も父が創業時に考案して作ったものなんです。「日本でまだこんなふうに作業をしてる所があるんだ!」って、よく言わるんですよね(笑)。

——スタッフは何人くらいいるんですか?

地主さん
地主さん
うぢでは、たれの仕込みは冬場しかしないんです。11月下旬から4月頭まで仕込むんですが、その時期は、私と主人の2人に加えて、地元の方2人に手伝ってもらっています。ふだんは農家で米や畑をやっている人だぢで、冬場だけたれを仕込みに来てくれる。
今日瓶詰めしてくれでる石田さんは、瓶詰め専門に来てもらってる方です。

——ずいぶん少人数でやられているんですね。原料はどんなものを使われているんですか?

地主さん
地主さん
味は創業から変わりません。横手市増田産のりんご「ふじ」を使って、潟上市の小玉醸造さんにうぢ専用の無添加の醤油を造ってもらって、他には玉ねぎ、しょうが、にんにく……15種類以上の素材を使っています。
写真提供:シバタ食品加工
地主さん
地主さん
6月になれば、地元の麹屋さん「羽場はばこうじ店」さんから麹を買ってきて味噌を造ります。

——味噌は、このたれの原材料として使われるものですよね? それも手造りしているということですか?

地主さん
地主さん
んだす。豆は、仕込み担当の人が畑で作っているのを譲ってもらって。父の時代は麹を造るどごろからやってだんですよ。

——え〜〜!!

今年のたれの仕込みを終えて、ほんの少し残っていた味噌
地主さん
地主さん
7月になると梅。十文字の梅園で採れたものを使っていて、7月の土用の丑の日が過ぎたら3日間天日干しするんです。
写真提供:シバタ食品加工

——梅干しまで手造り? でも、このたれにおける梅干しの分量って、そこまで多くはないですよね?

地主さん
地主さん
んだすな。仕込み1回の大鍋に対して、梅は1個入っているくらい。一瓶に換算したら0.001個くらい。

——そのわずかな量の梅まで手造りとは……。

地主さん
地主さん
9月になれば煮干しを買ってきて、この工場の屋根で干して、その後、自分だぢで粉砕します。高知県産の「宗田かつお」も自分だぢで粉砕していますね。

——そこまでご自身で……。仕込みが始まる11月に向けて丁寧に材料を作り溜めていくんですね。

地主さん
地主さん
一つでも欠げだらできないのでね。りんごは契約農家さんのもので、雪が降るギリギリまで木についでいだものを使っているんです。そうすると蜜がしっかり入って甘ぐなるそうです。
仕込んだタレがは地下に1年分貯蔵される。今年は一升瓶9000本分を仕込んだ。
味ごとに⼆次加⼯して瓶に詰め、ラベルを貼って出荷する。

——最近は全国に流通されているようですね。

地主さん
地主さん
国内で一番遠いのは長崎。国外だと香港や台湾にも行ってるんですよ。7〜8割が秋田県外ですね。
コロナ禍で売れ行きが落ちだどいうごどは全ぐなくて、逆に、瓶に詰めだら詰めだ分、すぐに出ていってしまう状況なんです。
「外でお金を使うより、家でちょっとだけいいものを食べよう」って、焼肉をする家庭が増えだのがもしれないですね。
シバタ食品加工の商品全8種類。一番人気は「焼肉のたれ甘口」。
ほか、焼肉のたれには辛口、生姜味、ごま味、限定品で王林、国産にんにく仕立てがあり、焼肉のたれ以外に、「柿酢入シバポン」「つゆの素」という商品も。

シバタのたれ、誕生物語

地主さん
地主さん
創業者である私の父は、もどもど地元にある酒蔵「日の丸醸造株式会社」で営業をしてだんですよ。営業で全国さ行って、いろんな店で外食をするながで、食堂で焼肉を食べでいる家族を見で驚いだんだそうです。当時、横手ではそういう店はながったがら。
それで「これからは焼肉の時代が来る!」と感じたようなんです。

——へ〜〜!!

地主さん
地主さん
そごがら、私と姉は父の試作に毎日のように付ぎ合わされました。よそでタレを食べできては家で再現して。 私たちは子どもだから反応もはっきりしていで「これは美味しい!」「こっちはもう食べたぐない!」って言ったりしてね。

そして父は、私が小学生のころ(昭和59年)「焼肉のたれ屋をやる!」って、突然脱サラしたんです。

——たれのパッケージには「手造り」「無添加」が大きく書かれていますが、これは創業時から変わらないんですか?

地主さん
地主さん
その当時、無添加のものって、ほどんどながったはずなんですが、始める時がら、無添加で、増田のりんごを使うというごどは決めでいだようです。

——どうしてそこにこだわったんでしょう?

地主さん
地主さん
私が体が弱くて、アレルギーもあったのが大きがったんだと思いますね。

——子どもたちが安心して食べられるように、と?

地主さん
地主さん
んだすな。でぎだ当初がら、学校給食にも使われでいだし、アレルギーを持った子どもがいるお母さんが直接買いに来たりもしてましたね。

——地元でも焼肉のたれはすぐに受け入れられたんでしょうか?

地主さん
地主さん
父は酒を売り歩ぐのが仕事だったがら、酒屋さんに置いでもらっていだんですよ。

——営業マン時代の人脈を生かして!

地主さん
地主さん
はい。それに、冠婚葬祭で使ってもらえるようにしていったんですよね。すると、全国がらいろんな人が来るがら、そごがら少しずつ伝わっていって。
セットの商品も人気があって、3月の送別会の時期によぐ出るし、ゴルフのコンペなんかでも喜ばれでますね。

当たり前を崩さなかったから

——全国のファンからの反響もあるのでは?

地主さん
地主さん
「子どもがこれじゃなきゃ肉や野菜を食べない」という声もいだだぎますね。
そういう声を聞ぐど、昔は発送の荷物の中に勝手に増田のりんごジュースをサービスで入れだりして。そうしたら「子どもがこれしか飲まなくなっちゃったから、たれと一緒にジュースも送って!」って言われだり。

——細やかな心遣いが根強いファンを作っているのかもしれませんね。

地主さん
地主さん
常連さんには秋になるどりんごを入れだりね。「りんごだげ送ってくれ」っていう人までいる。何屋さんなんだろうって思うごどもありますけどね(笑)。
地主さん
地主さん
2012年に父が亡ぐなって9年間で前年よりも売り上げが落ちたのは1年、ほんの少しだげなんですよ。

——すごいですね! 伸び続けているのは何が影響していると思いますか?

地主さん
地主さん
⽗の味や考えを崩さながったごどは⼤きいですね。

——お父さんの考えで大事にしていることはどんなところでしょう?

地主さん
地主さん
やっぱり、無添加で、いいものを嘘つかないで造り続けるっていうごどがな。「真面目にやってれば、贅沢はでぎなくても食ってはいげる」って言われでましたね。

最近、ほかの商品で「無添加」って⼤きぐ書いであったりするのを⾒るど、「ああ、これって、売りにしていいんだ」って思うんですよ。

——当たり前すぎて、そこが魅力とは思っていなかった?

地主さん
地主さん
んだすね。ずっとやってきたごどが、今はスタンダードになってきたのがもしれないですね。

「喋る父」が育んだもの

——お父さんには先見の明があったんでしょうね。

地主さん
地主さん
親戚に言わせれば、昔は物静かな人だったらしいんですよ。でも、私はよぐ喋る親父しか知らない。
日の丸醸造さんさ勤めで、無口ではセールスはできないがら、そごで特訓したんでしょうね。25歳くらいがらよぐ喋るようになったみだいです。
地主さん
地主さん
父が亡ぐなった当時は、こごを引継いでいぐのに精一杯で、悲しんでる暇もなかったんだけど、最近しみじみと、「ああ、親父はすごがったんだな」って思いますね。
地主さん
地主さん
営業先の娘さんから「昔、お父さんにトランプで遊んでもらってだ」どが、知り合いからも「お父さんと一緒に旅行に行ぐのが楽しがった」どが、「お宅のお父さんはいつも車で病院まで連れていってくれでだ」って言うお婆さんまで現れだり。

——みんなに愛されているし、みんなを気にかけている方だったんですね。

地主さん
地主さん
外で喋って、油を売るのが父の仕事だったんですよね。よく酒も飲んだし。
「イクメン」なんて言葉はもちろんないし、外で仕事して、遊んでなんぼっていうお父さんたちばっかりの時代だったがらね。
地主さん
地主さん
でもね、父は会った人だぢがら、いろんなごどを教わってきてだみだいなんですよ。
「シバポン」っていう商品には、柿酢を使うので地元の柿を使うんだけど、その柿渋を取るどぎのコツなんかも、外での会話の中で聞いでだみだいなんですよ。
地主さん
地主さん
だがら私も、日々、見聞きしたごどをノートに取るようにしてるんです。特に、年配の人だぢの技術どが話は今聞いでおがなければ、なぐなってしまう。

——次の世代の方がそれを活かすことができるかもしれませんよね。

地主さん
地主さん
んだんす。そして、やっぱり一番大事なのは、人なんだよね。いくら技術があっても、やっぱりそれに携わる人なんだど思う。
地元の小学校でも、今はキャリア教育っていうのがあるけど、大事なのは人を育てるごどなんだよね。数字を足したり引いだりする勉強ももちろん大事、漢字書げるのも大事なんだけど、コミュニケーションどが、人どしての教育が一番大事。

——お父さんはもちろん、知加子さんも常連さんを大事にされている。そういう積み重ねが今の人気に繋がっているように感じます。

地主さん
地主さん
外に出でいって、見で、感じだごどをどう表現していぐが、どう動がしていぐか。大事なのは「人」なんだど思います。

【シバタ食品加工】
〈住所〉横手市十文字町腕越字山道端75-17

〈TEL〉 0182-42-2173

〈HP〉http://www.tareya.com/